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ポルシェ・ミュージアムの1台で東北1400km行!──ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアを走る

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ポルシェ・ミュージアムの1台で東北1400km行!──ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアを走る

イタリア半島を巡る1600kmの公道レース「ミッレ・ミリア」の日本版、それがラ・フェスタ・ミッレ・ミリアだ。今や公道で速さを競うわけにいかないので、競技自体はペースの正確さを競うレギュラリティ・ランに代えられているが、博物館級のヒストリックカー110数台が連なって、4日間を走り続けるという、日本国内では最大規模の公道イベントだ。

今年は東北を巡る約1400kmの、ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアが始まった当初に近いコースが採られた。一時は東日本大震災の影響によって別の地方へとコースを変更せざるをえず、東北とは募金を通じての関係に留まっていたが、第20回という記念の節目にこのラリーが、東北に戻ったのだ。

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ここまでは開催前から分かっていたことだが、今年はもうひとつ大きなサプライズが控えていた。「スポーツカーの70周年」を記念して世界各地でイベント行脚を重ねていたポルシェAGのヒストリック部門、つまりポルシェ・ミュージアムが、そのコレクションの中から4台の車両を、ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアに参加させたのだ。

ちなみに「スポーツカーの70年」とは、創業者フェルディナント・ポルシェ博士が自らの名を冠したスポーツカーを造り始めた1948年にちなむが、博士はそれ以前にフォルクスワーゲンなどスポーツカー以外でも功績を遺しているので、その辺りを言外に漂わせる題目といえる。

ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアの面白さは、海外イベントの日本版とはいえ、和のシチュエーションを大胆に採り入れているところ。金曜の車検&スタート地点となった明治神宮は、参加者やギャラリーでごった返しただけでなく、そこで交通安全祈願のお祓いも行われた。

チーム・ポルシェ4台の内訳は、まず緑の1956年製356A 1600Sクーペが、ミュージアムのコレクション管理ディレクター、アレクサンダー・クラインさんとドイツ人ジャーナリストのローラント・ローウィッシュさん。同じくクーペボディの赤い1963年型356B 1600スーパー90には、ミュージアム館長のアヒム・ステイスカルさんとドイツ人ジャーナリストのミハエル・シュローダーさん。もっともスパルタンなシルバーの1956年製の550A 1500RSスパイダーには、ポルシェ ジャパン社長の七五三木敏幸さんとライターの藤原よしおさん。そして最後、1955年型の356 1500スピードスターには、パティシエの青木貞治さんとぼくが乗ったのだった。

青木定治さんの名は女性の方が馴染み深いかもしれない。パリを拠点に東京や名古屋にも展開するパティスリー・サダハルアオキ・パリのオーナーシェフで、じつはこの秋からポルシェ ジャパンのアンバサダーを務めている。

なぜパティシエさんが自動車メーカーのアンバサダーに? という疑問ツッコミがあるだろう。じつは青木さん、無頼のクルマ&モータースポーツ好きで、そのオリジンは20歳過ぎまで夢中でやっていたというモトクロス。なんでも某国産ワークスチームのジュニア育成までいったけど、怪我で一線を退いた時にお菓子作りに出会い、以来30数年間、パリに居を移しつつそちらに邁進したのだとか。

「ラリーのスタート・セレモニーやレースの凱旋パレードを、パリは公道で時々フツーにやってますから、ずっとお菓子作りに打ち込んできましたけど、通りすがりに眺めて盛り上がる気持ちは当然ありました。ここ数年、パティシエ仲間と旧いクルマで遊ぶようになって、ちょうど356Bを手に入れた頃にアンバサダーのお誘いをいただいたんです。跳び上がるぐらい嬉しくて、すぐ引き受けさせていただきましたね(笑)」

そうやってパリから帰国した翌朝早々に、白い356スピードスターのコクピットに収まる青木さんの表情は、どこかホクホクしていた。丸4日間、スピードスターの車上で一緒に過ごして分かったこと、それは青木さんがお菓子作りを離れると、重度のクルマ好き男子である、ということだった。

ラ・フェスタ・ミッレ・ミリアの盛り上がりは、本場イタリアのそれに優るとも劣らない。スタート地点の明治神宮や最初のチェックポイントがある代官山蔦屋書店といった、都内で観客の人出が多いのは何となく分かっていたが、年配の方や学童が観に来てくれることに驚く。初日、夕刻に福島県内のチェックポイントを通過する頃には、とっぷり日は暮れていたが、決して広くないメインストリート沿いでは、一家総出で小旗をふってくれる。そんな普段はない接点を創出してくれるというだけで、こうしたイベントは成功なのだ。

2日目は、東北で拠点となった裏磐梯レイクリゾートを出発して、磐梯我妻山系から白石、米沢や喜多方、会津若松など、福島・宮城・山形の3県をまたがるルートだった。

ポルシェ・ミュージアムの4台はドイツのナンバープレートのまま、日本の道を「旅行者扱い」で走っていたので、行く先々で「ナンバー、それでいいんですか?」と度々訊ねられた。ドイツの車検登録は通っていて、日本のそれではないので念のため仮ナンバーこそ用意されていたが、国交のある一方の国のナンバーで他方の国の道路を通行することは、通常の法治国家の間では基本、自由なのだ。

それにしても狭い峠にさしかかると、青木さんは水を得た魚のようにペースを上げ、356スピードスターもそれに応じるかのごとく、一段と軽快なエキゾーストノートを響かせる。青木さんいわく、モトクロスのコーナリングはアクセルオンでいつでも駆動力をかけて前に進めるよう、リア荷重を保つのが基本だったとか。その感覚でリアエンジンのポルシェを攻め立てるのだから、楽しいわけだ。1955年の356 1500スピードスターは760kgと車重は軽い。空冷4気筒はたった55psに過ぎないが、力強く車体を前へ前へと押し出す。

「加速はぼくがフランスで乗っている356Bの方が力強いけど、軽快さとか身のこなしは、こちらの方が一枚上手かな」

青木さんのスピードスター評だ。ルーフという上モノがないこと、すなち軽快でスポーティという効果が、助手席にいてもとにかくダイレクトに感じられる。

裏磐梯周辺の秋晴れの道で、スピードスターをドライブすることは最高の経験だったが、悪夢のような時間帯もあった。大雨のために幌をかけたのが薄暮から暗闇へ移ろうとする時間帯で、暗い田舎道では視界がほとんど利かず、ミスルートして、文字通り途方に暮れた。スポーツカーは外界と一体になって走れることが大きな魅力だが、その天国と地獄を一日で味わったのだ。ちなみに一緒に走った550スパイダーは幌もフロントスクリーンもないので、そちらを駆る2人、七五三木社長と藤原くんにはさらなる苦行だったはずだが、沿道の観客に投げキッスの余裕まで見せていた。プロである。

3日目からは、ようやく晴れ渡るほどの空に恵まれた。風は昨日までより冷たいが、毎朝、キチンとクルマのコンディションをきっちりと戻してくれるメカニックたちの仕事ぶりには感謝しかない。3日目は裏磐梯から白川へ下った後、栃木で那須塩原を経由しつつ、最終的には成田に向かった。明けて4日目は千葉の外房を経由して都内まで帰っていく、そんなルートだった。

途中、宇都宮のミニサーキット内でSS区間、つまりタイム計測される区間があった。レギュラリティ競技では、あらかじめ与えられたロードブックに距離と設定タイムが示され、そこをいかに誤差なく通過したかがポイント化される。慣れている参加者たちの巧いことといったらないが、長いラリーの中で快適性の限られたスポーツカーを駆りながら移動し、SSごとの集中力やコンディションを保つのも競技のうちなのだ。

ゴールが近づくにつれて一抹の寂しさのようなものが、我々356スピードスター組には漂ってきた。あんまりにも素晴らしい1台なので別れるのが惜しい・辛いという感情すら芽生えてきたのだ。最後の方は疲れもあっただろうが、「パリに持ち帰りたいね」とか「半分にしてパリと東京に置いておこう」とか「ちょっと相場、調べてみようか」とか、疲れもあっての与太とはいえ、メチャクチャな会話をしていたことを思い出す。

給油や休憩の合間に話したポルシェ・ミュージアムのスタッフたちは、口を揃えて「このスピードスターはスイートだろう?」といっていた。スポーツカー、ひいては1台のクルマを形容するのにスイートって? クルマが甘いとは、どんな感覚か? そんなことをぼんやり思ったが、普段からスイーツ業界にいる青木さんが深く頷いていた。

風から守ってくれるだけでなく適度に感じさせてもくれ、こちらの求めに応じて軽やかに走る。高速道路では望外なほど快適性が高く、クルーズ時のエキゾーストノートの音質は静かでさえある。内装についてもガタピシとかヒューヒューといった低級音は一切なく、豪華ではないが造りがいい。

世界中にミントコンディションのキレイな356スピードスターは沢山あるだろうが、機関系がかくも美しく機能していた1台、さすがミュージアムの動態保存車並みの個体にこの先、巡り合える保証は望み薄どころか、どこにもない。とにかく男2人でキャイキャイやりながら旅をするのに、この初期型の356スピードスターは最高だった。

明治神宮にゴールした時、550スパイダーの2人、七五三木社長と藤原くんが「走り切った」という充実感に満たされたとすれば、青木さんとぼくが抱いたのは「終わっちゃったね」という喪失感だったと思う。アヒム館長とクライン部長は、日本の高速道路よりむしろ下道の速度制限の低さにやや困惑していたようだが、日本にクルマを持ちこんで、このイベントに参加できてよかったと述べた。旧いクルマは文化財的な側面もともかく、今も走り続けることで観る人も元気になってくれる、それだけで伝わる何かがあるのだ。

数日後、オフィシャルの写真が届いて、ドイツ人ジャーナリストのひとり、ミハエルがラ・フェスタ・ミッレ・ミリアをゴールした直後にステッカーを剥がしたあの356スピードスターを駆って、夜の東京をドライブしたカットがアップされていた。イベントの余韻にしても、その少し名残り惜しそうなニュアンスに、何かキュンときた。見てもらえれば合点がいくと思う。

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