気になる人の愛車に隠された知られざるエピソードとは? 第1回目は俳優・市毛良枝さんが、愛車を振り返る。
2CVに一目惚れ
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「私がクルマを運転して撮影現場に入ると、今も驚かれることがあります。『市毛さんはクルマを運転されるんですか!?』と。クルマも運転も昔から大好きなんですけどね(笑)」
映画やドラマなどで活躍する俳優の市毛良枝さんは、知られざるクルマ好きだ。とはいえ、幼少期からのクルマ好きだった、というわけではない。
「20代の頃は、友人が所有するクルマの“助手席専門”でした。開通してまもない中央高速道路などをよくドライブしましたね。気軽にクルマを出してくれる男友達が多かったので、移動に困らなかったんです(笑)」
その頃は自ら運転するつもりはなく、それゆえにクルマのメーカーや種類などにさほど興味はなかったという。しかし、20代半ばになってくると、友人らは次々に結婚し、所帯を持つようになった。すると、気軽にクルマを出してくれなくなったという。
ちょうどその頃、仕事で当時のソビエト連邦に行く機会があった。「文豪のふるさとを訪ねる企画でした。40日間滞在の予定が、30日間で終わったものの、旧ソ連の厳しい取材規制に全員、辟易して……それで、残りの10日間で、気分転換に北欧を旅行することになったんです。今では考えられません(笑)」
降って湧いた北欧旅では、同行の報道カメラマンが運転する横でナビゲーターを務めた。そのとき、「君、案内がうまいから、運転も向いていると思うよ。免許を取ったら?」と、勧められたという。
そして、運命的な出会いが市毛さんを免許取得へ誘う。
「どこの国だったかは忘れてしまったのですが、北欧の街でシトロエン『2CV』を見て、一目惚れしました。なんて素敵なクルマなんでしょう!と」
市毛さんは、2CVに乗るべく運転免許取得を決意。日本へ帰国後、すぐに教習所を探し始めた。
「2CVに乗りたい! と、オランダ人の友人に話したら笑われました。彼いわく“スバル『360』に乗っているのとおなじだよ?”って。両方を知る友人にとっては2CVも360も“古い大衆車”でしかなかったのでしょうね。でも私は、どっちのクルマも個性があって好きだったから、まったく気になりませんでした」
俳優として大忙しだった市毛さんにとって、免許取得のハードルはかなり高かったという。
「当時、ドラマの撮影などでスケジュールがみっちり詰まっていましたから、免許の取得は大変でした。柔軟に対応してくれる教習所を見つけ出し、入校しましたが、そのことは所属事務所に内緒でした(笑)必死でスケジュールの合間を見て、仕事の前に早起きして行ったり、仕事のあいだに制作さんに送ってもらったり、タクシーで飛んでいったり……かなり“怪しい”暮らしをしていましたね」
2CVに乗るべく入校した旨を教官に伝えると、大いに驚かれたという。「落ちてしまうと先のスケジュールが見えないため、緊張のあまり、仮免と本免の試験で、それぞれ1回落ちたんです。それでも2カ月で取得しました」と、市毛さんは話す。
別れを決めた日
免許を取得したのは29歳のときだった。ちなみに2CVは、免許取得前に発注したというから驚きだ。
「友人の俳優に紹介されたメカニックのひとに、2CVが購入したい旨を伝えたところ、『日本には在庫がないので、これから輸入するしかありません』と、言われました。船便のため、発注から4カ月ほど要するとのことで、免許取得前に注文しました」
市毛さんが2CVを発注したとき、西武自動車はまだ、2CVの正規輸入販売を行なっていなかったので、そのころ存在した少数限定枠制度を使い、輸入したと思われる。
「免許を取得したものの、先に注文した2CVは輸入に時間がかかってなかなかやってきませんでした。そうしたら、メカニックの人がクルマを譲ってくれたんです」
2CVが来るまでの「つなぎ」になったそのクルマとは、トヨタの「コロナ・マークII」だった。「ディーラーの人は、『部品取り用のクルマなので……』といい、値段は7000円ほどでした。でも、あとでこのクルマを部品取りとして売却したときには7000円以上になってしまって、ちょっと得しました(笑)」と、市毛さん。
そうしてついに、憧れの2CVがやってくる。ボディカラーは鮮やかなレッドで、マークIIのカセットデッキをメカニックの人がつけ替えてくれた。
「うれしくて、いろいろなところへドライブしましたね。仕事場にも乗って行きました。クーラーがないため、真夏の暑い日は到着しても汗がなかなかひかなくて、2時間ほどメイクが出来なかったのは良い思い出です」
押したり、引いたりする4速MTの独特なシフトフィールは今でも忘れられないそうだ。「購入したとき、ディーラーの人が“キーをつけたままでも誰も持っていかないですよ”と話していたのが印象的でしたが、まさにその通りでしたね」。シフトの仕方が、あまりにも一般のクルマとちがうので、知らない人は運転できないからである。
笑ってしまうようなトラブルもいくつも経験したという。ウインカーレバーのユニットがステアリング・コラムから突然外れたときは、それを両足で挟みながら走ったそうだ。
「冬の高速料金所で、助手席の窓をハネ上げて開けたあと、閉めたつもりがきちんと閉まっていなかったらしく、風圧で浮いてしまい、そこから冷たい風が吹き込むので、凍えながら運転したのも懐かしい思い出ですね。クーラーもないし、ヒーターの効きもスピードによって違いました。ゆっくり走ると効かないのですが、速度が増すと結構効くんです。最高90km/hほどしか出ないのですが、それくらいの速度域になると逆に暑すぎるときもありました。“寒い”か“暑い”か、その2択だったんです」
ただ、免許を取得したばかりの初心者が乗るには早すぎたのかもしれない。「手の焼ける男にちょっと懲りた感じでしょうか、ね。トラブルも複数ありましたから、所有し続けるのは大変でした」と、市毛さんは述べた。
そんな折りも折り、懇意にしていたメカニックが急死した。
「整備のために預けていた2CVを届けてくれた直後に亡くなられたんです。普段、整備に出しても引き取りの日時は決めていなかったのですが、そのときだけは都合があって日時を決めていました。それで、私のもとに2CVを引き渡したあと、突然、病に倒れてしまって……。だから、その人が最後に会ったのは私だったのです」
2CVの輸入を手がけ、免許取得を応援してくれたメカニックの突然の死に、市毛さんのショックは大きかった。
「亡くなったあとに運転したとき、ふと、その人のことを思い出してしまい、涙があふれてきました。気づいたら、なぜかワイパーが動いていていて……。涙でゆがんだ景色のせいで、無意識のうちにワイパーレバーを動かしていたんですね。それほど動揺していたのでしょうね。その方のお母様からもご丁寧なお手紙をいただきました」
その人の葬儀に出席した市毛さんは、それを機に2CVを手放す決意を固めたという。30代前半だった。
後編では2CV以降の愛車について触れる。
【プロフィール】
俳優・市毛良枝(いちげよしえ)
文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年ドラマ『冬の華』でデビュー。以後、映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。現在は、執筆活動や講演も行っている。
●出演情報
CM:「ヤマダ電機」「くらしの友」「サントリーロコモア」に出演中。
ドラマ:9月21日 8時~ BS朝日『無用庵隠居修行』に出演。
☆2021年後期、2022年にはドラマ、映画、舞台の出演も控えている。
<ルノー・トゥインゴ>
現行モデルは2014年登場の3代目。リアエンジン・リアドライブ方式を採用するコンパクト・ハッチバックだ。ダイムラー社のマイクロカー「スマート」と、プラットフォームを共有する。
【衣装】ワンピース¥97,900、カットソー¥35,200 パンプス¥16,500 イヤリング スカーフ/スタイリスト私物
文・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.) ヘア&メイク・竹下フミ スタイリスト・金野春奈 撮影協力・セルリアンタワー東急ホテル
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みんなのコメント
何だかんだで、社会も自分もどんどん成長・進歩する時代を生きられた世代で、羨ましいね。