心技体。武道では形を学んで稽古に励む。これは正しい姿勢と動きを身体に染みこませることで、とっさの時に慌てず対処するためだ。この考え方は身体を使うという意味で、「運転姿勢と運転操作」にも同じことがいえると筆者(西村直人)は考える。
とりわけ重要なのが正しい運転姿勢。なぜなら乗り物はすべて「正しい運転姿勢」を保ち、「正しい運転操作」を行うことではじめて意のままに操れるから。その意味で正しい運転姿勢、つまり正しいドライビングポジション(以下、ドラポジ)をとることは安全な運転環境を手にするための第一歩であるとも言える。
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一方、正しいドラポジに対して、危険なドラポジもある。端的に正しい運転操作ができないから危険なのだ。以下、5つの具体例で考えます。
文/西村直人
写真/Adobe Stock、編集部
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■危険その1/ステアリングが身体から近すぎる人や遠すぎる人
相対距離が近すぎれば、クルマが強い衝撃を受けた際に展開するエアバッグとの適正な距離が保てず顔面を強打する可能性が高まる。逆に遠すぎれば、正確なステアリング操作がしにくくなったり切り遅れたりする。これが原因でカーブでは操舵量が足りなくなり、俗に言う“手アンダー”と呼ばれる状態に陥ってしまう。
腕がほぼたたまれ、ハンドルにしがみつくような姿勢で運転している人や、俗にストレートアームと言われる腕が伸び切った運転姿勢の人を、街中で見かけることがあるが、危険だ
ステアリングと身体の位置が遠すぎる(近すぎる)原因には、シートの座面位置が後ろすぎる(前すぎる)という理由も。遠すぎればアクセル&ブレーキペダルの正しい操作は望めないし、カーナビ&オーディオの操作系スイッチとの距離も遠くなる。最近はステアリングスイッチも多いが……。
乗用車の場合、車両によって差はあるものの身体とこうした操作系スイッチとの距離が650mm以内に収まるよう自動車メーカーでは設計を行っている。この数値は平均的な腕の長さから割り出された。座面位置が遠ければスイッチを操作する度に運転姿勢が崩れ、正しい運転操作が阻害され危険。
同じく乗用車では、ドライバーの眼とルームミラーの距離は550mm程度が一般的。これは鏡面に映る被写体の見やすさから導き出された値だ。ここも座面位置が後ろすぎれば(前すぎれば)ルームミラーそのものの調整範囲を超えてしまい正しい後方確認ができなくなる。
■危険その2/シートの背もたれを大きく寝かせている人
クルマに乗ったら、シートと各ミラーの位置を調整、そしてエンジンを始動する前にシートベルトを装着するが、そのシート位置は座面と背もたれ、そして調整機構があるなら高さも正しく合わせたい。
「その1」で述べたとおり、シートは座面位置が後ろすぎる(前すぎる)と危険だが、同時に背もたれを大きく寝かせていると、急ブレーキ時に身体がシートベルトの間をすり抜けてしまい、設計通りの拘束効果が得られない。
これは“サブマリン現象”と呼ばれ、前方衝突時であれば衝撃を受け、ボディがへこむ側へと身体がもぐり込むことから、致命傷が身体全体におよぶ可能性が高い。
一部、後席の背もたれを倒すことができるクルマがあるが、たとえばレクサス「LS」やメルセデス・ベンツ「Sクラス」の当該モデルでは、背もたれを倒すとそれに連動し座面が引き上がる。これにより急ブレーキの際には大腿部のシート面圧が高まりサブマリン現象の抑制が期待できるのだ。
■危険その3/ヘッドレストレイントの位置が合っていない人
ヘッドレストと略されることが多いが、正式名称は「ヘッドレストレイント」。
たとえば、後方から衝突された際に首はむちを打ったようにしなるが、ヘッドレストレイントはそのしなりが加わった頭部を支え頸部を守る。また、衝撃を受けた際にシートの背もたれ部分が沈み込み背中を支える安全シートを備えるクルマも多い。
正しい位置は、後頭部の中心がヘッドレストレインの中央にくる、もしくは頭頂部とヘッドレストレイントが同じ高さになるところ。この調整を怠ると、頸部負傷による“むち打ち症”リスクが高まる。むち打ち症は完治まで期間を要するし、季節の変わり目や低気圧の影響を受け痛みが再発することがある。
真横から見て自分の耳の後ろの位置にヘッドレストの中心が来るように、自分の座高に合わせてヘッドレストの高さを調整したい。写真の位置だと低い
■危険その4/正しいステアリング位置を把握できない人
ステアリングは両手で握り操作する。これが基本だ。では、両手の正しい位置はどこか?
巷では「10時10分の位置で握ると危ない」、「9時15分から8時20分がよい」などさまざまな声がある。ちなみに10時10分が危ないと言われる所以(ゆえん)は、エアバッグが展開した際に弾かれた自分の腕で顔面を強打する可能性が高いことから。
10時10分の位置で持つと、腕と腕の間隔が狭く、展開するエアバッグに腕を弾かれやすい
ただし、確かに危険性はあるが、ステアリングのスポーク位置からして、10時10分の位置が握りやすいクルマもある。警視庁「安全運転管理者講習」で講師を拝命している筆者(西村直人)としては「10時10分はなるべく避けて9時15分を握ること」を推奨している。
9時15分の推奨理由はワンアクションで均等な左右へのステアリング操作ができ、さらに一度で操舵できる角度も大きいことから。
■危険その5/右腕を車外に出して運転する人
これは論外。たとえば50km/hで走ると秒速は14m程度になるが、車外に出した右腕が対向車と触れたら痛いだけでは済まされず、最悪、腕がポロッともげる(本当です……)。
また、この状況は片手運転となることから緊急回避などとっさのステアリング操作が難しい。さらに、昨今では“あおり運転”をしていると、思い違いをされる可能性もあるのでやめましょう。
腕を出すクセのある人や、タバコを吸うために車外に腕を出している人を見かけるが、大変危険だ
■ドライビングポジション以外にも知ってもらいたいクルマのこと
ざっと、ここまで危険なドラポジについて検証してみた。いずれも、正しいドラポジでなければ思わぬ事態を生み出してしまうことがご理解いただけたことと思う。正しいドラポジは安全な運転環境への近道だ。
万が一の際、瞬時に深くブレーキペダルが踏み込めたり、目視による周囲の安全確認が行いやすくなったり、同時にステアリング操作による回避動作などが期待できる。逆説的に言えば、正しい運転操作は正しいドラポジに宿るわけだ。
では見方を変えて、ドライバーを迎え入れる車内環境はどうか? 自動車メーカーでは体型によらず、正しいドラポジがとれるようにシート座面や背もたれ、そして高さなど調整機構に幅を持たせた設計を行っている。
また、アクセル&ブレーキペダルは踏みやすく、乗降性を邪魔しないよう配置され、ステアリングには上下方向の調整にチルト機構、前後方向の調整にテレスコピック機能をそれぞれ設ける。
たとえば、2019年8月から発売を開始したホンダ「新型N-WGN」では、コスト管理に厳しい軽自動車ながらステアリングには前述の両調整機構を備え、重要保安部品であるブレーキのペダルには、かかとを軸にしっかりと踏み込めるリンク式を採用し、そのペダルにはわざわざ専用品をおこしている。
新型N-WGN。軽自動車ながら、チルト機構とテレスコピック機能などを備え、ドライビングポジションを合わせやすくなっている
自車周囲の安全確認に欠かせない、ドアミラーやルームミラーも正しいドラポジを助ける。たとえばフレームをなくしたフレームレスルームミラーは、フレーム分だけ鏡の面積が大きくなり見やすい。
昨今では、従来の鏡を光学式カメラに置き換え、その表示部を液晶画面とすることで後席に同乗者がいる場合や夜間、さらには逆光時など従来の鏡では物理的に遮られていた視界を補助する電子ミラーも実装され始めた。
これらの設計思想や技術は安全な運転環境を支援するもので、事故のない交通社会を目指すために研究開発されもの。当然ながら使い方はその開発者によって示されている。
その開発者との意思疎通ツールこそ取扱説明書にほかならないことから、クルマを乗り換えたら、ぜひ取扱説明書に目を通していただきたいです。
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