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ホンダが「大阪」にソフト開発拠点500人体制――なぜ“うめきた”に「第2の心臓部」を置くのか?

掲載 更新 15
ホンダが「大阪」にソフト開発拠点500人体制――なぜ“うめきた”に「第2の心臓部」を置くのか?

首都圏集中に挑む新戦略

 ホンダは2025年6月26日、4月に開設した新たなソフトウェア開発拠点「ホンダソフトウェアスタジオ大阪」を公開した。新拠点はJR大阪駅のうめきた地区に立地する複合施設「グラングリーン大阪」内にある。オフィスの広さは約4000平方メートル。自動車用ソフトウェアやバッテリー関連の技術者ら約100人がすでに勤務している。

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 今後は、首都圏に次ぐ国内第二の規模となる約500人規模へと拡張し、ソフトウェア人材の確保と育成を本格化させる方針だ。

 日本の自動車メーカーにおける開発拠点は、トヨタやスズキなどを除き、多くが首都圏に集中している。省庁との連携や、関係部門との物理的な近接性がその主な理由とされてきた。

 ホンダも長らく、東京、埼玉、栃木といった関東圏に拠点を置いてきた。では、なぜ今回「大阪」が選ばれたのか。

 本稿では、ホンダが新拠点を大阪に設けた背景を探るとともに、企業が地方都市に拠点を広げる動きが、働き手のキャリアや都市構造にどう影響するかを考察する。

うめきた集積進む開発機能

 JR大阪駅に直結するグラングリーン大阪は、梅田貨物駅跡地を再開発する「うめきた2期」の中核施設である。2020年12月に着工し、2024年9月に一部が先行開業。2025年3月には、ホンダの開発拠点が入居するパークタワーを含む南館エリアが開業した。全面開業は2027年春を予定している。

 パークタワーは地上39階建ての複合高層ビルである。1階から27階まではオフィスエリア、28階から最上階まではヒルトン系「ウォルドーフ・アストリア大阪」が入居する。ホンダの新拠点は27階に位置し、オフィスエリアの最上層にあたる。

 グラングリーン大阪はJR大阪駅に隣接し、阪急・阪神などの私鉄や大阪メトロと接続する。関西有数の交通結節点であり、アクセスの良さが際立つ。都心にありながら広大な公園空間を併設し、複合商業施設としての集客力も高い。週末には数万人規模の来訪者で賑わう。

 大阪駅周辺は、首都圏に匹敵する地価帯の一等地である。ホンダがこのエリアに開発拠点を構えた理由は複数考えられる。まず、企業ブランディング上のインパクトが大きい。次に、交通利便性が高く、優秀な人材を惹きつけやすい点も採用面で有利に働く。

 同じパークタワー内では、クボタも2026年5月に本社機能を移転予定だ。新拠点は15階から19階に入居する計画である。都市型の集積拠点として、うめきた地区は今後も企業の戦略的拠点として注目が集まりそうだ。

電機と自動車が交差する拠点戦略

 ホンダが大阪を選んだもうひとつの理由は、地場産業が抱えるエンジニア人材の獲得にある。関西圏には、パナソニックやシャープなどの電機メーカーが集積し、人材の層が厚い。電子部品産業も裾野が広く、京セラや村田製作所といった大手企業が、世界に通用する技術基盤を築いている。

 自動車産業に目を向ければ、完成車メーカーのダイハツに加え、

・ニデック
・住友電気工業
・三菱電機
・デンソーテン
・ジェイテクト

など、開発拠点を持つサプライヤーも多い。関西には、ソフトウェア領域でも高度な開発力を持つ企業が揃っている。

 大阪の新拠点で勤務する約100人のうち、85%がキャリア採用である。彼らの出身業種は、システムインテグレーター、鉄道、電機など多岐にわたる。ホンダが今後注力するのは、制御、組み込み、通信技術に強みを持つ人材の確保である。

 同社にとって大阪拠点は、そうした潜在的人材に対して「関西に残りながら最先端の自動車開発に関われる場」を提示する意味を持つ。首都圏一極集中の採用構造に対するひとつの対抗軸として、関西からの地場回帰を促すケースともいえる。

都市型開発拠点の急増動向」

 自動車産業は、新たな局面に突入した。CASE(Connected:つながる、Autonomous:自動運転、Shared & Services:共有とサービス化、Electric:電動化)という四つの変革を象徴する潮流が本格化し、業界構造そのものが変わりつつある。

 さらにSDV(Software Defined Vehicle=ソフトウェア定義型自動車)の時代を迎え、自動車は「走る機械」から「ソフトで駆動するデバイス」へと進化している。競争力を左右するのは、もはや製造工程ではなく、設計思想そのものである。その中核を担うのが、

・グラフィックデザイン
・UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)
・AIアルゴリズム

といった領域だ。自動運転やコネクテッド機能の実現を支えるのは、まさにソフトウェアの力である。

 こうした構造変化のなかで、ソフトウェア開発に携わる人材の働く場所も変わりつつある。従来のように、郊外の工業団地に立地する必要性は薄れた。これからの開発拠点には、都市型であること、そして創造性を刺激する環境であることが求められる。

 実際に、自動車メーカー各社は都市部への拠点展開を加速させている。スバルは2025年2月、東京・渋谷に2拠点目となるソフトウェア開発拠点「スバルLab」を開設。マツダも2025年7月、東京・麻布台ヒルズに新たな研究拠点を構える予定だ。さらにトヨタは、2029年度に開業予定の新東京本社に、ソフトおよびAI開発拠点を設置する計画を明らかにしている。

関西拠点が促す人材回帰

 関西圏と首都圏を比較すれば、年収水準や住宅費用の平均は、依然として首都圏に分がある。だが、

・生活費全体に占める固定支出の比率
・通勤時間
・住環境の質

などを含めて評価すれば、関西圏が提供する居住・労働環境には一考の余地がある。特に、開発拠点が都市中心部に立地する場合、郊外型の長距離通勤を強いられることなく、効率的に勤務できる点は注目に値する。これは、

「職住近接の再定義」

ともいえる。仮に関西圏における開発機能が拡充されれば、現在首都圏に所在する関西出身エンジニアのうち一定数は、通勤・家計・介護・育児といった複合的な事情から、地元への転職を選ぶ可能性がある。こうした動きが連鎖すれば、東京圏への人口集中とそれにともなう都市インフラの過密状況は、わずかながらでも緩和される可能性がある。

 加えて、企業側の視点に立てば、複数都市への拠点配置は、

「採用対象人口の母集団を拡張する施策」

ともなり得る。選択可能な勤務地の幅が広がれば、居住地や家族事情に縛られて働き方を制限されていた層が、新たな就業機会を得ることになる。それは、雇用の包摂力を高め、既存の人材獲得競争とは異なる地平を切り拓くことにもつながる。

多拠点分散による復元力強化

 ホンダが新拠点に設けたプロジェクトブースやデバッグルームのような設備は、いわゆる都市型研究開発環境としての条件を満たすものである。都市に拠点を持つことは、単に人材確保を容易にするという意味にとどまらない。

・プロトタイピング
・反復的な設計検証

を現場で完結できる環境が整えば、意思決定と製品改良の速度も変わる。これは技術革新のテンポそのものに影響を及ぼし得る。

 加えて、日本国内の災害リスクに鑑みれば、開発機能を複数都市に分散することは、業務継続性の観点でも合理的である。企業活動の一極集中が、社会的リスクを高めているとの指摘は以前からあった。分散拠点の整備は、平時における人材獲得戦略であると同時に、有事における復元力の担保でもある。

 エンジニアリング職においては、転勤による勤務地の強制変更がキャリア形成に与える負荷がしばしば問題とされる。とりわけ若年層では、勤務地の自由度が職場選択における優先項目のひとつとなっている。雇用側がこの傾向を無視すれば、採用活動の長期的な持続可能性を損なう可能性がある。

 現在、首都圏と関西圏はいずれも高い都市機能を備えているが、その役割は固定されていない。企業がそれぞれの都市に期待する機能を明確に分担し、互いに補完関係を築いていくことで、結果として全国的な人材配置の柔軟性が向上する。その意味で、ホンダの大阪拠点は、技術集積の「点」としてのみならず、

・人材移動の「線」
・産業地図の「面」

を描き直す端緒でもある。

 重要なのは、都市選定を経済性や利便性の次元だけで捉えないことだ。企業が求める人材がどこに暮らしており、どのような生活環境を志向しているのか。その現実と向き合い、接点を築くことが、今後の雇用戦略の中核になっていく。大阪拠点の設置は、そうした変化に先んじる試みであり、企業と人材の接点のあり方を問い直すきっかけともなるだろう。

大阪拠点の5領域展開と技術革新

 ホンダはSDV事業開発統括部のブランディングを目的とした特設サイトを運営している。このサイトは「新時代・新しい開発文化」を明確に打ち出すものである。愛知、大阪、福岡の首都圏以外の拠点も紹介し、社内向けメッセージと外部への採用戦略を融合した構成だ。ソフト開発人材に向けたメッセージも多く盛り込まれており、単なる採用広報を超え、ホンダのソフト開発情報発信ツールの役割も担っている。

 ホンダは首都圏以外の開発拠点を拡大しているが、大阪にどの領域を委ね、どこを首都圏に残すかはまだ明確に定義されていない。自動車開発の中核であるプラットフォーム設計は、地方分散でも十分に成立する分野だ。優秀なエンジニアを採用できる土壌があれば、なお理に適っている。

「ホンダソフトウェアスタジオ大阪」の開発・業務領域は、EEA(電子プラットフォーム)、IVI(インフォテイメントシステム)、ASI(AD/ADAS)、ELS(充電系データ分析)、MSS(ソフトウェアデファインドビークル)に及ぶ。この開発内容から、大阪発のSDV開発が将来的に製品化される未来は容易に想像できる。開発機能の都市間分散は今後の産業構造に大きな影響を与え、首都圏一極集中から地方分散が加速する兆候と言える。

 企業が都市を選び進出する時代は終わりを迎えつつある。一方で、都市が企業形態を決める構図が動き始めている。ホンダが大阪に新拠点を設けた背景は、単なる「地代」や「利便性」を超えた次元にある。地方発のモノづくりとソフト開発の融合により、新たな人材獲得と組織変革を推し進めようとしているのだ。

 この判断は異例なのか、あるいは未来の常識となるのか。その答えを見極めるため、ホンダの大阪発SDV開発の成果を注視していきたい。(鶴見則行(自動車ライター))

文:Merkmal 鶴見則行(自動車ライター)
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みんなのコメント

15件
  • pik********
    大阪の地元メーカーとして頑張って欲しいね。
  • eh1********
    東京ではSWエンジニアの取合いで、より高い給料じゃなきゃ雇えないから、大阪狙ったんだろうな。

    マツダは逆に東京にオフィス構えてSWエンジニア集めるとかやってるのに、マツダ程度の業界最低賃金なら、ホンダみたいに大阪狙うべきだったね。
    東京でマツダの賃金なら誰もいかない。
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