ソ連偵察も中国気球も経験
1955年8月1日、アメリカ・ネバダ州の砂漠地帯にある空軍秘密施設「エリア51」から、異様に長い主翼を持つ機体が初飛行しました。UFOなど陰謀の噂の絶えない秘密飛行場から飛び立ったのは、ロッキード社が開発した高高度偵察機U-2「ドラゴンレディ」です。冷戦期、ソ連の奥深くを偵察するため、アメリカ中央情報局(CIA)の予算で造られたこの機体は、就役から70年を迎えた現在も飛び続けています。
1950年代初頭、冷戦時代ソ連の情報は「鉄のカーテン」の向こう側に隠され、アメリカの映像情報といえば第二次世界大戦中にドイツ空軍が撮影した写真が頼りという状態。このため、急速に配備が進む核兵器をはじめとするソ連の最新情報収集は、緊急の課題でした。
そこでカメラを気球に取り付けて大量に放球するという「プロジェクト・ジェネトリックス」が1956年1月に実施されます。気球は確実性にも精度にも欠け、稚拙とさえいえますが、それだけアメリカが焦っていたということです。
しかしこの焦燥感から、とんでもない偵察プラットフォームが構想されます。ソ連の迎撃機が到達できない高度2万m以上を巡航し、作戦半径約2800kmを達成できるという偵察機開発の提案依頼書が発出されます。通常の旅客機の飛行高度である約1万mの倍の高度まで上がることを要求したのです。
その要求に応えたのが、ロッキード社でした。完成したU-2は、空気の薄い高高度成層圏を飛ぶためにグライダーのような長大な主翼を備えた単発機でした。徹底的に軽量化され、着陸装置は通常の三輪式ではなく自転車のように前後1輪ずつを直線に配置。離陸時には「ポゴ」と呼ばれる補助輪を翼の中ほどに取り付け、滑走中に脱落させました。
操縦は非常にシビアです。パイロットには宇宙飛行士のような与圧服が必要です。高高度では失速速度と最大速度の裕度は19km/h程度しかなく、少しの操作ミスで失速してしまいます。
逆に低高度では揚力が強すぎて、着陸は地面効果が作用して難しく、完全な失速状態でようやく接地することができます。しかも機首が長く、パイロットは宇宙服のヘルメットを着用しているため、滑走路がよく見えません。そのためU-2の別のパイロットが滑走路を車両で追走し、高度や向きを指示して操縦を支援しなければなりません。
任務もシビアでした。U-2はしばしば「鉄のカーテン」を越えてスパイ飛行で領空侵犯しました。機密保持のため、当初はパイロットに任意で自殺用の青酸カリカプセル「Lピル」が支給されました。実際に使用されたことはありませんでしたが、誤飲事故は発生しています。
有名になっても失われなかった「存在意義」
1956年7月、ソ連領空に初めて侵入偵察しますが、ソ連軍は迎撃できず、体面を保つため領空侵犯を公にして抗議することもしませんでした。
CIAによるとU-2の領空侵入は約20回とされていますが、1960年5月1日、ソ連軍は地対空ミサイルでU-2の迎撃に成功します。「U-2撃墜事件」です。アメリカはスパイ飛行を否定し、NASA観測機の不慮の越境事故と偽るつもりでした。パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズは「Lピル」は使わずとも高空で撃破されれば生存は不可能、機体はバラバラで証拠は無いと見なしていたのです。
しかし、パワーズは捕虜となり、公開裁判でスパイ飛行であることを認め、その様子が対外宣伝に利用されてアメリカの外交的失点になりました。U-2のシビア過ぎる任務はパイロットに「宇宙飛行士+スパイ」という無茶なスキルを要求したのです。
ちなみに撃墜されたU-2の残骸は丹念に回収されてソ連で分析され、コピー機の開発が試みられましたが、最終的に放棄されています。さすがのソ連でもシビア過ぎる機体の真似は難しかったようです。
1960年代には秘密スパイ機U-2は有名になってしまい、他の撃墜事案や事故、人工衛星の登場で一時は退役の噂も出ましたが、衛星にない柔軟性と即応性、精度が期待できるISR(情報・監視・偵察)プラットフォームとして存在意義がありました。
CIAは1970年代に運用を止めたといわれますが、機体は1989年まで生産が続けられ、現在も31機が現役で空軍やNASAの宇宙開発、南西部国境の監視任務や海外での情報収集などに運用されています。
2023年にはアメリカ本土を横断した中国の偵察気球に接近し、上空から撮影を行っています。アメリカも過去に偵察気球を飛ばしていたことから、なにやら因縁めいたものを感じます。
進化した分散型ISR衛星コンステレーションの整備が進んでおり、米空軍は2026年度に残存するU-2全機の退役を予定しています。
しかし、高高度偵察プラットフォームは放棄されるわけではありません。ステルス偵察ドローンRQ-180や、次期ステルス爆撃機B-21「レイダー」のISR機能がU-2の後継として想定されています。「秘密スパイ機で有名」という矛盾する異形機でしたが、高高度偵察のみに特化した存在自体がアメリカの国力を象徴していました。70年もの長寿だったのには理由があります。(月刊PANZER編集部)
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みんなのコメント
しかし…原形が「最後の有人戦闘機」F‐104スターファイターっていうから驚きました、さすが「スカンクワークス」「ケリー・ジョンソン」…!!
そして今でも重宝されているし
日本ではまずそんなものいるの?代用効くよねと財務官僚どもが寄ってたかって潰しにかかるから新たな価値観の兵器は開発すら不可能
国が滅びても財務状況が良ければ勝ったと思ってるアホ官僚