新生アルファロメオの第1弾「ジュリア」に「クアドリフォリオ」は必要なのか? ジュリア 2.0ターボ・スーパーの元オウナーであるI氏はつねづね疑問に思っていた。それほど彼は自分の愛車であったジュリア・スーパーに満足していた。
いわば、BMW「320i」オウナーが「M3」の、メルセデス・ベンツ「C200」オウナーが「AMG C63」の存在意義を疑うのと同型である。
フェラーリ風味のアルファロメオSUV──ステルヴィオ クアドリフォリオ試乗記
ただし、M3の場合はM社が、C63の場合はメルセデスAMG社という別組織が、標準モデルと同時並行的に開発しているのに対して、現行ジュリアはまずクアドリフォリオありきだった。1992年に生産を終了した75以来の後輪駆動セダンを復活させるにあたって、アルファ・ロメオは「スカンク・ワークス」なる少数精鋭のチームを結成し、2年という短期集中で、ウルトラ高性能セダンがつくりあげた。ラテンの天才のなせるわざというほかない。
ジュリア クアドリフォリオなかりせば、そのほかのジュリアも存在しない。その意味で申しあげれば、クアドリフォリオが必要なことは自明である。
というような時間的経緯をいまさら繰り返していても始まらない。I氏の疑問を解くには試乗してみるにしくはない。そこで筆者はジュリア2.9V6ビ・ターボ・クアドリフォリオとI氏の愛車であった2.0ターボ・スーパーを某日、短時間ながら味わってみたのだった。
まずはクアドリフォリオである。2.9 V6ビ・ターボという名称があらわすごとく、2891ccのV型6気筒ツインターボエンジンをフロントに搭載する。最高出力は510ps/6500rpm、最大トルクは600Nm/2550rpmという途方もないパワー&トルクを発揮するこれは、基本的にフェラーリV8から2気筒削ぎ落としたものだという。86.5×82.0mmのボア×ストロークは現行「ポルトフィーノ」のV8と同一で、そのサウンドを聴いていると跳ね馬との血縁を感じずにはいられない。
その回転マナーの滑らかなこと絹の如しで、ともかくやたらまわりたがる。まわるにまかせていると恐ろしいほどの速度に簡単に達してしまう。
試乗当日はあいにく小雨が降っており、路面が濡れていた。不用意にアクセルを開けると、ズルリと後輪がスライドする。3速でだって、ズルリとくる。いまどきトンデモないじゃじゃ馬だ。もちろん、即座にトラクション・コントロール等の各種電子制御が作動し、アブナイことはまったく起きない。起きないけれど、筆者の心胆を寒からしむるには十分である。君子危うきに近寄らず、をモットーとする筆者はもちろん電子制御をカットするような愚は犯さない。
ステアリングは恐ろしいほどクイックで、しかも羽が生えたごとくに軽い。あり余るパワーとトルクで、羽が生えたごとくに軽い動的性能を備えてもいる。羽が生えているから、どこか不安を感じる。ハリー・ポッターは魔法の箒を自在に操って空を飛ぶわけだけれど、怖がっていてはああいう芸当はできない。
510ps、600Nmもの大パワーと大トルクが、本来はものすごく速いはずのクアドリフォリオを、私をして速く走らせることを妨げる。クアドリフォリオは、実は200psのスーパーより遅い、と、私は正直なクレタ人だとクレタ人が言った、というような状況を現出させる。
恐怖に打ち勝った者だけが、じゃじゃ馬クアドリフォリオを乗りこなすことができる。そういう“フェラーリの4ドア”と表現されるにふさわしい、スリリングな4ドア・セダンをつくったところにラテンの天才性がある。
一方、ジュリア2.0ターボ・スーパーは、これまた名称の示すごとく、排気量1995ccの直列4気筒ターボエンジンを搭載する、日本市場における最量販と目されるグレードのジュリアである。
「マルチエア」と称される電磁式吸気バルブ機構を備える16バルブはツインスクロール・ターボを得て、最高出力200psを4500rpmで、330Nmという最大トルクを1750rpmで発揮する。クアドリフォリオのあとだと、じつに半分以下のパワーと半分ちょっとに過ぎないトルクで、数字だけ見ているとつまらないクルマのように思われるかもしれない。
プラットフォームはクアドリフォリオ用に開発された「ジョルジオ」を共用する。クアドリフォリオとは異なり、アクティブではないけれど、フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:マルチリンクのサスペンションを持つ。車両重量は1590kg。ホイールベース2820mmのこのクラスのセダンとしては メルセデス・ベンツC200やBMWの新型320iと同程度で、軽量に属するといってよい。
ちなみにクアドリフォリオの車重は1710kgで、車検証に見る前後重量配分は900:810kgと、ややフロントが重い。その点、スーパーは800:790kgで、まさしく50:50を実現している。電動パワー・ステアリングの設定もクアドリフォリオほど軽くもクイックでもない。落ち着いている。
驚いたのは乗り心地のよさで、可変ダンピングを持たない分、低速でやや硬めではあるけれど、スッキリ硬めな乗り心地で統一感があって、スポーティでもある。
もっと驚いたのは直列4気筒ターボの滑らかな回転フィールで、4気筒なのに4気筒特有の振動がまったく出ない。そういえば、75ツインスパークの4気筒も奇妙なくらいスムーズだった。でもって、排気音が意外と、といってはアルファロメオに失礼だった、やや控えめながら、アルファロメオらしく乾いた、聴かせるサウンドを発する。ゼブラ・ゾーンが5500から始まるのは中低速重視ということだろうけれど、実用上なんの不満もない。
むしろ、パワーが低いから全開できるチャンスが増える。クアドリフォリオと違って、速すぎないから怖くない。結果として、クアドリフォリオと速さでだって負けていない。
スポーティなタッチを感じさせつつ、快適でもあるジュリア2.0ターボ・スーパーは、内装もクアドリフォリオに較べて遜色ない。シート表皮はレザーだし、ウォールナットのウッドパネルが使われているところなんて、1960年代のジュリアもかくやだ。クアドリフォリオのような派手さはないけれど、派手さのない分、シックでエレガントな要素はむしろ深まっているようにも思われる。
車両価格543万円は、クアドリフォリオの1132万円の半額以下。フェラーリV8ゆかりのV6を搭載するジュリア クアドリフォリオがビステッカ・アッラ・フィオレンティーナだとすれば、ジュリア・スーパーはそのビステッカのあまりの肉でつくったスープ、もしくはステーキ丼ぐらいの感じであるかもしれない。美味しいのも当然だ。
カツ丼とか牛丼とかに、松竹梅、もしくは並、大盛、特盛の3段階があるのは、真ん中の売り上げを伸ばすためだという説があるけれど、ジュリアの場合はそうではない。ジュリアにクアドリフォリオが欠かせないのは、合理を超えたところにあるアルファロメオ(=イタリア)のクルマづくり神話の再構築のためなのである。
触れなば切らむ、というスリリングなハンドリングと圧倒的な動力性能に、なんとなく漂う、明日は明日の風が吹くさ、という享楽性……。ハイライフを送っているひとたちをターゲットにしなければ、こういうクルマは生まれない。
常人を超えたところにクアドロフォリオはある。
う~む、寝てみたい。
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