あらゆる分野で時代を切り拓く先駆者たちを称える「GQ Creativity Awards(クリエイティビティ・アワード)」。2025年の受賞者のひとり、陶芸家・安永正臣のクリエイティビティの源とは?
「例えば、街中で目に入った、解体されて半分壊れたまま残っている建物、また、ロンドンを旅していたときに行ったハイゲイトセメタリーなども心を動かされた風景です。ハイゲイトセメタリーは森の中にある墓地で、おそらく昔は墓標が綺麗に並んでいたのだろうけど、今は蔦が生い茂り、木の根で墓標が押し上げられていたりして、そこには、僕ひとりでは体験できないほどの時間が内包されているというか、人が作った空間が自然に還っているような感じを受けたんです。僕の場合、そういった景色を美しいと思うことが多く、作品のインスピレーションになっているケースもあります」
建築コレクティブ、GROUPが生み出す領域横断的シームレスな空間──GQ クリエイティビティ・アワード2025
陶芸家・安永正臣に作品の着想源を尋ねると、穏やかで丁寧な口調でそう話してくれた。近年、海外にも作品発表の場を広げ、活躍目覚ましい安永。表面に石やタイルなどが残り、どこか遺物のような、どこか風化したような質感を持つ彼の作品は、遠い昔に作られたもののようにも見えるし、また現在作られたものが経年変化し、未来からタイムマシンに乗って戻ってきたようにも見える。まさに安永を触発する「自然に還っていくもののすがた」や「人ひとりでは体験できないような時間」が、それらの作品から確かに感じられるのが面白い。
窯はタイムマシンのような存在その作品づくりの核となるのが、窯に入れて焼く焼成という行為と、それによる素材の変化だ。「陶芸というものづくりの中でも焼成は特殊な工程だと思っています。作ったものが自分の手から離れ、自分からは見えない窯の中の熱や圧力によって変化して現れる。僕の場合、釉薬という粘土より融解点の低いものを生素地のメインに使っているので、他の作家の方の作品よりもその変化が大きいんです。その焼成によって起こる姿形の変容は、僕の中で、人工物が自然物に還り、風景が変わっていくことにも感覚的に似ているところがあります。その意味で、窯は、ものすごい時間を行き来する“タイムマシン”のよう存在だと思っています」
陶芸に関心を持ったのは、高校生の時。友人の誘いで訪れた大学のオープンキャンパスで星野曉の作品を見たのがきっかけだ。星野は戦後日本の前衛陶芸集団「走泥社」のひとり。ブラックホールのように黒い「黒陶」を使った彫刻やインスタレーションなど、従来の「用のための器」に留まらない作品を展開してきた。そこで星野の巨大なスケール感に衝撃を受けたという安永は、その大学に入学後、星野の研究室に在籍し、作品を作り始めていく。
だが、次第にその関心は焼き物の造形性よりも、焼くことで生じる変化のほうに向いていき、釉薬をベースにした陶器づくりに挑んでいった。この釉薬とは器の周りをコーティングし、色や艶を出したり、強度を高めたりするためのガラス質の素材。粘土より融解する温度が低いため、窯の中でドロドロの液状になる。窯の中で大きく変容するその特性に着目したのだった。問題は、窯の中に入れてもそのかたちを留めるようにすること。そこで、安永は、釉薬をベースにした焼成前の生素地を、砂や石、土に埋めて焼くという独自の方法を編み出していく。
焼成のコントロールは自分にしかできないこの日、安永のアトリエには、数日前に窯出しされた制作中の作品も置かれていた。周りには石や砂がついたままで、この後、不要な石や砂を落とし、表面を磨き上げていく。そうすると釉薬による色や艶が表面に現れ出る。少し歪んだようなかたちをしているのは、窯の中で液状になった釉薬が重力の影響を受けるため。「場合によっては器の内部を埋めるための砂や石の内圧で、器が膨れたりもします。それで、言ってみれば、鈍臭いかたちになっていくんです」
生素地の調合から手捻りによる造形と装飾、焼成など、さまざまな工程を数人のアシスタントがサポートしてくれるというが、やはり、焼成は1から10まで自分でやらないと気が済まない。
「焼成は、温度を上げていったらいいのだろうと思うかもしれませんが、実際は、釉薬の溶け方や温度の上がり方、窯の中の状態をうまくコントロールしていくことが重要なんです。特に僕の焼成スタイルは独特。そのコントロールは僕にしかできないと思っていますし、そうしないと納得いく作品にならないので」
窯の中は見えない。しかしコントロールする。不思議なことだ。「その際によりどころにするのは“想像”や“勘”ですか?」と尋ねると、安永は「経験です」と明確に答えた。焼くという行為を20年近く続けてきた。以前は薪窯をゼロから自作したこともある。
「窯を造るレンガから自分で作ったんです。カッコつけた言い方をすれば、レンガづくりから全部、窯を作ることを自分で経験したかったのですが、内情としては、お金がなかったというのもあります(笑)。加えて言えば、僕は、作品づくりにおいても毎回、“どのタイミングでどのくらい温度を上げると、釉薬がどう変化するか”の記録を細かく取りデータ化しているんです。そして、焼成された作品とデータを比べ合わせ、“こうやったら、こうなる”というのを繰り返し確認してきました。その経験があって、窯の中をある程度予想できるようになりました」
「自分の関心に素直でいること」一途に火と釉薬と向き合い、試行錯誤しながら作品づくりを行ってきた安永。クリエーションで大切にしていることを問うと「自分の関心に素直でいること」「鮮度の高い経験を求めていくこと」と答えた。そのひとつが、昨年から始めたモザイクタイルの作品シリーズだ。立体的な器ではなく、平らな板状にした釉薬の生素地に小さなカラータイルを並べて焼き上げたもので、今年、リッソンギャラリー上海で開かれた個展ではその新作が壁に掛けられて展示されていた。
「それ以前も、器の表面にタイルを貼って焼き上げるような作品も作ってきましたが、その中で、自分の制作をどうしたら新しく拡張できるだろうと考えた時に行き着いた先がモザイクタイルでした。これまで絵を描いた経験が全くなかったのですが、この一連の作品づくりの中で、図案を水彩絵の具で描いてみたりもしました。そういったこともすごく新鮮な体験でもありましたね」。なお、このモザイクタイルの作品は、土台部分に釉薬の生素地を使っていることで、安永らしさが残っているのも面白い。
「この作品も、器と同じように、砂に埋めて焼き上げるのですが、その際やはり釉薬が溶けるので、モザイクタイルが微妙に動き、イメージが揺らいでいくようなことが起こるんです。ただ、僕が重要視しているのは、それを狙いすぎないこと。作家の自我を超えて、結果的に“そうなる”という変化を許容して作品を作ることは、僕が変わらず大切にしていることのひとつです」
現在はアートギャラリーに所属し、工芸家だけでなく美術家たちとの接点も増えたという。同世代の美術家から影響を受けることもあるのだろうか。
「直接作品に、というわけではありませんが、同じ時代を生きている者として影響は受けていると思います。昨年、同じギャラリーに所属するLAを拠点とする作家が、僕のアトリエで滞在制作を行い、絵を描いていきました。そこで僕は初めて油絵の具の匂いを嗅ぎ、筆とキャンバスが擦れる音を聞いて、白いキャンバスの上にどんどんイメージが現れていくのを目の当たりにしました。それも、僕の新しい経験でしたね。そしてその際、“正臣も描いてみなよ”って、その作家が絵の具と筆とキャンバスを残していったんです。それで夜な夜な絵を描いていたりもします。もちろんそれは、人に見せられるものではありませんが、そういうことがまた未来の僕に影響を与えるかもしれません」
加えて、この6月、安永にとって新鮮な体験になるだろう楽しみな企画がある。自身が所属するノナカ・ヒルギャラリーの京都スペースで、星野との2人展を開くのだ。これは安永自身が企画したものだという。星野は安永の人生の流れを大きく変えた人物。今後の目標を聞いた際も星野の名を挙げならがこう答えていた。「星野先生の作品を初めて見た時の衝撃はもちろん、その後も星野先生を知っていく中で、陶芸という表現でこんなこともできるんだということを学んでいった部分もあります。生まれたてのひよこが初めて見たものを親と思うみたいな感覚に近いのかもしれませんが、目標の姿としてあるのは、星野先生。僕はまだ、星野先生のようなレベルで制作できているとは思っていませんが、例えば星野先生の作品のような規模感、展示のスケール感みたいなところに、自分が納得できるかたちでチャレンジしていきたいとは思っています」
【安永正臣に影響を与えた3つのもの】星野曉の作品戦後の前衛陶芸集団「走泥社」のメンバーであった星野は、安永が陶芸に関心を持つきっかけとなった人物だ。「星野先生の作品を通して、巨大な作品やインスタレーションなど、従来の枠を超えた陶芸の世界があることを学びました」
アントニ・タピエスの作品集「TÀPIES」ギャラリーに所属するまで美術には関心がなかったという安永が、昔、古本屋で購入した1冊。「陶芸家と画家では、素材に対する身体感覚が異なると思っていましたが、彼の絵からは不思議と自分と近いものを感じます」
野崎島長崎県・五島列島の野崎島は母の生まれ故郷。「今は無人島ですが、人が住んでいた痕跡が残っていたり。その風景が印象的でした」。銀座メゾンエルメス フォーラムでの『エマイユと身体』展では、この島をリサーチして作った作品を発表した。
【陶芸の枠を超え、世界を魅了する彫刻的作品】モザイクシリーズも並ぶLAでのソロエキシビション安永が所属するLAのアートギャラリーである、ノナカ・ヒルギャラリー。そこで2023年に開催した個展『石拾いからの発見』では、表面に手作りのタイルを貼り付けて焼いたモザイクの器のシリーズなど、約70点の最新作品を発表し、大きな話題を集めた。この展覧会でも、ギャラリー内の暗室に土を敷き詰め、土の上に直に作品を置くようなインスタレーションも展開した。
子どもの誕生を機に生まれた動物モチーフ《Empty Creature(空虚な生物)》(2024年)。安永はこうした鳥や牛などの動物をかたどった器のシリーズを2015年から制作している。「息子が生まれた時に、入れ物型の生き物、あるいは入れ物としての肉体のような造形物を作りたいと思って、ふと思いつきで始めたのがこの動物型の器のシリーズです。ただ僕は、作りながら思考整理をしていくタイプで、今改めて思えば、それは命の入れ物、魂の入れ物みたいなものを作りたいっていう衝動の表れだったのかもしれません」
釉薬を焼成して生まれる独特の表情《Melting Vessel(溶ける器)》(2024年)は釉薬をメイン素材にした安永の代表的なシリーズのひとつ。釉薬をメインにした生素地を使うことで生まれる独特のかたちと風合いが魅力的だが、釉薬の種類や調合、周りを囲む砂や石などの素材やサイズによっても、焼成後の作品の表情は変わってくる。「完成イメージはある程度あるものの、それを目指して作品を作るのではなく、ものが自分の手を離れ、窯の中の温度や圧力によって、結果的に“そういうかたちになっていった”という感覚を大切にしています」と安永は言う。釉薬の変化に伴って焼成後に変わって現れ出る表面の紋様や、付着した小石による表情も安永作品の醍醐味だ。
安永正臣/Masaomi Yasunaga1982年大阪府生まれ。大阪産業大学に入学後、星野暁に師事。釉薬を支持体にした独自の技法で陶芸作品を制作する。主な展覧会に、銀座メゾンエルメス フォーラムでの『エマイユと身体』展(2023)、リッソンギャラリー上海での『Treading the Earth』(2025)など。この秋には上海ビエンナーレにも出展予定。
写真・福森クニヒロ 文・松本雅延 編集・橋田真木(GQ)
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