A24作品として史上最高の世界興行収入を記録している映画『バックルームズ』。手掛けたのは2005年生まれの若き才能ケイン・パーソンズだ。彼が生まれる前の1990年を舞台に、インターネット黎明期の熱狂とノスタルジーを表現した本作、監督の狙いを訊いた。
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2005年生まれの天才監督
2022年1月7日、YouTubeに投稿された短編『The Backrooms (Found Footage)』が、大きな話題となる。制作したのは、当時16歳のケイン・パーソンズ。VFXや編集、音楽など、独学で身につけた技術で、作品のほとんどをひとりで完成させた。この経歴だけを見て「若き天才クリエイター」と評するのは簡単だが、実際に彼の作品を観ると、そんな使い古された言葉が、決して大げさではないとわかるだろう。2026年、A24作品として史上最高の世界興行収入を記録し、映画界を驚かせているのは、そんな天才監督の長編デビュー作『バックルームズ』である。
本作は90年代を舞台に、主人公たちが異空間に迷い込む物語だが、その特徴のひとつは、撮影や建築(セット)を通して、異空間を曖昧ではなく、ひたすら具体的に描いていることだ。おそらく、監督の目には、私たちがいま直面している問題の本質がはっきりと見えている。そして、その問題を恐れてもいない。それは異空間へ自由に出入りできるという設定からも読み取れる。彼にとって、この無限に広がる迷宮は、ただの遊び場なのかもしれない。そんな『バックルームズ』を生み出したケイン・パーソンズ監督に話を訊いた。
1990年、シリコンバレーの夢
──本作は1990年を舞台にしています。YouTubeシリーズでも繰り返し描いてきたこの時代を、なぜ長編映画の舞台に選んだのでしょうか?
物語のテーマを考えたときに、当時のシリコンバレーを舞台にしたいと思ったからです。1990年代、人々がテクノロジーの発展に対して抱いていた感覚や、その時代特有の空気が、『バックルームズ』の物語と重なると感じました。
少なくともアメリカでは、2000年代初頭を迎えるまで、未来に対する確かな楽観主義があったと思います。人々は、進歩の先に何が待っているのかということに夢中でした。しかし、そうした楽観や高揚感は、現代ではほとんど同じ形では残っていません。むしろいまは、過去へ戻りたいという強い憧れがあるように感じます。過去にある種の逃げ場を見出す現在と、テクノロジーが未来を切り開くと信じられていた時代。そのふたつが交差する舞台として、1990年を選びました。
──1990年という時代背景を考えると、「バックルームズ」はインターネット空間のアナロジーにも見えます。劇中で印象的に使われる「window」という言葉から、私は「Windows 95」を連想しました。
監督である私の言葉を、唯一の答えだとは思ってほしくないので、何かの比喩だとは言い切りたくありませんが、初期のインターネットやコンピューターにまつわるイースターエッグは、作品のなかに散りばめられています。もちろん、「Windows」とのつながりもそのひとつです。
しかし、それ以上に私が描きたいのは、何世紀にもわたって作用してきた、より根本的な構造です。私たちがインターネットのような巨大な物理的構造を築くに至った、その背後にある、太古から変わらない人間の心理や好奇心にこそ興味があります。
──監督ご自身も、シリコンバレーと同じベイエリア、カリフォルニア州ソノマ郡のペタルーマ出身です。ご自身が育った土地の風景も、本作に反映されているのでしょうか?
私が育った場所のすぐ近くには、Windows XPの壁紙として知られる「Bliss」の撮影地があります。草が黄色くなる前の季節には、鮮やかな緑の丘が広がり、どこまでも開けた青空には綿のような大きな雲、ときには熱気球も飛んでいます。
映画の屋外シーンには、そうした風景や色彩を取り入れました。合成処理を加え、彩度を少し高めたことで、どこかシュールで奇妙な光景にも見えますが、それは非現実的な世界を作ろうとしたわけではなく、もともと少し魔法がかったように見える実在の土地を、そのまま描こうとした結果なのです。
バックルームズを建築する
──青いテープで囲まれたバックルームズの入口がとても印象に残りました。なぜ、あのようなビジュアルにしたのでしょうか?
あのアイデアを使い始めたのは、YouTubeで公開した「Backrooms - Found Footage #2」からです。私は、未知のものを理解しようと、人々がその場にあるもので即席の目印や装置を作るイメージに惹かれるのです。
具体的な着想源としては、『トワイライト・ゾーン』の「消えた少女」(1962)です。あの作品では、四次元空間に迷い込む入口の境界をチョークで囲みます。さらに、それをパロディにした『ザ・シンプソンズ』の「Homer³」(1995)も頭のどこかにあったのかもしれません。ホーマーが2Dアニメーションの世界から、3D世界へ迷い込むエピソードです。
──3Dといえば、本作の終盤に登場する「あのキャラクター」には、初代PlayStationのローポリゴン・キャラクターを思わせる、独特の不気味さを感じました。あの造形や動きには、当時の3Dゲームからの影響もあるのでしょうか?
「あのキャラクター」については、演じた俳優自身の身体性や演技によるところが大きく、意図的に作り込んだというより、偶然生まれた要素が多いと思います。ただ、おっしゃるとおり、無意識のレベルでは、『バックルームズ』の恐怖や奇妙さを形作る要素に、ゲームからの影響があるのは間違いありません。美術面でも、2000年代初頭のゲームから取り入れたものが多くあります。
私はゲーム開発会社Valveの大ファンで、『ハーフライフ』や『Portal』が大好きです。『サイレントヒル』に出てくる何気ないアニメーションなども含め、自分でもはっきりとは気づかないうちに、さまざまな影響が作品に表れているのだと思います。
──監督は本作の音楽も手がけていますが、聴いてみると、初期デジタル文化へのノスタルジーを想起させる「ヴェイパーウェイヴ」に通じるものを感じました。
インターネットとともに育った私にとって、ヴェイパーウェイヴはとてもなじみのあるものです。私が『バックルームズ』のために作ってきた音楽は、基本的に1990年代のサウンドを参照しています。ただ、2000年代初頭のビデオゲームに使われていたようなシンセサイザーのコードも好んで取り入れています。メランコリックで、輪郭が溶けるほど深くリバーブがかかり、記憶について静かに思いを巡らせるようなサウンドです。
私の曲の多くには、背景を霞のように満たす音があり、その空間全体の雰囲気を作ることを大切にしています。また、シンセサイザーを使って、珍しい音を探すことも好きで、たとえば、バックルームズを、機械的でありながら、生き物のような存在として捉えたとき、どのような音なら有機性を持たせられるのか、と考えます。人間の声のように聞こえながら、人間ではない何かによって動かされているような音です。
劇中で、人の声が奇妙に歪んで聞こえる箇所がありますが、実際にはチェロを人の声のように響かせています。バスクラリネットの音も使い、それを歪ませ、反復させ、エコーをかける。まるで、建物の内部に広がる「音のジャングル」を進むような感覚です。つまり、建物そのものに、太古から存在してきたような生命を与えようとしているのです。それは、現代的でありふれた企業空間を思わせる、バックルームズの見た目とは対照的です。
──本作では、精神や記憶のような目に見えないものが、具体的な「建築」のイメージを通して描かれているように感じました。冒頭の「手形を残す」シーンも象徴的です。本作における「痕跡を残す」というモチーフと、建築のイメージはどのようにつながっているのでしょうか?
私たちは建物や空間に手を加え、そこに痕跡を残します。その痕跡は、私たちがいなくなったあとも残っていく。一方で、建物や空間もまた、知らず知らずのうちに私たち自身に痕跡を残していくのだと思います。本作は、そうした人間と環境の関係を、建築という具体的な空間を通して描いています。
私たちは現実世界に対処するため、頭のなかで世界を複製します。床を抜けて下へと落ちていく映像や、バックルームズそのものが形作られていく様子は、現実の物理空間と、脳内の空間が重なり合うという発想に基づいています。
たとえば、私たちを閉じ込めている壁があったとして、それは自分の心のなかに作り上げた制約なのか。それとも現実の物理世界に存在し、本当に越えることのできない壁なのか。本作は、心理的な壁と物理的な壁を「建築」というひとつの映像イメージのなかに重ね合わせることで、その境界をどこに引くのかと問いかけているのです。
YouTubeから映画へ
──YouTubeシリーズを作っていた当初から、映画化のことは考えていましたか?
2022年の初めにYouTubeシリーズを始めましたが、それが長編映画を作るための足がかりになると考えたことは一度もありませんでした。あの短編を作ること自体が目的であり、それだけで完全に満足できるものだったのです。しかし、最初の短編がオンライン上で注目されると、かなり早い段階で映画業界の人たちから連絡がくるようになり、頭の片隅では『バックルームズ』の映画化について考えるようになりました。
映画化が現実味を帯びてくるなかで、私が大切にしたかったのは、YouTubeという異なるプラットフォームでやってきたことを、無理やり映画の型にはめ込むのではなく、その自然な延長として発展させることでした。そのため、シーンの編集や撮り方についても、ある程度はYouTubeシリーズと同じロジックを応用したつもりです。そういう意味では、これはひとつの実験でもありました。
そして、観客の反応を見るかぎり、その実験は成功したと感じています。少なくとも、ここ数年ずっと作り続けてきた「私なりのバックルームズ」を、かなり忠実に「映画」として表現できたと思いますし、私自身も満足しています。
──YouTubeで制作していた頃は、3Dソフト「Blender」などを使いながら、画面の細部までご自身でコントロールできていたと思います。一方、長編映画では大勢のスタッフとの共同作業になります。自分のビジョンとチームとの共同作業をどう両立させましたか?
映画制作を始める前は、自分のなかにもいろいろな疑問がありました。人と仕事をした経験がなかったわけではありませんが、これほどの規模は初めてでした。だからまず、自分には知らないことがたくさんあると認め、それを最初からチームに率直に伝えるようにしました。
一方で、クリエイティブなビジョンは明確に持っていましたので、必要なアイデアかそうでないかについて正確に判断することができたと思います。制作の終盤になって、うまく機能しないアイデアの山に埋もれてしまうような状況にはしたくありませんでした。だからこそ、制作の初期段階からきちんと時間をかけて、大きく軌道修正する必要がないように、チームと対話を重ねました。
撮影とプリプロダクションはバンクーバーで行いましたが、どの部分を実際にセットとして作り、どの部分をVFXにするのかといったことも含め、撮影に入るころには、チームと自然に協力し合える環境ができていました。
──『バックルームズ』は若い世代を中心に大ヒットしました。監督と同世代の人々が、この作品に惹かれるのはなぜだと思いますか?
『バックルームズ』の元になった最初の投稿や、それを取り巻くリミナルスペースのコミュニティを見ると、私と同じくらいの年齢層の人がかなり多いことに気付かされます。広く共有されてきた写真の多くが呼び起こすのは、1990年代後半から2000年代初頭の風景です。そこには人の姿がなく、どこなのか判然としない空間が広がり、ノスタルジアを建築的なかたちで扱うという特徴があります。
そうした写真を眺めていると、「自分はここへ来たことがあるのかもしれない」と考え始めてしまう。手が届きそうなほど近くにありながら、曖昧で宙に浮いたまま、はっきりとは捉えられない。ある意味では、それが私たちの「子ども時代」なのでしょう。
今日では、あらゆるものとつながった結果、自分自身の根源的な感覚や、日々触れていたいと本当に願うものから遠ざかってしまったように感じます。そうした現代のつながりから切り離され、ふと意識が漂っていく先にある場所、それが『バックルームズ』なのかもしれません。
ケイン・パーソンズ/Kane Parsons
2005年6月18日、カリフォルニア州生まれ。幼少期から独学で映像制作を学び、10歳の時にYouTubeチャンネル「Kane Pixels」を開設。ゲーム関連の動画やネットミームを使用した動画を投稿しながら、2022年に『Backrooms』を発表する。2026年9月現在のチャンネル登録者数は363万人。
『バックルームズ』
写真・内田裕介
文・島崎ひろき
編集・遠藤加奈(GQ)
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