500evが引き寄せた運命のいたずら
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット500L(1970年式)を自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートをする「週刊チンクエチェント」。第1回は「フィアット500と一緒に暮らすようになったきっかけ」をお届けする。
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トラブルに遭遇しても絵になるチンクエチェント
2021年4月22日の19時を少し過ぎた時間。僕は大阪方面に向かう新名神高速道路、菰野インター手前2km付近のガードレールの外側に立っていた。目の前の路肩にヘタリ込んでるチンクエチェントは、リアのエンジンフードのルーバーから黒い涙を流し、エンジンの真下あたりにオイル溜まりができてるように見える。このクルマに乗ってトラブルに遭遇したのは初めてというわけじゃなかったが、これはもうさすがに走れないやつだ。
救援に来てくれるというチンクエチェント博物館の深津館長のフィアット パンダとレッカーを待つ間、そんな状況にあるというのに、僕はぼんやりとこんなことを思ってた。
「いや、このクルマ路肩も似合うよなぁ……」
フツーの人からしたら、ただのアホにしか思えないだろう。でも掛け値なしに、僕はそう感じてたのだ。編集者時代から仕事の上でも個人的にも路上で往生なんていうのは何度となく経験していて、トラブル慣れしてるのはたしかだ。多少のことでは動揺などしない。けれど、最も大きな理由はほかにある。実際のところ、ホントにどこに置いても絵になるヤツなのだ。それに、いかなるときでもなごんだ気持ちにさせてくれるクルマでもある。1957年に生まれたこのちっぽけなクルマの、それはおそるべき魔力のひとつなのだ。
EVコンヴァートしたクラシック・チンクエチェントがなければ連載は実現しなかった!?
その抗いがたい魅力を持つチンクエチェントことフィアット500と一緒に暮らすようになったのは、ほんのちょっとしたことがきっかけだった。この出来事の半年ほど前、2020年10月29日のこと。チンクエチェント博物館がクラシック・チンクエチェントをEVにコンヴァートした1台をヨーロッパから持ってきて、フィアット500の新しい楽しみ方のひとつを日本国内に紹介する意味で、一部のメディアに向けた試乗会を行った。このコンヴァージョンEVについてはあらためてお伝えするつもりなのだけど、ともあれ、僕も声をかけていただいたわけだ。
僕はチンクエチェント博物館の皆さんとは古くからお付き合いをさせていただいていて、博物館主催のクルマ好きのためのイベントでずっとトークの仕事をさせていただいてたりもする。その関係でコンヴァージョンEVに日本のナンバープレートがついた直後に、テストに呼んでいただいている。つまり試乗済み。そのうえ僕はフリーランスのモノ書きであり、媒体そのものを持ってはいない。そこでもともとは同じ出版社の後輩であり、当時は別のWebメディアの編集長をつとめていた現AMW編集長の西山くんを誘い、会場だった東京・台場のガレーヂ伊太利屋さんにお邪魔した。
当日の現場には、サイモンくんというニホンジンなのにガイコクジンのような苗字を持った男が、エンジン版のチンクエチェントに乗ってきていた。彼が管理してる博物館の東京におけるデモカーで、いうまでもなくEV版との比較試乗用だ。ここでこれまで縁がなくフィアット500に乗ったことがなかった西山くんにそっちの方も体験してもらう。かつてはスーパーカーやスーパープレミアムカーを扱う雑誌を作ってたからどうかな……? と思ってたのだが、戻って来た彼は「信じられないくらい遅いけど何か楽しい」と満面の笑みだ。その彼が今では『FIAT & ABARTH fan-BOOK』の編集長も兼任してるのだから、運命ってヤツはおもしろい。
冗談から始まったフィアット500との生活
サイモンくんと僕は博物館を通じて知り合いとっくに親しいし、サイモンくんの本業は某ラグジュアリーブランドの広報車両担当だから西山くんとも顔見知り。3人ともクルマ好きなわけだから、そうなればクルマ談義が始まっちゃうのは自然の流れだろう。もちろんこの日の話題はフィアット500のEVと、サイモンくんが博物館から預かってボランティアのようにして管理してるブリックレッドのエンジン版500が中心だ。
やっぱり500ってワケわからない楽しさがあるよねー、なんてところから話が違う方向に転がっていったのは、今どきの自動車メディアを取り囲む状況はなかなかつらい、でも皆がんばってるよね、なんてところからだったか。紙の雑誌は前時代的どんぶり勘定がお目こぼしされてた以前の風潮から完全管理が強いられる方向にシフトして、おもしろいことがやりにくくなってる傾向にある。他業種から来たWeb媒体は経営陣の考え方としてそもそもおもしろさの追求に重きを置いてないところが多いから、企画モノや読み物はやりにくい。
僕「そう考えると、俺はホントにいい時代に編集者をやらせてもらってたんだなぁ……」
西山くん「僕はわりと自由にできてる方だと思うけど、それでもいろいろ厳しいですからね。やっぱりWebはどこも読者さんに楽しんでもらう記事より1クリック重視っていうのが基本ですから」
サイモンくん「嶋田さんの頃は好き勝手でしたよね。チンクエチェントとシトロエン2CVでどっちが遅いかレースみたいなことしたり、でかい男フル乗車で大阪まで走っていく自虐企画やったり」
僕「あのときは東名高速でどうがんばっても70km/hぐらいしか出なかった(笑)。そういう遅さにこのかわいさだよ。チンクエチェントってすっごくいいキャラ持ってる最高の題材なんだってば。みんな何となくであっても好きでしょ? いや、俺もだけどさ」
サイモンくん「じゃあ、このブリックレッド、嶋田さんが管理してくださいよ。僕、サラリーマンなんですから」
僕「チャラリーマンじゃん。それもだいぶスチャラカな」
サイモンくん「それに知人のクルマを引き継ぐ形で譲り受けたトライアンフ、このクルマがあるおかげで、ぜんぜん乗れてないんですよぉ。博物館にお願いしておくんで、嶋田さん管理お願いしますよぉ」
僕「いやいや、それは博物館がサイモンくんを見込んで管理を任せてるんだから、俺がでしゃばるのは筋が違うでしょ。まぁ俺の手元にチンクエチェントがあったら、毎日フツーにアシに使ったり、どんなに遠くに行くのでもそれに乗っていったりして、『週刊チンクエチェント』とか、企画しちゃうけどね。いつもの時間感覚で試乗会に向かったら遅すぎて15分遅刻しました、とか。真夏にノンストップで走ってたら熱中症になりかけたから車内でドライアイスを炊きながら走ってみました、とか。0-50mダッシュでスーパーカブと戦ってみました、とか。50年前の18psでおふくろの住む神戸に向かったら、普通のクルマなら半日で行けるのに途中で1泊するはめになりました、とか」
サイモンくん「そういうお馬鹿な記事って最近あんまり見ないから、やってくださいよ。絶対におもしろいと思うし」
西山くん「それ、ホントにやるなら、僕のところでやりません?」
僕「ホントにやることになんてならないから(笑)」
まさかそれがホントに向かっていくことになるとは、このときの僕は微塵も思っていなかった。冗談からコマになっちゃうのだから、運命ってヤツはおそろしい……。
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