現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > 「開発に1か月なんてかけられない」――日産自動車はなぜ「AI」「クラウド」へ動くのか? 変わるクルマ開発の競争軸とは

ここから本文です

「開発に1か月なんてかけられない」――日産自動車はなぜ「AI」「クラウド」へ動くのか? 変わるクルマ開発の競争軸とは

掲載 更新 5
「開発に1か月なんてかけられない」――日産自動車はなぜ「AI」「クラウド」へ動くのか? 変わるクルマ開発の競争軸とは

進化する車両開発の現在地

 自動車の価値は、工場から出荷した時点での完成度だけでなく、販売後もソフトウェアを通じて機能を更新し続けることで高まるようになっている。こうした事業モデルの変化にともない、車両開発の各工程へAIを取り入れ、高度化する開発を効率よく進める取り組みが広がりつつある。

ベンツ・レクサスを抑えて「ダントツ1位」――経営者164人が選んだ愛車ブランドの正体

 日産自動車は2026年6月24日、車載ソフトウェアの開発工程にAIを本格導入する方針を発表した。自動運転や車内機能を継続的に更新するため、2026年度中にAIを中心とした新たな開発体制を整える計画だ。

 近年、自動車メーカーは車両開発の内製化を進めている。ただし、これはすべての部品を自社で生産する従来の垂直統合へ戻ることを意味しない。インフラ基盤などの共通技術は外部の仕組みを活用し、自社独自の車両制御や利用者への価値向上に経営資源を集中させる動きが進んでいる。

 競争力を維持するには、外部のクラウド基盤などと連携しながら開発環境へAIを取り入れ、車両開発の進め方を高めていく力が求められているのだ。

日産のAI導入と開発工程の高速化

 日産はグループ全体のIT基盤を物理サーバーからクラウドへ移す方針を掲げ、2018年からAWSを導入している。保守や運用の負担を外部へ移し、利用状況に応じてシステムを柔軟に拡大・縮小できるようにするためだ。

 現在は、機能を継続的に更新するソフトウェア定義車両(SDV)の開発を強化するため、「日産 スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォーム」をAWS上に構築し、車載ソフトウェアのテスト時間を75%削減した。車両制御プログラムは数千万から1億行規模に達しており、市場が求める開発速度に対応するには、AIの活用が欠かせなくなっている。

 同プラットフォームの機能を高めるため、日産は米アプライド・インテュイションの技術を活用し、開発工程の自動化に向けた実証を進めている。インテルが提唱するデジタルツイン技術を使ったシミュレーションやAIによる支援を取り入れることで、開発業務の効率化を進める考えだ。

 AWS上の学習データやIT資源を活用し、これまで人が1か月以上かけていた工程を数分から数時間まで短縮することを目指している。開発期間が短くなれば、新しい機能を市場へ投入する速さが商品競争力につながる。また、開発現場で人が担う役割も、コードの記述やテスト作業から、AIが出した結果を安全要件に照らして確認し、全体を管理する業務へ移っていく。

 日産はデジタル戦略「NISSAN DIGITAL NEXT」の一環として、基幹システム(SAP)をオンプレミスからAWSへ移し、個別原価計算の月次処理時間を最大74%、業務処理時間を最大80%短縮した。さらにMicrosoft AzureやOracle OCIも導入し、複数のクラウドを組み合わせる運用を進めている。特定の事業者への依存を避けるとともに、多くの計算能力が必要な解析やシミュレーションを柔軟に並行処理するためだ。環境ごとのデータ分断を防ぐため、ストレージサービス「NetApp Keystone」を導入し、インフラ費用の抑制と一貫したデータ処理を実現している。

 多くの企業がクラウドサービスを導入している一方、個別のシステムを事業全体で連携させている例はまだ多くない。現在の内製化は、自社が強みを持つ分野へ経営資源を集中させる考え方へ移っている。共通のインフラや計算資源はIT事業者を活用し、自社の車両データや開発ノウハウ、AI活用の知見などは競争力の源として育てる取り組みが進んでいる。

 産業構造も、一次部品メーカーを中心としたピラミッド型から、IT企業やクラウド事業者が同じ基盤で開発を支える形へ変わりつつある。自動車メーカーには、外部の複数システムと自社技術を組み合わせ、新たな価値を生み出す力が求められている。

SDVシフトにともなう車両価値の転換

 自動車ビジネスは、従来の売り切り型から、ソフトウェアやサービスを通じて継続的に利益を生み出すストック型へと大きく変わっている。クラウド上に開発環境を整えることで、車両の所有者はOTA(無線通信)を通じて必要な機能を適切な時期に追加できるようになる。ルネサスエレクトロニクスなどの半導体メーカーも、クラウドを活用したOTA開発期間の短縮ツールを提供しており、市場の変化や顧客の声を素早く更新へ反映する開発速度が、ブランド価値やリセールバリューを左右するようになっている。

 日産のプラットフォームは、ハードウェアの違いを意識させない車載OS、AI学習を進めるクラウド上のデータ基盤、バーチャルECUを活用した開発環境(SDK)の三つで構成される。実際の走行環境に基づく解析用テストケースの自動生成や、試作、バグ検知などの評価作業も効率化できる。

 ソフトウェアの価値が高まる一方で、人命を預かる自動車では、高品質なハードウェアを量産するすり合わせ技術の重要性は変わらない。長年培ってきた製造技術と、柔軟で迅速なソフトウェア開発を組み合わせることで、新たな価値を生み出せる。AIを活用した開発環境を取り入れ、両者を効果的に生かすことが、次世代モビリティで競争力を高めることにつながる。

 AIの社会実装では、開発速度を重視するIT業界のアジャイル開発と、安全性を最優先とする自動車業界のフェールセーフの考え方を組織の中で両立させる運営が欠かせない。

 課題としてまず挙げられるのが、人材の確保と育成である。ソフトウェア中心の開発へ移る中でエンジニアの獲得競争は激しくなっており、開発工程へAIを取り入れるには、ITインフラ、車両システム、AI技術にまたがる知識が求められる。しかし、AIエンジニアが厳しい安全基準まで十分に理解している例は多くなく、インフラエンジニアへのAI教育もまだ十分とはいえない。専門人材の待遇改善に加え、既存技術者へのリスキリングを進めるとともに、教育にかかる費用と開発期間短縮による効果を見極めながら投資を進める必要がある。

 さらに、AIの判断過程を人が確認しにくい「ブラックボックス化」への対応も欠かせない。AIが自律学習で導き出した判断の過程が見えにくいことは、自動運転や車両制御では大きなリスクとなり、検証を難しくする。安全性を確保するには、判断の根拠を示せるXAI(説明可能なAI)の導入や、厳格な運用指針の整備が求められる。ISO 26262やASPICE、UNECE R155/156などの国際規格が定める安全要件を満たしながら、判断の透明性を確保した開発・運用体制を築くことが必要となる。

各社の戦略が描く次世代の競争軸

 大手自動車メーカーは、車両開発の内製化を進めている。米フォードの工場ではSymbio Roboticsの技術を導入し、組み立てラインのロボットが機械学習によって効率のよい動きを学習することで、作業工程を15%高速化した。トヨタ自動車や韓国の現代自動車も、AIを搭載したヒト型ロボットの製造現場への導入実証を進めており、人為的なミスの抑制や欠陥検知によって生産工程のコスト削減を目指している。

 米CBインサイツの調査によると、AI対応では米テスラや中国のシャオミが自社開発のAI半導体などで先行する一方、トヨタ自動車はAI関連特許の保有件数で最多となっており、多様な企業との提携を通じて開発基盤の整備を進めている。ハードウェアまで含めた垂直的な内製化を進める企業がある一方で、日産のように外部のクラウド事業者と連携し、ソフトウェア開発へのAI活用を進める取り組みもある。

 シミュレーション条件の選定や成果予測、3Dモデルの作成など、繰り返し行う作業の効率を高めることで、データセンターを増設することなく開発力の強化を目指している。自動車メーカーは個々のAIツールを連携させ、工場から車両、物流までを一体で扱う分散型AIネットワークの活用へと移りつつある。

 すべてを自社で担う企業から、外部の開発基盤を積極的に活用する企業まで、内製化の範囲は事業戦略によって大きく異なっている。AI開発環境やマルチクラウドの活用が業界全体へ広がる中で問われるのは、導入した技術を生かして新たなモビリティ体験を生み出し、それを事業価値へ結び付ける力である。IT企業やAIスタートアップとの連携で専門知識を補いながら、どの領域を自社の強みとして育てるかという経営判断が、今後の自動車産業の競争力を左右する。(光橋新(ライター))

文:Merkmal 光橋新(ライター)
【キャンペーン】毎日機械洗車が50%オフ!お得に愛車をピカピカに(要マイカー登録&特定情報の入力)

こんな記事も読まれています

トヨタも頼る「中国の頭脳」とは何者か? 68万台のクルマに入り込んだ“知られざる主役”、主導権を握るのは自動車メーカーか新勢力か
トヨタも頼る「中国の頭脳」とは何者か? 68万台のクルマに入り込んだ“知られざる主役”、主導権を握るのは自動車メーカーか新勢力か
Merkmal
「まさか取引先から漏れるとは」 テスラの設計情報はなぜ守れなかったのか? 20万件超の流出が映す、サプライチェーン時代の情報管理
「まさか取引先から漏れるとは」 テスラの設計情報はなぜ守れなかったのか? 20万件超の流出が映す、サプライチェーン時代の情報管理
Merkmal
「やっぱりトヨタの選択は正しかった…」 タコマ36億ドル投資で動き出す、北米クルマづくりの大変化とは?
「やっぱりトヨタの選択は正しかった…」 タコマ36億ドル投資で動き出す、北米クルマづくりの大変化とは?
Merkmal
「スペックだけでは選ばれない?」 もはやクルマ選びの基準は変わったのか――16ポイント低下から見える、自動車市場の価値転換
「スペックだけでは選ばれない?」 もはやクルマ選びの基準は変わったのか――16ポイント低下から見える、自動車市場の価値転換
Merkmal
三菱ふそう新CEOが語る「新たな現実」 日野との協業やAI戦略の行方とは
三菱ふそう新CEOが語る「新たな現実」 日野との協業やAI戦略の行方とは
くるまのニュース
「ハイブリッドじゃなくても選びます」 日産ルークスが示した変化! サクラが伸びる一方、広がる新車市場の選択肢とは
「ハイブリッドじゃなくても選びます」 日産ルークスが示した変化! サクラが伸びる一方、広がる新車市場の選択肢とは
Merkmal
「ガソリン200円」時代でクルマ選びは変わるのか? 6割が電動車を検討、消費者が重視し始めた意外な条件
「ガソリン200円」時代でクルマ選びは変わるのか? 6割が電動車を検討、消費者が重視し始めた意外な条件
Merkmal
「負債9835万円」 ライドシェア参入を掲げた新興企業はなぜ破産したのか? 配車市場で進む「参入障壁」の変化とは
「負債9835万円」 ライドシェア参入を掲げた新興企業はなぜ破産したのか? 配車市場で進む「参入障壁」の変化とは
Merkmal
「中国製じゃないのに売れません」――EV競争、いまや“生産国”だけでは決まらない? 米国規制が変える自動車産業の新条件とは
「中国製じゃないのに売れません」――EV競争、いまや“生産国”だけでは決まらない? 米国規制が変える自動車産業の新条件とは
Merkmal
「軽自動車は日本のものでしたよね…」 BYD参入で変わる4割市場! 今月28日発売、中国勢が開ける“聖域”への入口とは
「軽自動車は日本のものでしたよね…」 BYD参入で変わる4割市場! 今月28日発売、中国勢が開ける“聖域”への入口とは
Merkmal
なぜ今、タクシーから「現金」が猛烈な勢いで消えているのか? 「現金じゃないとダメですか?」 23ポイント減が映す、乗客の新たな選択基準
なぜ今、タクシーから「現金」が猛烈な勢いで消えているのか? 「現金じゃないとダメですか?」 23ポイント減が映す、乗客の新たな選択基準
Merkmal
「いつかはポルシェ、を今こそ実現する」 昭和の走り屋魂を取り戻す“ヤンジー”世代! 22兆円市場を支える名車への熱狂とは
「いつかはポルシェ、を今こそ実現する」 昭和の走り屋魂を取り戻す“ヤンジー”世代! 22兆円市場を支える名車への熱狂とは
Merkmal
プラットフォームがメーカー全体を左右する! クルマの走りを大きく決定づける「共通プラットフォーム」の完成度
プラットフォームがメーカー全体を左右する! クルマの走りを大きく決定づける「共通プラットフォーム」の完成度
WEB CARTOP
ホンダが上場以来初の赤字決算をどう乗り切る!? 新型HEVに命運を賭ける復活のシナリオ!
ホンダが上場以来初の赤字決算をどう乗り切る!? 新型HEVに命運を賭ける復活のシナリオ!
ベストカーWeb
AIと人の協働を模索 矢崎総業が新たなイノベーション施設で描く「未来のものづくり」とは
AIと人の協働を模索 矢崎総業が新たなイノベーション施設で描く「未来のものづくり」とは
くるまのニュース
「好きな色は我慢します」 クルマ選びはもはや“売る前提”なのか? 株式投資の発想? 58%が希望条件を変えた根本理由
「好きな色は我慢します」 クルマ選びはもはや“売る前提”なのか? 株式投資の発想? 58%が希望条件を変えた根本理由
Merkmal
日産が中国「チェリー」車を生産へ!? 敵に塩を送るどころか“工場を稼ぐ資産”に変える新戦略
日産が中国「チェリー」車を生産へ!? 敵に塩を送るどころか“工場を稼ぐ資産”に変える新戦略
ベストカーWeb
「走行中に突然破裂しました」 高速道路トラブルの44%を占めるタイヤ異常! 猛暑はなぜ1台の停止を社会問題に変えるのか
「走行中に突然破裂しました」 高速道路トラブルの44%を占めるタイヤ異常! 猛暑はなぜ1台の停止を社会問題に変えるのか
Merkmal

みんなのコメント

5件
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村