2021年のスーパーフォーミュラで初めてのチャンピオンを獲得した野尻智紀(TEAM MUGEN)。シーズンを通して、7戦中3勝を挙げたわけだが、その3勝という数字以上に、2021年の野尻は強かった。実際、勝てなかった第3戦オートポリス、第4戦SUGO、第6戦もてぎも雨絡みで予選のアタックタイミングやガレージのポジションなどの影響が大きく、ドライコンディションだったなら間違いなく、現在の数字以上のリザルトを残していたに違いない。その2021年の野尻の強さを、周囲の関係者、ドライバーたちはどのように見ていたのか。関係者たちに聞いた。
●石浦宏明「野尻選手はエンジニアとともに共通の良いイメージがある」
【2021年編集後記】スタッフが選ぶ個人的名レースor名シーン。スーパーフォーミュラ編
2015年、2017年のスーパーフォーミュラ・チャンピオンで2020年いっぱいまで現在のダラーラSF19で参戦していた石浦宏明は、JMS P.MU/セルモ・インギングでアドバイザーという立場で現場に携わりながら、野尻の走りを興味深く見ていた。
「以前からドライビングはすごく丁寧にクルマを動かすタイプだと思っていたのですけど、2021年シーズンもその印象はあまり変わっていなく、多少コンディションが変化してもキレイにタイヤを使う乗り方だと思っていました。そのなかでも、2021年はコーナーの入口側で多少リヤが出かけても、以前よりもそれを許容して走っていて、クルマもそこでリヤが出てもズバッと滑ってしまうのではなく、コントロールできる(リヤの)出方をしているように見えます」と石浦。
「たとえばSF14のころは、野尻選手のオンボード映像では後ろがベタッと路面にくっついていて、それをキレイに使って走り、それを超えてスライドさせたりみたいなことはあまりない印象でした。ですが、SF19で速く走っているときの野尻選手のオンボードを見ると、コーナーに入る瞬間は少し(リヤが)出たりしながらも抑え込んで走っていて、コーナー出口ではキレイに前にクルマを進ませる感じに見えます」
2021年の野尻の乗り方の変化とともに、担当の一瀬俊浩エンジニアとのコンビネーションについても石浦は触れる。
「そういった走り方の変化で何がすごいかと言うと、そういったイメージのクルマを、エンジニアといろいろなタイプのサーキットですぐに合わせ込んでいることです。おそらくドライバーとエンジニアに共通で良いイメージがあり、サーキットで走り始めたときに合っていなかったとしても、おそらく一瞬でというか、1セッションが終わるころには自分たちが理想とするような方向に(クルマを)すぐ持っていけるんだろうなという気がします。走り出しはあまり上位に来ないときもありましたが、それでも決勝までにはしっかりと順位を上げていけるクルマに間に合わせるんですよね。
これまでのチャンピオン争いは、それぞれのドライバーが得意なコース、サーキットで大量得点を稼いで、得意ではないラウンドでしのぐという戦い方で最終戦を迎える形が多かったが、2021年の野尻智紀と一瀬エンジニアのクルマが明らかに苦手としていそうなラウンドは見られなかった。
「そうなんです。近年のスーパーフォーミュラは毎年そうだったのですが、いろいろなタイプのサーキットでまんべんなく速いのは難しいです。これまでは明確にこのコースに行くと誰々が速い、どのチームが速いということがあるのに、今年の野尻選手はそれをまったく感じさせない、どのコースに行っても(野尻選手が)必ず来るという。もちろん、どのドライバーもそれを目指しているのですが、実際には難しい。それをエンジニアとしっかり同じイメージを持って戦えているんだろうなという印象です」
「おそらく野尻選手もSF19になってからドライビングスタイルを少しアジャストして変えていると思います。それができていることもすごいことですし、そもそもエンジニアに対して正確なフィードバックができないと短時間でクルマを仕上げるのは難しいと思うので、クルマに対する研究熱心さも、そういったところにつながっているのではないかなと思います」
その野尻のクルマの特徴を、石浦は以下のように表現する。
「コーナー入口側で何も起こらないクルマだとアンダーステアが強くなります。その状態だとドライブするのは比較的簡単なのですがタイムは出ない。それを、旋回性がしっかりとある状態でトラクションもなければいけないという、普通に考えたら相反することを両立しないといけないのが難しいところですが、野尻選手のクルマはそれが両立できているからこそ速いのだと思います。常にクルマが旋回性を持っていて、なおかつトラクションもあるということだと思います」
ポールポジションを獲得した時の野尻選手のオンボード映像では、ステアリング操作がなめらかでスムーズに運転しているように見える。
「よくクルマが決まっている時のポールポジションのオンボード映像は運転が簡単そうに見えますし、僕がポールを獲った時もよく言われていました。野尻選手がポールポジションを獲得したり優勝したりするときもすごくキレイに走っていますが、よく見ると¥やはりクルマの次元が高い。『スライドしていても、滑っている次元が高い』ということがあると思います」
【動画】2021年第1戦富士 予選Q3フルオンボード 開幕ポール 野尻智紀 TEAM MUGEN
●伊沢拓也「クルマで嫌な部分があっても、アプローチを変えて我慢していいところを使って走っていた」
Red Bull MUGEN Team Gohの一員として、スーパーフォーミュラデビューを果たした大津弘樹のアドバイザーを務めた伊沢拓也。チーム名は違えど、同じ無限メンテナンスとして、大津と並んで走る野尻をシーズンを通して見てきたなかで、伊沢も2021年の野尻の変化を感じていた。
「2021年の野尻選手を見ていての僕のイメージになりますが、もともと野尻選手はとても速い瞬間はあったのですけど、その時はイメージとして、自分の好みにあったクルマを作り上げていって、自分が思うようなクルマになった時にスピードを発揮していたように見えます。でも、2021年の野尻選手はクルマのセットアップを『どういうクルマで、どういうふうに速く走ろう』という目標に向けてクルマを作っているように感じて、クルマの挙動でちょっと嫌だなと思う部分があっても、そこは我慢しながらクルマのいいところを使って走っていた印象があります」
「もちろん、クルマの進入から出口までいつもすべていいわけじゃないですけど、これまではちょっと調子が悪い時、クルマが決まっていなくて、自分が嫌な感覚だなと思っていたときは、行ききれない時があったと思うんですけど、そこを我慢じゃないですけど、たぶん運転の技術で自分でどうにか、そのネガティブを消して走らせていたように見えました」と伊沢。
「そういったアプローチがあるので1年を通じて、どのサーキットでも強さを発揮できたのだと思います。『このサーキットの、このコーナーをこう走りたいからクルマを作っている』というよりも、このクルマをどうやったら速く走らせられるか、今、このダラーラのクルマのどこをどうしたら速く走らせられるか、という感じに見えました」と続ける。
そして伊沢も石浦と同じく、エンジニアとのコンビ力の強さに触れる。
「1周、1コーナーの最初のコーナーから最終コーナーまで今までなら完璧なクルマとドライビングで自分の理想を求めていたのを、2021年の野尻選手は担当の一瀬エンジニアとクルマを作り上げる目標があって、それに向かって進めて、あとは自分のドライビングで合わせるという感じですね。本人の運転の技術、引き出しが増えたのか、それとも考えを変えてそうなったのかはわかりません。ただ、ドライバーは誰もが自分の持っている技術で走りたいわけで、その技術を上げるとか引き出しを増やすというは簡単にできることではない」
「それでも、今年の野尻選手の予選で速いタイムでポールポジションを獲ったときのオンボード映像を見ても、クルマが決まっているわけではなく、調子がいいようには見えなくても、すごく上手く走っているなという印象でした。たぶん、今のこのコーナーは満足していないだろうなというのが見えつつ、今までだったらその部分を直しているだろうけど、そこは自分のドライビングで帳尻を合わせて、今のクルマのいいところをなくさないようにしているように見えました」
●ホンダ佐伯昌浩エンジニア「ほぼ全勝に近いくらいのレース。自分のチームを作り上げた」
エンジン供給サプライヤーとして、そして長年、野尻を見てきたホンダの佐伯昌浩エンジニアも、2021年の野尻がこれまでにないほど、圧倒的に抜けていたと感じている。
「強さの秘密は分からないですけど、野尻選手はTEAM MUGENで3年目ですよね。ちょっと予想より時間は掛かりましたが、結局は『チームを作り上げる』というところをしっかりとできたことが強いクルマにつながったのかなと思います。ですので、1年目、2年目で結果が出たかというとそうではないと思います。このスーパーフォーミュラというカテゴリーは、ほとんど僅差で決まるようなレースばかりなので、ちょっとした食い違いがあるだけでもうまくいきません」
「野尻選手は、そういった僅差で決まるなかで、強いチームを作るだけの努力をしてきたのだと思います。2021年はどのサーキットに行っても強かったですし、たとえ予選がうまくいかなくても決勝でしっかりと上がって来られるクルマとチーム力がありました。そんなチームを作れたというのがチャンピオンへ到達する道だったのかなと思います」
「もちろん、野尻選手を支えたTEAM MUGENとしての力もあると思います。ですが、2021年シーズンの野尻選手はほぼ全勝に近いくらいのレースができているので、TEAM MUGENをうまく自分のチームとして作り上げたところがチャンピオンにつながったのだと思います。やはり、若返りや、ドライバーの行き来が多いカテゴリーではありますが、移籍した先での1年目、新人がステップアップしてきた後の1年目で勝つことはできても、チャンピオンを獲るにはちょっと難しい、それくらい僅差なカテゴリーが今のスーパーフォーミュラです」
2022年も引き続き、野尻智紀の強さが続き、7戦3勝以上の成績を挙げたとしても、まったく驚かされることはないくらい、2021年の野尻智紀はリザルト以上に強かった。
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