EVシフトが直面する市場の現実
地球温暖化対策の歴史的な国際合意であるパリ協定の1.5度目標や、国際エネルギー機関(IEA)が掲げた2035年までの新車販売ゼロエミッション化のロードマップ。これらを受けて広がった電気自動車(EV)シフトは、主要市場の法規制と密接に連動しながら自動車産業を飲み込んできた。だが2025年から2026年にかけ、主要自動車メーカーは電動化計画の軌道修正に相次いで踏み切っている。
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ホンダは北米向けの「Honda 0 SUV」「Honda 0 Saloon」「Acura RSX」のEV3車種の開発中止を決定し、最大2兆5000億円に上る減損損失を見込むと発表。フォードもEV事業の構造見直しにともなって約195億ドル(約3兆円)の特別損失を計上し、新型EVピックアップの開発取りやめを決めた。
背景には、初期の先進層から実用性や費用対効果をシビアに見極める一般層へ需要の中心が移った市場の現実がある。メーカー側もこれに合わせ、投資ペースの適正化を図り始めた。
世界のEV販売実績そのものは拡大基調にあり、問われているのは技術の成否ではない。
・国際機関や政策が提示した急進的な普及シナリオ
・現実の市場
との間に生じた距離の扱い方だ。
学術界からはカーボンリサイクルに基づく環境アプローチの多角化を求める声も上がる。政策と市場のギャップに対し、地域ごとの需要に応じたパワートレインの選択肢を柔軟に提示できるかどうかが、各社の新たな競争力を左右する。
資本効率を重視した戦略修正
ホンダは2026年3月、前述の開発中止に伴い、電動化投資を従来の10兆円から7兆円へ縮小する一方、2029年までにハイブリッド車(HV)15車種を投入する方針を掲げた。本格的なEV普及期は5~6年後ろ倒しになると踏み、収益の軸となるHVを強化する判断だ。
フォードも2025年12月、ガソリン車・HVへ生産をシフトさせるほか、主力F150ライトニングのHV転換や、EVバッテリー工場の一部をAIデータセンター向けエネルギー貯蔵システム工場へ切り替える計画を発表している。
背景にあるのは、世界的な高金利やインフレにともなう資本効率の追求だ。投資回収の確実性を重んじた経営へのシフトといえる。加えて需要の動向は地政学リスクにも揺れる。2026年春以降の中東ホルムズ海峡危機でガソリン価格が跳ね上がった際、一部地域で再びEVシェアが拡大した事例がそれだ。
IEAが同年5月20日に公表した報告書でもこの傾向は裏付けられている。トランプ米政権によるEV購入の税額控除廃止(25年9月)や中国の支援策見直しにより、26年1~3月期の販売台数こそ前年同期比8%減となったものの、通年では堅調に推移する見込みだ。中東情勢の悪化に伴う燃料高を受け、欧州(同約30%増)や中南米(同75%増)、そして税制優遇を拡大するベトナムなど東南アジア(35年までに域内シェア6割到達予想)を含むアジア太平洋地域(同80%増)が需要増を牽引している。
その結果、2026年の販売に占めるEVシェアは前年の2.5割から約3割へ拡大すると予測される。同機関のビロル事務局長が「バッテリー価格の下落やエネルギー危機への政策対応が市場に勢いをもたらす」と指摘するように、市場は画一的な成長から地域独自の普及ルートを辿るフェーズに入った。欧州連合(EU)も2035年の内燃機関車販売禁止を維持しつつ、合成燃料(e-fuel)の利用を条件に一部継続を認める修正を行った。
メーカーの動きは電動化の否定ではなく、一律の支援措置を前提とした画一的プランから、地域市場に同期させる
「個別戦略」
への移行である。
主体ごとに異なる経済合理性
議論が複雑化する原因は、アクターごとに求める経済合理性が異なる点にある。
消費者の判断軸は、車両価格や充電インフラ、保険料や下取りを含めた総所有コストだ。EVは部品点数がエンジン車の約10万点から約1万点へ激減するメリットがある一方、原価の約40%をバッテリーが占め、同クラス比で200~300kg重くなるためサスペンション等への負担と価格上昇を招く。
韓国市場のヒョンデ「コナ」を例にすると、純ガソリン2.0L自然吸気モデル(1360~1410kg、2446万~3150万ウォン)や1.6Lターボ、HV仕様に対し、EVのスタンダード(1630kg、4584万ウォン)やロングレンジ仕様(1720~1740kg、4809万~5357万ウォン)は最大380kg重く、価格はほぼ倍増する。
三菱自動車「eKクロス」でも、ガソリン車の138.9万~147.18万円、マイルドHVの166.45万~189.55万円に対し、EVは256.85~313.17万円。ヒョンデの1tトラック「ポーター2」のLPGターボ仕様(2039万~2260万ウォン)とEV仕様(4395万~4554万ウォン)でも格差は大きい。
ライフサイクルアセスメントによる環境評価の視点も欠かせない。米国の中型乗用車(寿命約20万1200km想定)の研究では、EVが製造段階の炭素負債を相殺しガソリン車との損益分岐点に達するには約5万6300~8万8510kmの走行を要する。対してHVは1万6100~2万4100kmで回収でき、20万km走行時点ではプラグインハイブリッド車(PHV)の方がEVより炭素排出量が2~4t少ない分析もある。テスラ「モデルY」のように約2万1000kmで回収できるケースもあるが、いずれも長期間乗り続けることが前提となる。
メーカー側には、数千億円規模の設備投資を回収できるビジネス構造を保つ責任がある。既存供給網の多角化模索が続く一方、ソニー・ホンダモビリティによる「AFEELA 1」の開発中止や、EVモーターズジャパンの民事再生手続開始は、量産化と品質・安全性管理の壁の高さを物語る。
行政は雇用や産業基盤の維持を考慮せざるを得ない。加えて、充電3分で済むがステーション設置に約4億円を要し航続距離(MIRAIの650kmに対しテスラモデル3は689km)で決定打を欠く燃料電池車(FCV)の停滞や、1日34~56.3km分の自家発電が可能なソーラーカー、走行中給電(OLEV)など、複数の次世代選択肢が並列している。三者の経済合理性のずれを調整した先に、真の最適化は見えてくる。
保護主義化する各国の産業政策
電動化の裏側では、自国基幹産業を死守するための産業政策が渦巻いている。雇用の維持や通商上の主導権争いが激化し、気候問題に対処するための戦略的な国家介入が再評価されつつある。
日本政府は2022年成立の経済安全保障推進法に基づき、車載用リチウムイオン電池を特定重要物資に指定した。財政支援を通じて国内生産体制を整え、調達先の分散化によって特定国依存からの脱却を急ぐ。
米国はインフレ抑制法(IRA)を通じ、北米組み立ておよびFTA締結国からの鉱物調達を条件に最大7500ドルの税額控除を設けた。サプライチェーンの域内囲い込みを図った施策だったが、前述の通り2025年のトランプ政権発足を機に撤廃されるに至った。
EUも2024年、中国製EVへの追加関税発動に踏み切り、従来の10%に最大35.3%を上乗せし合計最大45.3%の高率関税を課した。補助金を背負う中国車からの防衛措置だが、最終的に自国の購入者へ転嫁され競争力を削ぎかねない諸刃の剣でもある。
これらが映し出すのは、環境対応を超えた経済安全保障とルールメイキングの戦いだ。各国政策のブレや関税障壁を柔軟にかわす展開力が試されている。
車載電池サプライチェーンの再編
IEAの2019年データによれば、中国の寡占率は凄まじい。レアアースは採掘の60%・精錬の87%、黒鉛は採掘80%・精錬70%を支配。コバルト採掘はコンゴ民主共和国が69%だが精錬の65%は中国の手にある。ニッケル採掘首位のインドネシア(33%)に対し精錬35%、リチウム採掘首位のオーストラリア(52%)に対し精錬58%を占める構造だ。
完成電池市場も同様である。IEA報告書で2025年の世界EV販売の約6割、電池セル生産の約8割を中国勢が占めると分析された。2019年時点の出荷量は寧徳時代新能源科技(CATL)が34GWh、LG化学31GWh、パナソニック25GWh、BYD 10GWhだったが、SNEリサーチの2025年データでは中国企業のシェアが70.4%へ拡大し、韓国15.3%、日本3.7%と大差がついた。
企業別でもCATLとBYDの2社だけで55.6%を抑える。欧州独自の供給網構築を目指したスウェーデンのノースボルトが2025年3月に破産した事実は、安価なリン酸鉄リチウム(LFP)電池を武器とする中国勢の壁の高さを立証した。
対抗策として各国の自動車メーカーも動いている。スズキがインドでLFP電池工場の稼働を進めるほか、テスラが導入する誘導電動機(インダクションモーター)への回帰やスイッチトリラクタンスモータなど、レアアース不使用の駆動システム開発も熱を帯びる。
米国企業による鉱山出資や直接リチウム抽出(DLE)技術への投資、日本企業が強みを持つ高機能部材や精錬技術の活用もその一環だ。調達先を複数化するn+1ルールの適用を含め、強靱な調達基盤の再編が進行している。
市場変化に応じる柔軟な適応力
政治的枠組みと企業収益性の乖離という現実を前に必要なのは、単一の技術に賭けるギャンブルではなく、市場環境に応じて最適なパワーユニットを打ち分ける柔軟性だ。
好対照な成功例がトヨタ自動車と比亜迪(BYD)である。BYDは電池セルから車両組み立てまでを自社で抱え込む垂直統合スタイルにより、突出した価格競争力と確実な供給網を打ち立てた。対するトヨタは、EV、HV、PHV、FCVを揃えるマルチパスウェイ戦略を展開し、即座に供給比率を変えられる体制を整えている。
これを底上げするのが、共通基盤「TNGA」およびダイハツ主導の「DNGA」だ。低重心化など46項目の基本性能を高めつつ、数年先の車種まで見据えた一括開発で部品共用化を極限まで追求する。
小型車向けGA-B、国内向けナロー版を持つGA-CやGA-L、ラダーフレーム用GA-F、大型FF用GA-K、EV用のe-TNGAと、セグメントに応じたプラットフォームを配備し、2026年からは次世代EV専用プラットフォームへの刷新も控える。
かつて日本のエレクトロニクス産業は垂直統合と国内最適化に陥り、グローバルな水平分業に呑まれた。その教訓から現代の自動車メーカーは、コア技術を保持しつつ汎用部品は標準規格を受け入れるハイブリッド体制を構築している。共通の車載ソフトウェア基盤の活用もその一環だ。
競争軸は今、どの技術を選ぶかという二元論から、変化する世界へ
「どれだけ素早く最適解を提示できるか」
という適応力の競い合いへ移った。ミクロな収益性とマクロな環境対応を調和させながら、市場のリアリティに即した新たな道が描き直されている。(福谷秀平(自動車ライター))
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みんなのコメント
実際に徐々にEVにシフトしていくにしても、あんな宣言をする必要はなかった。