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スーパーカーを愛し、愛された男「ロリス・ビコッキ」

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スーパーカーを愛し、愛された男「ロリス・ビコッキ」

ブガッティが自らの創立110周年を祝うべく用意した“隠し球”があるというウワサは、やはり本当だった。

この3月のジュネーブショーにて、110周年記念としてワンオフの“ラ・ヴォワチュール・ノワール”を発表したのは、そのお値段1100万ユーロ(約13億円)とともに記憶に新しいところ。けれども、ブガッティファンにとって110といえばもうひとつ、記憶に残るモデルがある。

F1と腕時計と、地中海の青い海と空に想う──たかがモナコ、されどモナコ。

そう、EB110だ。それゆえ早くから、110周年にはEB110へのオマージュモデルも登場するというウワサが流れていたのだった。

モントレーカーウィーク前半の山場である“ザ・クエイル・モータースポーツギャザリング”に登場したのは、その名も“チェントドーディチ”、イタリア語で110という名前のハイパーカーだった。

2016年に発売された3億円越えのシロンをさらに進化させたシロンスポーツ。エンジンスペックなどは同じでW16気筒エンジンに4つのターボを搭載して出力はなんと1500馬力。スポーツになり大幅な軽量化が加えられている。日本円約3.5億円。先にEB110について軽く振り返っておこう。EB110とは、フェラーリなどのディーラーを経営しブガッティコレクターとしても有名だったイタリア人起業家ロマーノ・アルティオーリがブガッティブランドを1987年に買い取ったのち、イタリアはカンポガリアーノ(モデナに近い)で造った12気筒4WDミドシップスーパーカーだ。開発初期にはマルチェロ・ガンディーニとパオロ・スタンツァーニという70年代初頭のランボルギーニ名コンビが関わったことから、EB110は“理想のカウンタック”とも呼ばれている。91~95年のあいだに130~150台ほど生産された。EBとはエットーレ・ブガッティの略。言うまでもなくエットーレはブガッティ社の創設者であり、彼自身はイタリア出身であったことから、その生誕110周年を記念するべくEB110と名付けられたのだった。

ロリス・ビコッキ/1974年に倉庫係としてランボルギーニに入社。メカニックを経てテストドライバーという仕事に就くと、それ以降世界中のスーパーカーブランドで様々なモデルの開発に携わる。Juergen Skarwan今もブガッティブランドに多大な影響を与えるEB110EB110がエットーレの生誕110周年記念モデルなら、チェントドーディチ(CD)はブガッティ社創立110周年記念である。フランスはアルザス地方に本拠を置くスーパーカーブランドの最新モデルにイタリア語の名前が付けられたことも、エットーレとEB110という過去を知れば納得できるだろう。

EB110とCD、そしてベースとなったシロンの並ぶ写真を見ていただければ分かる通り、CDのデザインベースは完全にEB110だ。けれども、シロンとCDを見比べてもらえれば分かるが、W16気筒を積むシロンはどちらかというと昆虫のように丸い塊感のあるデザインで、そこに複雑な空力システムが埋め込まれている。シロンのナカミを活用し、ソトミをどちらかというと平板なデザインのEB110に近づけるというのだから、アキム・アンシャイト率いるブガッティデザインチームの苦労が偲ばれるというものだ。

CDにはブガッティ史上最高となる1600psの8リットルW16クワトロターボが搭載された。これにより、0→100km/h加速は2.4秒というすさまじさ。最高速は380km/hに留まるが、これはデザイン案件を空力に優先した結果ということだろう。ちなみに今から四半世紀前のEB110の最高速は351km/hだった。

EB110とシロン、そしてCDについて語り始めれば、技術的な観点だけでも話は尽きないし、なかでもモデナのスーパーカー人脈が縦横に絡まったEB110の開発と顛末は一冊の本になるくらいの物語に満ちている。

CDやEB110の話は他に譲るとして、GQ Webの読者にはとっておきの物語、この2台両方の開発に関わった“たった一人の男”について紹介したいと思う。

スーパーカーに憧れた少年が夢を叶えてテストドライバーにその人の名は“ロリス・ビコッキ”。相当なスーパーカーファン、否、ランボルギーニファンくらいしか彼の名前を知らないかも知れない。1958年、イタリアはサンタガータに生まれた。そう、ランボルギーニ本社のある街だ。

学校を卒業後、クルマ好きだった彼はランボルギーニに入社。倉庫係からスタートし、メカニック、そしてテストドライバーへと出世した。スーパーカーに乗ってみたい!そう願い続けた彼は、幸運にも夢の職業に就いたというわけだった。

87年に転機が訪れる。元ランボルギーニの天才エンジニア、パオロ・スタンツァーニの誘いに応じて新生ブガッティに転職。そこでEB110のテストはもちろんエンジニアリングにも深く関わった。エンジニア兼テストドライバーという幅の広がりが、彼の後のキャリアに大きな影響を及ぼすことになる。

イタリアのブガッティが倒産する95年までの間、ロリスは毎日のようにEB110に乗り込みテストを続けた。すべての面で新しく進化したモダンスーパーカーを0から開発したことで、得難いキャリアを彼は積んだことになる。ロリスはまた、EB110でアメリカIMSAシリーズやル・マン24時間レースにも出場した。

ブガッティSpA倒産ののち、ロリスはその経験と能力をかわれて、パガーニやケーニグセグの開発ドライバーを務めている。そして、2000年には三たび新生なったブガッティ・オトモビル(98年よりVW傘下に)に呼ばれ、400km/hオーバーのスーパースポーツ、ヴェイロンの開発に関わることになったのだった。

シロンをベースに作られた究極のGTモデル「ラ・ヴォワチュール・ノワール」。フォルクスワーゲンの元CEOであるFerdinand Piechのために制作されたワンオフマシンで車両価格は14億円。かつて関わったクルマ達と過ごす記念イベント彼の立場はフリーランスのテストドライバーである。プロジェクトごとに各ブランドと契約を結ぶ。それゆえ、ヴェイロンの開発を終えたのちも、ケーニグセグCCXやKTMクロスボウ(ダッラーラ)、ランボルギーニの開発に携わった。最近ではダッラーラ・ストラダーレの開発にも関係している。

そしてもちろん、ブガッティの現行シリーズ“シロン”にもまたロリスは深く関わった。先だって生まれ故郷であるサンタガータの街で、ロリスのテストドライバー歴40周年を記念するパーティイベントが開催されたが、ロリスが最も欲しいスーパーカーは「90年代最高のモデルだったEB110と、最新で全く新しいテクノロジーをもつシロン」だと語った。ならば、そのシロンをベースとしたCD=チェントドーディチこそは、ロリスにとって理想の1台となることだろう。

ビコッキが膨大な量のテストを行い開発されたEB110。ほぼ毎日試乗を行い「人生とキャリアにとって最高の1台」を作り上げた。ロリスのテストドライバー歴40周年を記念するイベント(VIA Modena luxury motoring events 主催)は、サンタガータ村のメインストリートを貸し切って行なわれた。発表直前ということでCDの展示こそなかったけれども、赤黒のシロンスポーツを挟んで、ロリスがレースを戦ったEB110のレース仕様が2台並んでいた。その他にも、彼が深く関わったケーニグセグやパガーニ、ダッラーラ、ランボルギーニといった数々の名スーパーカーが並ぶ。彼は最高速トライアラーとしてもその世界で有名で、EB110やゾンダ、CCX、ヴェイロンなどで最高速にトライしているのだ。

何より彼はスーパーカー界に愛されていた。そのイベントには、なんとクリスチャン・フォン・ケーニグセグが息子とともにスウェーデンからレゲーラを自走して駆けつけたし、ジャンパオロ・ダッラーラやオラチオ・パガーニ、ヨッヘン・ダウアー、クラウディオ・ザンポーリもやってきた。日本でもお馴染みのアンディ・ウォレスはその昔の最高速ライバルで、今やブガッティ開発における盟友だ。ランボルギーニファクトリーやイタリア自動車メディア界の面々も大勢参加した。

いつも笑顔を絶やさないロリス。筆者も出会ったその日からファンになった。20代のうちにランボルギーニやブガッティEB110に関わったことで、モダンハイパーカーの現代パズルにはなくてはならない重要なピースとなった。カウンタックに始まり、EB110、ゾンダ、CCX、ヴェイロン、アヴェンタドール、そしてシロン、と、常に時代をリードするスーパーカーに関わってきたロリスだが、その人柄だけは恐らく、20代でランボルギーニの門を叩いて以来、まるで変わっていないのだと思う。だからこそ、今なお多くの人がロリスの元に集まってくる。ロリスのためなら、とはるばる駆けつける。

ロリスに乾杯!

文・西川 淳 編集・iconic

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