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【グループCの時代】ニッサンR91CPはグループC時代終盤、デイトナ24時間制覇の偉業【その8】

1980年-90年代、超ド級のレーシングカーが壮絶なバトルを繰り広げていた。最高出力1000ps、最高速400km/h、決められた燃料使用量でレースをいかに速く走り切るか、メーカーが知恵を絞ったことで様々なマシンが誕生したこともレースを面白くした。この短期集中連載では、そんなグループCカー時代を振り返ってみよう。第8回は「ニッサンR91CP」だ。

ル・マンに参加できていたら、おそらく優勝していた
ニッサンのグループCでの活動はモータースポーツ専門会社ニスモ設立(1984年)の前年、1983年から開始され、多くのマシンと異なる型式のエンジンが投入されたが、その中から1台を選ぶとすると、グループC晩年期の1992年のデイトナ24時間を制したR91CPとなるだろう。

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前年のマツダ787Bのル・マン優勝同様、長い伝統を誇るこのアメリカの耐久レースで日本車が優勝したのは初のことであり、しかもその快挙は3人の日本人ドライバー(長谷見昌弘、星野一義、鈴木利男)によって達成されたのだ。

苦難が多かったニッサンのグループC活動に最後にして最大の栄光をもたらしたR91CPの開発プロジェクトを指揮したのは、その後開発主管としてR35 GT-Rを産み出すことになる水野和敏。水野は1989年からニスモに出向し、JSPC(日本国内でのグループCによる選手権)でのチーム監督を務めた他、チーフエンジニアとして車体開発も担当していた。

その水野をニスモへと誘ったのはR91CPの3.5L V8ツインターボエンジンの開発者でのちにニッサンのグループCプロジェクト全体の責任者となる林義正だった。カーボンモノコックを持つR91CPの車体は1990年のル・マンで予選3位・決勝5位の成績を挙げたR90CPの発展改良型で、ローラのシャシの影響があったR90シリーズとは違い、水野と林のコンビで設計された完全にニッサン自製のマシン。その中の示す通り、91年のル・マン制覇にターゲットを絞ったマシンだった。

だが、その1991年は新旧グループC規定の端境期。ル・マンに出場するためにはSWCへのシリーズ出場が義務付けられていたが、これをニッサン本社が承認せず、R91CPのル・マン出場への道は閉ざされてしまった。

それでも開発は続けられ、翌1992年のJSPC用R92CPの開発テストの一環として同年1月のIMSA開幕戦デイトナ24時間への参戦が新たな目標として定められたのだった。

ライバルはIMSAの王者として君臨していた北米ニッサンのワークスチーム、NPTIのR90Cに、ジャガー、イーグル・トヨタ、ヨースト・ポルシェなど。予選3位からのスタートとなったニスモのR91CPは、圧倒的なパフォーマンスで終始優位にレースを展開。結局当時の新記録となる762周を走り切って、見事に優勝を果たしたのだった。

ニッサンR91CP(1991年)主要諸元
●全長:4800mm
●全幅:1990mm
●全高:1100mm
●ホイールベース:2795mm
●車両重量:930kg以上
●エンジン型式:VRH35Z
●エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
●排気量:3496cc
●最高出力:680ps以上/7200rpm
●最大トルク:800Nm以上/5200rpm
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:MR

[ アルバム : ニッサンR91CP はオリジナルサイトでご覧ください ]

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