再開発を凌駕する低家賃効果
「若い人を集めるのは、オシャレな再開発より家賃が安いこと」
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが35年前の「野毛エリア」です! 画像で見る(計15枚)
2025年6月7日、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」が13年ぶりに野毛を特集した。番組は、街の変化に焦点を当て、その中で評論家・山田五郎が口にしたのが、冒頭の言葉である。
野毛は神奈川県横浜市中区にある歓楽街・飲食街だ。桜木町駅や日ノ出町駅から至近の立地で、JRと京急線に挟まれるように広がる。市中心部に位置しながら、昭和の情緒と雑多なにぎわいを色濃く残すエリアとして知られる。
かつては“上級者向け”とも形容された飲み屋街だった。昭和の空気が色濃く漂い、常連客で成り立つような文化が支配していた。だが近年、その風景は大きく変化した。現在は新旧合わせて約600軒の飲食店がひしめき、新たな出店も相次いでいる。若者が増え、女性客の姿も目立つようになった。
その背景にあるのが、
「家賃の安さ」
である。山田の指摘は、都市の再生において再開発よりも経済的な条件が影響することを示唆している。家賃の水準が変化を生む要因として、どれほどの役割を果たしているのか。その関係を考察してみたい。
戦後闇市が生んだ活気と文化
野毛は、かつて武蔵国久良岐郡戸部村の一部で野毛浦と呼ばれていた。江戸末期に東海道と横浜港を結ぶ横浜道が開通し、野毛山の中腹に切通しが整備されたことで交通の要衝となった。明治期には桜木町駅が開業し、三菱重工業の造船所が立地。商業地としての基盤が形成された。
戦後、中心市街地が進駐軍に接収されると、野毛は「日本人の街」として急速に発展した。闇市や屋台が並び、「野毛に来ればなんでも揃う」と評されるほどの賑わいを見せた。復員兵や工員が集まり、くじらカツを提供する「くじら横丁」も誕生。文化面では、美空ひばりがデビューした横浜国際劇場が象徴的存在だった。
2004(平成16)年に
「東急東横線の桜木町駅が廃止」
され、一時は衰退したものの、空き店舗に若者や女性向けの飲食店が進出し、活気を取り戻した。
現在、約600軒の飲食店が集まり、「野毛大道芸」や「ジャズde盆踊り」などのイベントも定着。戦後の歴史と多様な文化を背景に、若年層からの支持を得て再生した都市空間として注目されている。
若年層流入を支える駅近立地
野毛の若返りは、単なる印象論ではない。変化の実態を把握するには、まず横浜市全体の来街者構成を見る必要がある。「令和5年度 横浜市観光動態消費動向調査報告書」によれば、来街者の年齢・性別構成は以下のとおりとなっている。
●20代以下
・全体:31.7%
・男性:30.1%
・女性:33.1%
●30代
・全体:15.7%
・男性:16.8%
・女性:14.9%
●40代
・全体:14.2%
・男性:13.9%
・女性:14.4%
●50代
・全体:13.9%
・男性:13.9%
・女性:13.9%
●60代以上
・全体:24.4%
・男性:25.1%
・女性:23.6%
注目すべきは、20代以下の構成比の高さだ。特に女性においては、来街者の3人にひとりが20代以下という数字になっている。この比率は、若年層による消費行動と街の雰囲気の変化を裏付けており、野毛の若返りが実際に進行していることを示している。
さらに、横浜市の同調査では、野毛・馬車道・桜木町を含むエリアの居住人口のうち、20~40歳代が全体の約53%を占めており、神奈川県全体の43%を約10ポイント上回っている。つまり、来街者の若年化という「動的な変化」と、居住者の若年化という「定常的な構造変化」が同時に進んでいる。野毛の変化は一過性のブームではなく、構造的な若返りと見るのが妥当だ。
加えて、立地条件もこの傾向を後押ししている。JR根岸線桜木町駅と京急本線日ノ出町駅の両方から徒歩5分圏内にあり、横浜観光の中心地とも隣接。回遊性と交通利便性が高く、自然と滞在時間が延びやすい立地である。
築古低層が生む場末感経済
そうした利便性の高い場所でありながら、野毛の不動産ストックは独特だ。周囲の再開発が進むなか、野毛には低層・木造・築年数の古い物件が多く残る。この物件構成が、場末感を演出し、
「大人のテーマパーク」
としての街の個性を強めている。そして、こうした物件は家賃が相対的に安い傾向にある。飲食店専門の物件情報を扱う「飲食店ドットコム」によると、直近1年間の桜木町駅エリアにおける店舗賃料相場は以下のとおりだ。
・平均坪単価:2万2688円
・最高坪単価:6万2500円
・最低坪単価:7777円
・最頻階層:地上3階以上
・2022年平均坪単価:1万8886円
一方、隣接するみなとみらい駅エリアの相場は以下のとおり。
・平均坪単価:2万3373円
・最高坪単価:3万2993円
・最低坪単価:1万3200円
・最頻階層:地上3階以上
・2022年平均坪単価:2万6316円
数字だけを見ると、両者の相場に大差はないように見える。しかし、価格帯の分布を見れば違いは明確だ。
●桜木町駅の価格分布
・20万円未満:41.1%(最多)
・20~40万円未満:22.9%
・60万円以上:極少数
●みなとみらい駅の価格分布
・20~40万円未満:50%
・40~60万円未満:50%
・20万円未満:ゼロ
この比較からわかるのは、野毛では
「20万円未満の物件」
が圧倒的に多く、出店ハードルが低いことだ。小資本で挑戦できる市場環境が整っている。これが飲食業態の多様化を生み出し、若年層を中心とした街のリニューアルを下支えしている。賃料構造そのものが、街の再構築を静かに後押ししているのである。
検証1「都市再開発vs場末のリアリティ」
みなとみらい駅周辺の店舗賃料は、中~高価格帯に集中し、安価な物件はほとんど存在しない。出店には一定の資本力と計画性が求められ、大手企業やチェーン店が主導する傾向が強い。比較として再開発が進む二子玉川駅のデータを見ると、以下のとおりである。
平均坪単価は2万6606円、最高坪単価は5万881円、最低坪単価は7824円。一番多い階層は地上1階で、2022年の平均坪単価は2万7608円だった。価格帯の分布では、20~40万円未満が43.3%と最多で、40~60万円未満が36.7%、60万円以上の高額帯も一部存在する。
二子玉川駅周辺の物件は地上階に集中し、高単価テナント誘致を前提とした構造が明確だ。みなとみらいと同様に、選ばれた資本だけが参入できる都市空間が形成されており、偶発的な出店や個人の実験的店舗の参入余地は極めて小さい。
再開発都市はしばしば「設計された居場所感」を提供する。景観や動線、テナント構成まで計画され、美しさ・利便性・安全性が最大化された均質な空間が整備される。一方で、その空間は利用者の行動や体験を枠内に規定し、偶発性や自由な解釈を受け入れにくい面がある。
これに対し、野毛は戦後の混乱期から歴史的に形成された場末の空間だ。予定調和はなく、若年層が求める本物志向や偶然の発見を提供している。
現代の都市開発では、「オシャレさ」や「エモさ」がブランド消費と結びつき、空間にふさわしくないものは排除される傾向にある。しかし野毛は、こうした路線に乗らず敷居の低さを保ち続けた。それが現在の独自の魅力となっている。
検証2「若年層の選択行動と財布の中身」
野毛が事業者に選ばれる理由は、単純な家賃の安さだけでは説明できない複合的な要因が存在する。
コロナ以降、日本の若年層の消費動向は大きく変化した。米国では過度な浪費による破滅的消費が広がる傾向にあるが、日本では逆に過度な節約志向が目立っている。特に東京圏の20代単身世帯における住居費(家賃 + 管理費等)の平均は月額約6万4000円と高く、可処分所得(個人や世帯が自由に使える手取りの所得)の2~3割以上を占める水準にある。携帯電話料金などを含めると、可処分所得は限られている。
2023年4月、経済産業省が公表した資料「地域の包摂的成長-地域の活力が生み出す若者・女性の「希望」の回復と少子化社会の克服-」では、以下の点が指摘されている。
・東京都の中間層の世帯の実感的な可処分所得は低い
・東京圏の可処分時間は短い
特に際立つのは、若年層の可処分時間の短さだ。平日の1日あたり可処分時間は、北海道が778分、全国平均が749分であるのに対し、東京都は745分、神奈川県は738分と短い。
こうした可処分所得と可処分時間の制約のもと、若年層は都市での消費行動を戦略的に最適化している。限られた時間と資金を最大限活用するため、移動コストや滞在コストを含む総コストを意識的に抑える行動様式が定着している。
現代の若年層の都市選好は、
「限られたリソースを無駄にしたくない」
という合理的な判断に基づく積極的な選択的回避が基盤となっている。これが再開発エリアに多い設計された体験への違和感や、そこで求められる消費スタイルへの距離感につながっている。彼らにとって重要なのは、価格そのものよりも
・その空間に自分がいてよいという感覚
・居心地のよさ
・物語の余地
だ。計算されすぎ、洗練されすぎた空間では、行動の自由や偶発性がそぎ落とされ、限られたお金や時間を払うコストが感じにくい。一方、野毛のエリアはそうした余地を残しているように見える。つまり、野毛が安いからだけではなく、
「高くて意味のない場所に用がない」
という視点の転換こそが、若者が野毛に集まる理由である。
検証3「家賃の構造的変数と都市空間の残存価値」
野毛地区に多く見られる築古物件は、従来の不動産市場では価値が低く評価されがちだった。だが2010年代に入ると、リノベーションによって独自の価値を加え、新たな需要を掘り起こす動きが広がった。特に若年層を中心に、再開発で整えられた均質な空間よりも、築古物件が持つ素材としての面白さや、物語性に魅力を感じる傾向が強まっている。
野毛は、そうした価値観を如実に体現するエリアである。低家賃を背景に、実験的な事業や文化活動の拠点として再評価が進んでいる。
こうした動きは、都市空間における「ほつれ」の存在と深く関わっている。ここでいうほつれとは、用途が明確に定まっていない曖昧な空間や、都市計画から取りこぼされた隙間のようなエリアを指す。
多くの再開発は、こうした曖昧さを排除しようとする。しかし、空間のほつれは、予期せぬ創造や実験性を許容する土壌となる。小規模店舗が独自のコンセプトで出店したり、既存建物を柔軟に改装したりすることが可能となり、これが若者たちが求める本物や個性につながっている。
再開発されたエリアでは、営業時間や用途まで厳密に管理されがちで、結果的に地域の画一化を招く。一方で、野毛のような旧来の街では、そうした制約が少なく、営業時間の柔軟な設定なども可能だ。効率性には劣るかもしれないが、多様なライフスタイルに応える包容力がある。それが、野毛の都市としての魅力を支える重要な要素となっている。
検証4「若年層の交通動線と滞留戦略」
野毛地区の立地は、若年層の行動パターン、特に夜間のレジャー行動において戦略的な優位性を持つ。
JR桜木町駅や京急日ノ出町駅から徒歩数分という距離が、電車圏内での飲酒や外食を可能にしている。終電やタクシー代を気にせずに飲み歩ける立地は、コスト感度の高い若者にとって大きな魅力となる。
国土交通省が2015(平成27)年にまとめた「都市における人の動きとその変化~平成27年全国都市交通特性調査集計結果より~」によれば、通勤・通学以外の移動回数は男女ともに大幅に減少している。特に休日の「買物以外の私用」(観光・食事・遊びなど)に関する移動は、男性で0.90回から0.34回、女性で0.82回から0.45回と、半分以下に落ち込んだ。
こうした移動頻度の減少傾向のなかで、野毛の立地は若者ニーズに適合する。桜木町・日ノ出町の両駅から徒歩圏にあることで、移動コストを抑えながら都市的な余暇を楽しむ選択肢となっている。
再開発が排除する都市の多様性
野毛は再開発エリアと競合するのではなく、異なる市場ニーズを担っている。低家賃によって小規模事業者の参入が可能となり、みなとみらいでは成立しにくい
・個人経営店
・ニッチな専門業態
・実験的なコンセプト店
の受け皿となっている。単に古さや猥雑さがウケているわけではない。再開発では再現しづらい都市の多様性と偶発性を補完する存在である点に、野毛の本質的な価値がある。冒頭の
「若い人を集めるのは、オシャレな再開発より家賃が安いこと」
という山田五郎氏の指摘にもあるように、家賃の安さはにぎわいを生む重要な前提条件である。しかしそれは単なる条件にすぎない。野毛の魅力は、その条件を活かして再開発が排除してきた
「雑多さや実験性を保持している点」
にある。限られた資金と時間のなかで効率を求める若年層にとって、その敷居の低さこそが最大の吸引力となっている。
災害対策や都市への人口回帰を考えれば、再開発そのものを否定することはできない。ただし、あらかじめ設計された空間が創造性を取りこぼすことも事実だ。今後の都市整備では、効率性と多様性、その両立をどう設計するかが問われている。(昼間たかし(ルポライター))
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
不正改造車「43台」を“一斉検挙”! 「ただちにクルマを直しなさい!」命令も!? 「大黒PA」集結の“大迷惑”「爆音マフラー」「シャコタン」を排除! 「今後も取締ります」宣言 神奈川
古いクルマの「自動車税」“割り増し”に国民ブチギレ!? 「なんで大切に維持したら増税なんだ!」「もはや旧車イジメ」「新車を生産するより環境に優しいのに…」と不満の声! 最大で「約13万円」の税額も!
ロシア軍の「重火炎放射システム」攻撃を受け“大爆発”する映像を公開 非人道兵器として国際社会で批判される自走ロケット
トヨタ“新”「黒ハリアー」発表に反響殺到! 「もう上級SUVいらないね」「高級感すごい」 1リッターで20km超え「“大人気”高級SUV」に黒すぎる「ナイトシェード」 新仕様が話題に
日産「マザー工場」閉鎖の衝撃――なぜ追浜は年間稼働率4割で止まったのか? グループ2万人の人員削減で露呈する国内生産の限界
不正改造車「43台」を“一斉検挙”! 「ただちにクルマを直しなさい!」命令も!? 「大黒PA」集結の“大迷惑”「爆音マフラー」「シャコタン」を排除! 「今後も取締ります」宣言 神奈川
「トヨタ車でよく見るよね」「えっ後からでも付けられるの?」早速購入してホンダ車に装着。すると意外な結果に…。
え、日産の主力「ノート」が失速気味? 前年比割れの理由は、近々実施される一部改良にあった
「ヴェゼル」が失速気味? 前年比割れも現場の温度感は“堅調”。支持される理由と同門「WR-V」との差とは
古いクルマの「自動車税」“割り増し”に国民ブチギレ!? 「なんで大切に維持したら増税なんだ!」「もはや旧車イジメ」「新車を生産するより環境に優しいのに…」と不満の声! 最大で「約13万円」の税額も!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント
どの店も満員です、外国の方も多いですが。
それに比べて最新できれいで高級な麻布台ヒルズなんかは、閑古鳥が鳴いています。
それこそ、街の味という魅力が大事なのではないか。
日本も、おされなショッピングセンターより商店街の方が味わいがあります。