2021年F1シーズンも前半戦の終盤を迎え、ホンダがメルセデスを圧倒するレースが続いてきました。そのホンダF1の最終年、そして日本のレース界期待の角田裕毅のF1デビューシーズンと話題の多い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が解説。今回はスプリント予選が追加された新フォーマットでの第10戦イギリスGP、未だに物議を醸すフェルスタッペンとハミルトンの接触までの背景を中心に振り返ります。
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レッドブルF1代表、赤旗中にスチュワードを訪ねたメルセデスを批判。レースディレクターは今後の規制を決定
2021年F1第10戦イギリスGPは『スプリント予選』という新しいレースフォーマットが行われました。今回の形だけではなく、新しいファンを獲得していき、そして今までのファンに今後もF1に興味を持ち続けてもらうという部分では、新しい試みはすごく大事だと思います。ただ、僕的には今回の形が全面的に正しいのかどうかについて、まだクエスチョンマークが残っています。その理由のひとつとして、このスプリント予選フォーマットによってアドバンテージを得るチームと、そうではないチームの差が、これまで以上に大きくなってしまうというのがあります。
スプリント予選形式は金曜日に予選が行われ、練習走行が少なくなるので持ち込みのセットアップが重要になります。強いチームはシミュレーターやAIなどが発達しているので、持ち込みセットアップがどうしても一歩先んじているイメージがあります。そのスタート地点の差はやはり大きいですし、ベスト・オブ・ザ・レスト(中段グループのトップ)を考えると、フリー走行はセットアップにおいて非常に重要な時間なので、その時間が少なくなることで不利になってしまうチームも出てしまいます。
もちろん、見ている側としてはスタンディングスタートでのレースが2回見られるという部分では面白みがあると思いますが、ずっとF1を見ている人には予選の価値が薄く感じてしまうかもしれません。予選セッションのトップではなく、スプリント予選の優勝者がポールシッターというのも微妙で、僕もDAZNで解説をしながら『一体、何を解説しているのかな?』と分からなくなってしまいました(苦笑)。
これはやはりドライバーも一緒だと思います。一発タイム予選で100パーセント以上の力を出し切って順位を決める、という集中力を使った後に、もう一度スプリントレースという形で予選が行われることで、どう戦っていいのか、モチベーションが下がることも考えられます。そこはチームやドライバー、見ているファンの方のいろいろな意見をこれから聞いて判断していくことになるのかなと思います。
今回はルイス・ハミルトン(メルセデス)が一発タイムの予選でポールポジションを獲得しましたが、スプリント予選ではマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)に負けてしまいました。今回のフォーマットで一番悔しい思いをしたのはハミルトンだと思います。そのスプリント予選では、その後に決勝も控えているので接触してマシンを壊してはいけないので、パレードレースになるかなとも思いましたが、意外とバトルがあり、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)のスタートでのオーバーテイクなど、序盤は見どころがありましたね。
スタート直後は当然、順位を上げられるチャンスですので多少のリスクを負いますが、そこは若干リスクを減らしながらもアタックしていく予選レースだったのかなと思いました。スプリントレースとしては面白かったと思いますし、ドライバーも“レース”をしていましたが、中盤以降、レース展開が一度落ち着いてしまうと、そこからは無理せず落ち着いた展開の印象でした。
そのなかでも、アロンソに関しては、そんなことは関係なく前車を狙っていましたね。スタートでソフトタイヤを履いているという時点で狙っていますし、クルマがソフトタイヤでも悪くないというのが事前に分かっていたことでの選択だと思いますが、周りのクルマはミディアムタイヤが多いなか、ソフトの蹴り出しの良さと1周目のグリップの良さを十分に活かしていました。タイミングやスタート位置の関係もありますが、ポジショニングも良くて、瞬時にオーバーテイクの可否を見極める判断力もアロンソらしいですよね。
同じように予選では2番手だったフェルスタッペンも狙いすましていました。今回はメルセデスとレッドブル・ホンダのセットアップの違いが明確に分かっていて、メルセデスは完全にローダウンフォース仕様、レッドブル・ホンダはハイダウンフォース仕様でした。
今回のイギリスGPは1回目のフリー走行が終わった後は大きくクルマを触れないので、フェルスタッペンもたしかにフリー走行から速かったのですが、レースでも絶対的な強さがあるのかどうか、ローダウンフォースかハイダウンフォース、どちらの仕様が正解なのかはレッドブル・ホンダも100パーセントは分かっていなかったと思います。
第7戦のフランスGPではレッドブル・ホンダがローダウンフォース、メルセデスがハイダウンフォース仕様でレースをしましたが、今回のイギリスGPではまったくの真逆でした。今回はクルマを大きく触れないので、そこでどういう展開になったらどうなるかというのが、お互いチームとしてもドライバーとしてもシミュレーションをしていたと思いますし、何が1周目に必要なのかは分かっていたと思うので、その状況のなかのでフェルスタッペンのあの集中力ですね。
フェルスタッペンはスタートで前に出てからハミルトンにかなりキツいブロックをして、スプリント予選ではそれがうまく功を奏しました。タイヤの温まりも1周目はメルセデスが良いように見えましたし、1周目に関してはローダウンフォース仕様で直線が速いメルセデスに分があることは如実に分かりましたが、タイヤが温まってしまえば、メルセデスとレッドブル・ホンダはそこまで差はありませんでした。そして、予選スプリントで1周目は特にレッドブル・ホンダがコーナリングで苦しんでいるように見えたのが決勝レースにも繋がっていきます。
ほかにもスプリント予選ではセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)がターン13の出口でスピンをしてしまいましたが、単独スピンが多かったのも今回のレースで特徴的でした。決勝レースではターン7の立ち上がりでセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)がスピンをしていましたね。ターン7ではベッテルのほかにも数人がスピンしていましたが、あのコーナーはコーナリングをしながらアクセルを踏んでいく場所で、ちょうどシフトアップするタイミングでマシンがスライドしていました。
ターン7は右に長く回り込んでいるコーナーなので、コーナーの途中からアクセルを踏み始めます。クルマが縦に向いてからアクセルを踏むというイメージではなく、コーナリング中でクルマが縦を向く前のかなり速いタイミングでアクセルを開け始めます。ターン7は基本アンダーステアになるので、早いタイミングでアクセルを開けていくことで、ああいったスピンが起こりやすくなります。現代のF1マシンはハイパワーなので、本当に微妙なマシンコントロールというのは難しいなということが見ていて分かりました。
対して、予選レースの高速コーナーでのペレスのスピンはまた別の理由になります。あのスピンはレッドブル・ホンダのマシンのセンシティブな部分が出たのだと思います。まだレッドブル・ホンダのマシンはナーバスな部分があり、高速コーナーでは若干リヤが軽い。フロントはすごく入っていることが分かりますが、その分リヤが軽いという予想ができます。あの動きを見ると、今回のシルバーストンでレッドブル・ホンダのマシンのセットアップは完璧ではなかったのかなと思います。メルセデスのクルマの方が安定していたのかなと思いました。
そして翌日の決勝レースでは、ご存知のように1周目のターン9でフェルスタッペンとハミルトンが接触してしまいました。クルマ的にはメルセデスのほうがスムーズな動きをしていましたが、レッドブル・ホンダもハイダウンフォース仕様でコーナリング重視にしていたので決して悪い動きはしていませんでした。
ただ、スタート時のタイヤの内圧の設定で違いがあったのか、それともフォーメーションラップでの温め方の違いがあったのか、あとはクルマのセットアップの振り方が違ったのか分からないですが、1周目はメルセデスのほうが安定していて、コーナーの出口でも若干早くアクセルを踏み込んでいけている感じがしました。メルセデスはトラクションもすごく掛けやすそうに見えましたし、そこはハミルトンも前日の予選スプリントの段階で分かっていたと思いますし、攻めるなら1周目だということを決めていたはずです。
前日のスプリント予選ではスタートでトップを奪われて1周目からフェルスタッペンに抑えられてしまいましたが、逆に『前のマシンが抑えてしまえば、追い抜くことは難しい』ということもハミルトンは分かっているので、決勝の1周目では絶対に抜きにいきます。
一方、追い抜かれたらハイダウンフォース仕様でストレートスピードが伸びないレッドブル・ホンダ側からすれば、メルセデスに抜かれると面倒くさいことになるのが分かっているので、フェルスタッペンとすれば絶対に抑えたい相手です。お互いがお互いのことを知り尽くしている状況なので、やるべきことはひとつで、結局お互いの意地の執念が接触という形で表れてしまいました。
あの接触は、本当に勝利に向けた意地の執念がぶつかってしまったとしか思えません。ターン9に行くまでもハミルトンがオーバーテイクを仕掛けていて、すでに何回かやりあっていました。そのときはハミルトンもしっかりと引いていて、ある意味狙いどおりでした。そしてトラクションを掛けるのが難しいターン7では、グリップが低い1周目は少しメルセデスに分があるので、いい加速をして、さらにドラッグが少ないローダウンフォース仕様のマシンでストレートスピードが伸びるので、空いているところに入っていくしかない状況ではあったと思います。
難しいシルバーストンのターン9のアプローチ。10位入賞の角田裕毅のたしかな成長
9コーナーに進入した時に2台はほぼ横に並んでいました。コプスと呼ばれるターン9はドライバー目線だとクリッピングポイントが見えずらく、少しオフキャンバー気味になってアウト側が若干下がっているコーナーで、イン側のピットウォールも視線の邪魔になっていたり、いろいろな理由でターンインするポイントが見えない難しいコーナーです。
ハミルトンとしてもフェルスタッペンにブロックラインを取られているので、結構キツいラインからターン9に入らざるを得なくなります。ただ速度差がかなりあり、あそこではハミルトンも早々には引けないので並んで入って両者接触という形になってしまいました。
結果として、フェルスタッペンはクラッシュ、走行ができたハミルトンに10秒加算のペナルティが出ましたが、あの判定に関してあまり僕らが外から言うことではないのかなと思います。ただ、シルバーストンを走行したことのある人間としては、あのアクシデントに関しては非常に判断が難しかったことは間違いありません。
ハミルトンからすれば行き場所がない状態で、僕もオンボード映像やスローモーションで何度か見たのですが、フェルスタッペンも隣にハミルトンがいることは分かっていたはずなので、あのステアリングの切り方や進入の仕方だと『当たるかな』ということはなんとなく想像ができたのかなと思います。フェルスタッペンからはハミルトンが見えていたはずなので、もし見えていたのだったら、もう少し違った対処ができた可能性もあったのかなと思います。
ですが、これは結果論で、逆にハミルトンがもっと早くアクセルを抜いていれば、という意見もあるかもしれません。でもあそこまで並んでいると実際のところは判断が難しいので、やはり切り込む角度がフェルスタッペン的には急だったのかなと思います。ターン9はオフキャンバー気味でマシンがどんどんと外に流されてしまうコーナーなので2台並んで通過することは難しく、アウト側にいるドライバーとしては絶対にインに切り込みたいコーナーです。ですが、そこで入っていくと接触することは過去に何度もありました。
実際、レース後半にシャルル・ルクレール(フェラーリ)とハミルトンがトップ争いをしていた時、同じような場面がありましたよね。その時はイン側のハミルトンが引いたのですが、アウト側のルクレールはハミルトンが引いたにも関わらずアウト側のダートに飛び出してしまいました。ターン9で2台が並ぶとああいったことが起こりやすい、とにかく難しいコーナーです。
いずれにしても今回のリタイアでフェルスタッペンは損をしてしまいました。いろいろな意見があると思いますが、本当にチャンピオン争いをしているふたりのドライバーの魂と魂、意地と意地のぶつかり合いの結果だと思うので、僕としてはなんとも言えません。
結果として、ハミルトンに10秒ペナルティが科されたことでトップに立ったルクレールにとっては千載一遇のチャンスがやってきて、違った意味でレースの見どころが生まれました。今回のルクレールの走りは本当に称賛に値すると僕は思いますし、素晴らしい集中力でした。特にミディアムタイヤでの走りは素晴らしかったと思います。
また同様に、最後のハミルトンの追い上げも本当に素晴らしかった。フェラーリのマシンがハードタイヤは若干合わなくて、それに対してメルセデスのマシンはハードタイヤがすごく合っていて、ミディアムに合っていたフェラーリとハードが合っていたメルセデスと、前後半で逆転したような展開でした。
ただ、バルテリ・ボッタス(メルセデス)もなんとかハミルトンに付いていけば、レース後半にルクレールをオーバーテイクできる可能性があることをチームも言っていてボッタスを鼓舞していました。しかし、ボッタスはハミルトンのペースについていけなかったので、やはりハミルトンの予選のように最後まで走り続けられる集中力と技術ですね。タイヤも持たせながらペースを落とさずに走り続けたので、やはりハミルトンだなというのも見せつけられました。
最後はハミルトンが見事なオーバーテイクで優勝を果たしましたが、その瞬間の観客の盛り上がりとフィニッシュ後のハミルトンの喜びっぷりは、なんだかチャンピオンを獲ったときのような雰囲気でしたね。いろいろなことが起こりすぎたグランプリでしたが、ハミルトンにとっては母国のシルバーストンにお客さんも帰ってきて、レース中に一度厳しい状況に陥り、そこから逆転して勝利したのでエモーショナルな気分になることは当然だと思います。
最後に角田裕毅選手(アルファタウリ・ホンダ)ですが、イギリスGPで苦戦を強いられたアルファタウリ・ホンダは、今回の新フォーマットの煽りを食ったチームのひとつなのかなと思います。中堅チームにとってはひとつひとつ、いろいろなことをサーキットに行って試して、確認してから組み立てていきますし、それは1年目の角田選手にとってもそうです。
ですので、今回の新フォーマットは彼らには若干不利に働いたレースだったかと思いますが、角田選手に関しては非常に落ち着いたレース展開で、周りのペースと比較しても遜色はありませんでした。タイヤもうまく保たせ、遅めにタイヤを交換してチームの作戦どおりにレース後半はフレッシュタイヤと軽いガソリン搭載量で走ることができ、ラップタイムペースもすごく良かったです。そんないい状況を活かして、本当にやるべきことをイギリスGPではしっかりとしていました。結果としては見えづらかったのですが、すごく成長していることを感じさせるレースでした。
次戦のハンガリーGPはまったく違った特性のサーキットになりますし、ハンガロリンクは路面のμ(ミュー)も高くなくて路面もバンピーで、中速コーナーが多いので足の動かし方も違いますし、ダウンフォースの使い方も変わってくるのでクルマの向き不向きが変化する可能性もあります。モナコで好調だったフェラーリなど、ストリートサーキットで強かったチームがいい走りを見せる可能性もありますね。前半戦の最後ということで、本当の意味での今シーズンのマシンパフォーマンス評価を行うには一区切りできるのかなと思います。
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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