進化する車両開発の現在地
自動車の価値は、工場から出荷した時点での完成度だけでなく、販売後もソフトウェアを通じて機能を更新し続けることで高まるようになっている。こうした事業モデルの変化にともない、車両開発の各工程へAIを取り入れ、高度化する開発を効率よく進める取り組みが広がりつつある。
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日産自動車は2026年6月24日、車載ソフトウェアの開発工程にAIを本格導入する方針を発表した。自動運転や車内機能を継続的に更新するため、2026年度中にAIを中心とした新たな開発体制を整える計画だ。
近年、自動車メーカーは車両開発の内製化を進めている。ただし、これはすべての部品を自社で生産する従来の垂直統合へ戻ることを意味しない。インフラ基盤などの共通技術は外部の仕組みを活用し、自社独自の車両制御や利用者への価値向上に経営資源を集中させる動きが進んでいる。
競争力を維持するには、外部のクラウド基盤などと連携しながら開発環境へAIを取り入れ、車両開発の進め方を高めていく力が求められているのだ。
日産のAI導入と開発工程の高速化
日産はグループ全体のIT基盤を物理サーバーからクラウドへ移す方針を掲げ、2018年からAWSを導入している。保守や運用の負担を外部へ移し、利用状況に応じてシステムを柔軟に拡大・縮小できるようにするためだ。
現在は、機能を継続的に更新するソフトウェア定義車両(SDV)の開発を強化するため、「日産 スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォーム」をAWS上に構築し、車載ソフトウェアのテスト時間を75%削減した。車両制御プログラムは数千万から1億行規模に達しており、市場が求める開発速度に対応するには、AIの活用が欠かせなくなっている。
同プラットフォームの機能を高めるため、日産は米アプライド・インテュイションの技術を活用し、開発工程の自動化に向けた実証を進めている。インテルが提唱するデジタルツイン技術を使ったシミュレーションやAIによる支援を取り入れることで、開発業務の効率化を進める考えだ。
AWS上の学習データやIT資源を活用し、これまで人が1か月以上かけていた工程を数分から数時間まで短縮することを目指している。開発期間が短くなれば、新しい機能を市場へ投入する速さが商品競争力につながる。また、開発現場で人が担う役割も、コードの記述やテスト作業から、AIが出した結果を安全要件に照らして確認し、全体を管理する業務へ移っていく。
日産はデジタル戦略「NISSAN DIGITAL NEXT」の一環として、基幹システム(SAP)をオンプレミスからAWSへ移し、個別原価計算の月次処理時間を最大74%、業務処理時間を最大80%短縮した。さらにMicrosoft AzureやOracle OCIも導入し、複数のクラウドを組み合わせる運用を進めている。特定の事業者への依存を避けるとともに、多くの計算能力が必要な解析やシミュレーションを柔軟に並行処理するためだ。環境ごとのデータ分断を防ぐため、ストレージサービス「NetApp Keystone」を導入し、インフラ費用の抑制と一貫したデータ処理を実現している。
多くの企業がクラウドサービスを導入している一方、個別のシステムを事業全体で連携させている例はまだ多くない。現在の内製化は、自社が強みを持つ分野へ経営資源を集中させる考え方へ移っている。共通のインフラや計算資源はIT事業者を活用し、自社の車両データや開発ノウハウ、AI活用の知見などは競争力の源として育てる取り組みが進んでいる。
産業構造も、一次部品メーカーを中心としたピラミッド型から、IT企業やクラウド事業者が同じ基盤で開発を支える形へ変わりつつある。自動車メーカーには、外部の複数システムと自社技術を組み合わせ、新たな価値を生み出す力が求められている。
SDVシフトにともなう車両価値の転換
自動車ビジネスは、従来の売り切り型から、ソフトウェアやサービスを通じて継続的に利益を生み出すストック型へと大きく変わっている。クラウド上に開発環境を整えることで、車両の所有者はOTA(無線通信)を通じて必要な機能を適切な時期に追加できるようになる。ルネサスエレクトロニクスなどの半導体メーカーも、クラウドを活用したOTA開発期間の短縮ツールを提供しており、市場の変化や顧客の声を素早く更新へ反映する開発速度が、ブランド価値やリセールバリューを左右するようになっている。
日産のプラットフォームは、ハードウェアの違いを意識させない車載OS、AI学習を進めるクラウド上のデータ基盤、バーチャルECUを活用した開発環境(SDK)の三つで構成される。実際の走行環境に基づく解析用テストケースの自動生成や、試作、バグ検知などの評価作業も効率化できる。
ソフトウェアの価値が高まる一方で、人命を預かる自動車では、高品質なハードウェアを量産するすり合わせ技術の重要性は変わらない。長年培ってきた製造技術と、柔軟で迅速なソフトウェア開発を組み合わせることで、新たな価値を生み出せる。AIを活用した開発環境を取り入れ、両者を効果的に生かすことが、次世代モビリティで競争力を高めることにつながる。
AIの社会実装では、開発速度を重視するIT業界のアジャイル開発と、安全性を最優先とする自動車業界のフェールセーフの考え方を組織の中で両立させる運営が欠かせない。
課題としてまず挙げられるのが、人材の確保と育成である。ソフトウェア中心の開発へ移る中でエンジニアの獲得競争は激しくなっており、開発工程へAIを取り入れるには、ITインフラ、車両システム、AI技術にまたがる知識が求められる。しかし、AIエンジニアが厳しい安全基準まで十分に理解している例は多くなく、インフラエンジニアへのAI教育もまだ十分とはいえない。専門人材の待遇改善に加え、既存技術者へのリスキリングを進めるとともに、教育にかかる費用と開発期間短縮による効果を見極めながら投資を進める必要がある。
さらに、AIの判断過程を人が確認しにくい「ブラックボックス化」への対応も欠かせない。AIが自律学習で導き出した判断の過程が見えにくいことは、自動運転や車両制御では大きなリスクとなり、検証を難しくする。安全性を確保するには、判断の根拠を示せるXAI(説明可能なAI)の導入や、厳格な運用指針の整備が求められる。ISO 26262やASPICE、UNECE R155/156などの国際規格が定める安全要件を満たしながら、判断の透明性を確保した開発・運用体制を築くことが必要となる。
各社の戦略が描く次世代の競争軸
大手自動車メーカーは、車両開発の内製化を進めている。米フォードの工場ではSymbio Roboticsの技術を導入し、組み立てラインのロボットが機械学習によって効率のよい動きを学習することで、作業工程を15%高速化した。トヨタ自動車や韓国の現代自動車も、AIを搭載したヒト型ロボットの製造現場への導入実証を進めており、人為的なミスの抑制や欠陥検知によって生産工程のコスト削減を目指している。
米CBインサイツの調査によると、AI対応では米テスラや中国のシャオミが自社開発のAI半導体などで先行する一方、トヨタ自動車はAI関連特許の保有件数で最多となっており、多様な企業との提携を通じて開発基盤の整備を進めている。ハードウェアまで含めた垂直的な内製化を進める企業がある一方で、日産のように外部のクラウド事業者と連携し、ソフトウェア開発へのAI活用を進める取り組みもある。
シミュレーション条件の選定や成果予測、3Dモデルの作成など、繰り返し行う作業の効率を高めることで、データセンターを増設することなく開発力の強化を目指している。自動車メーカーは個々のAIツールを連携させ、工場から車両、物流までを一体で扱う分散型AIネットワークの活用へと移りつつある。
すべてを自社で担う企業から、外部の開発基盤を積極的に活用する企業まで、内製化の範囲は事業戦略によって大きく異なっている。AI開発環境やマルチクラウドの活用が業界全体へ広がる中で問われるのは、導入した技術を生かして新たなモビリティ体験を生み出し、それを事業価値へ結び付ける力である。IT企業やAIスタートアップとの連携で専門知識を補いながら、どの領域を自社の強みとして育てるかという経営判断が、今後の自動車産業の競争力を左右する。(光橋新(ライター))
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