スローガンが照らす「心」の問題
「クルマをニッポンの文化に!」というスローガンには、ある種の痛切な問いが込められている。2025年6月10日、日本自動車会議所の新会長に就任した豊田章男氏(トヨタ自動車代表取締役会長)は、自動車産業が技術や経済の領域を超えて、日本人の誇りとなる存在たりえているかと問うた。
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それは、自動車産業がいままで担ってきた社会的役割への回顧ではなく、これから何を担うべきかという未来への問いかけである。日本が誇るべきものとして、
・和食
・アニメ
・伝統文化
が挙げられるなかで、自動車が自然と語られることの少なさ。それが、豊田氏の掲げたスローガンの出発点だ。
だがこの「文化」とは何か。そしてクルマは、ほんとうにそこに連なれるのか。それは、機能や経済貢献とは異なる次元の問題である。すなわち、感情と記憶に関わる問いだ。
「文化に昇華」する車産業
以下は、『トヨタイムズ』2025年6月11日付の記事から、豊田新会長の就任あいさつを引用したものだ。
。
「豊田でございます。本日より日本自動車会議所の会長を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。さっそくですが、先ほど行われました総会で、会員の皆さまにお話ししました、私の思う日本自動車会議所の合言葉を、この場でもお話しさせていただければと思います。こちらです。自動車会議所のお話をいただき、発足当時の設立趣意書を振り返って参りました。昭和21年(1946年)、79年前に書かれた趣意書の冒頭がこちらです。「国民の生活維持と文化向上に車は不可欠」とあります。おかげさまで今、クルマは日本の人流、物流に欠かせないものとして、お役に立てていると思っています。しかしながら、文化としてクルマは日本のお役に立てているのでしょうか?少し不安になってしまいました。海外に行ったとき「あなたの国はどんなところですか?」とよく聞かれます。皆さんだったら、日本のなにを自慢されるでしょうか?春夏秋冬、和食、伝統芸能、工芸品、治安の良さ、日本の自慢は色々あると思います。最近だとアニメもあるかもしれません。流行りのAIにも、この質問をしてみました。やはり、文化・伝統・観光・自然が一番に出てまいります。技術・産業はその次。そこに自動車産業も、やっと出てまいります。同じように、ドイツの自慢も聞いてみました。一番の自慢は経済と技術力。その代表選手が自動車という結果です。AIはネット上にある全ての情報を読み込んでいると伺っております。ですので、おそらく本当にドイツの方に聞いても、こうやってお答えになるのではないかと思います。そんなドイツをうらやましく思いました。日本もドイツのように「クルマが我が国の文化だ」と一番に答える国であったら、我々はどんなに嬉しいだろうと感じます。他の誰かが「国の自慢なんです」とクルマのことを話してくれてたら、自動車に携わる我々は、自分の仕事をもっと誇らしく思えるのではないでしょうか?「あなたの国を自慢してください」と聞かれた多くの日本人が、「日本の自慢はなんといってもクルマです」と答えるようにしていきたいと思います。さらに言えば、AIに聞いても、そう答えてもらえるくらいにしていければとも思っております。「クルマをニッポンの文化に!」この言葉を新たな合言葉として、我々、日本自動車会議所は、これからさまざまな活動をしていければと考えております。皆さま、よろしくお願いいたします」
「最後にもうひとつ。ここにいらっしゃる皆さんが「豊田章男に聞かなきゃ」と思っていることに先にお答えさせていただければと思います。自工会との違いを一言でいうと「動かしたい相手」です。自工会の(会長の)とき、私は「自動車産業が国から頼られる存在になっていきたい」と言っておりました。「動かしたい相手」は、国であり政府だったと思います。それに対して今回、自動車会議所で動かしていきたいのは「人々の心」だと考えております。クルマが“自慢したくなる文化”になっていくためには、政府ではなく、日本の皆さまの心を動かさないといけないと思っております。それが、私が思っている自工会と自動車会議所の大きな違いです。違いは、どんな団体が会員に名を連ねているかにも表れていると思います。自工会には製造の会社が集まっていますが、会議所には販売・整備・運行、そして保険、エネルギーといった自動車に関わるほとんど全ての業界団体・企業が集まり、今年からはユーザー団体のJAF(日本自動車連盟)も加わりました。そこには、あらゆる現場があり、クルマに関わるさまざまな仕事をしております。そのみんなが、クルマをニッポンの文化にするため、色々なアクションを始められたら、日本の経済や国の力に、もっとお役に立てるようになると思います。日本自動車会議所。多くの方にとっては聞きなれない名前の団体だと思いますが、まずは“会議所”という名前とスローガンだけでも本日、覚えていただければと思います。よろしくお願いいたします」
例えばドイツにおいて、自動車は経済の象徴であると同時に民族の誇りともされる。メルセデス・ベンツやBMWは単なる企業ブランドではなく、国家の技術力と職人精神の結晶として語られる。そして、速度無制限のアウトバーンを自由に走ることそのものが生活の一部であり、文化的実践となっている。
ひるがえって日本ではどうか。たしかに技術の粋を集めた車両群が世界で高く評価されている一方で、日本国内においてそれらが文化として語られる場面は少ない。ここにあるのは、工業製品としての価値と、誇らしさの乖離である。
日本において、クルマは一時期、たしかに夢であり象徴だった。
・戦後のモータリゼーション
・マイカー元年
・郊外へのドライブ
・テレビCMに映るサラリーマン家庭の幸福
そこには、生活の上昇と密接に結びついたクルマのイメージがあった。
だが、その記憶は世代的なものであり、時代の転換とともに急速に色褪せていった。かつて「一家に一台」と言われた時代の光景は、いまや地方の記憶にとどまり、都市部では不要不急の代表例とさえされている。
つまり日本では、自動車は「消費社会の記号」として受容され、文化的伝統のなかに埋め込まれるには至らなかった。結果として、クルマは過去の発展を支えたものとして回顧される一方で、未来の誇りとして語られる回路が断絶されている。
体験価値としての車文化
今回のスピーチで豊田氏が強調したのは、
・自動車工業会
・自動車会議所
の違いである。前者が動かしてきたのは行政であり制度設計だった。対して後者が動かそうとしているのは「人々の心」であるという。
この転換は重要だ。かつて自動車業界は、政府と並走しながら道路整備や高速網の拡充、補助金政策などを通じて市場を拡大してきた。だが成熟期を迎えたいま、必要なのはハードの整備でも生産台数の拡大でもない。「人がどのようにクルマと生きるか」を再定義しなければ、自動車の意味は空洞化していく。
その意味で、スローガンの焦点は心に届く産業に自らを変えていくことにある。だが、それは広告を刷新することやキャッチフレーズを更新することで達成されるものではない。クルマとともに過ごす時間が、いかに人の記憶や感情と結びついていくかが問われる。
所有ゼロ時代の自動車体験
では、日本でクルマを文化として育てるには、何が必要なのか――。
その前に、自動車が人々にとってどんな意味を持ちうるのかを問い直す必要がある。製品価値や利便性を超えて、生活や記憶に根づく存在となるには、クルマとの接点が「選べる自由」として実感できる状況を整えることが前提だろう。
まず必要なのは、「体験の回路」を再定義することだ。都市では公共交通が発達し、若者の所有欲も低下している。さらに、デジタル空間での娯楽の広がりにより、クルマを使わなくても済む社会が一部成立している。その一方で、移動にともなう身体感覚や他者との接点、空間の流動性といった価値は軽視されがちだ。
だが、地方での車中泊、子どもと整備を楽しむ技術の継承、災害時に生活を支える手段としての活用など、クルマが生活に触れる事例は少なくない。重要なのは、これらを特別なものとせず、現代の生活の一形態として制度や環境の面から再配置することにある。
次に、「言葉の不在」という問題がある。自動車は日本の経済成長を支えてきたにもかかわらず、それにふさわしい表現の体系が育っていない。文学や映像、日常会話のなかでクルマが語られる場面は少なく、あっても広告的な言葉にとどまる。これは、自動車の社会的な影響力に比して、その存在が文化的な言説のなかで扱われてこなかったことを示している。
ドイツやフランスでは、クルマは社会階層やジェンダー、風景など複雑な文脈と結びついて表現されてきた。日本でも、技術を称えるだけでなく、クルマという存在を言葉によってどう捉え直すかが問われている。
そして最後に求められるのは、自動車と社会のあいだに埋もれた「記憶の層」を掘り起こすことだ。昭和の家族旅行、高度成長期の郊外ドライブ、1990年代のスポーツカー文化など、クルマを軸とした生活の記録は多い。だが、それらは映像やパンフレットとして保存されているだけで、経験として再構成される機会は乏しい。
重要なのは、過去の選択や感覚を文脈に置き直し、今を生きる人々の視点につなげる作業である。
以上の三点は、自動車を文化にするための前提にすぎない。最終的に問われるのは、
「クルマがあったからこそ人生が変わった」
と語れるような記憶が、いま再び生まれるかどうかである。この問いに明確な答えはない。だが、自動車を未来の誇りとするには、消費の対象を超え、人と人、人と空間を結び直す触媒となることが求められている。
記憶に刻む産業の使命
文化とは、感情の共有と時間の堆積から生まれる。それは法令でも制度でもなく、人が人として関わった記憶の厚みである。もしクルマが、再びそのような厚みを獲得することができれば、それは経済指標では測れない誇りとなりうるだろう。
「クルマをニッポンの文化に!」
というスローガンは、すぐに成果の出る目標ではない。だがその困難さこそが、問いの価値を証明している。自動車業界がいま求められているのは、製品としての自動車の魅力を磨くことではなく、人とクルマのあいだに新たな関係を築くこと。そしてそれが、社会の記憶に、誇りとして刻まれるような時間をつくりあげることである。
文化とは、人が何を語り継ぎたいかの集合体だ。果たして、クルマはそれに値するものになれるだろうか――。(鳥谷定(自動車ジャーナリスト))
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みんなのコメント
『古い車は捨てろ、新車を買え!』って政策を言ってる側がよく言えたもんだ!(笑)
ただの移動と荷物を運ぶ手段になり下げたのは他ならぬトヨタでしょうに…