アイコニックなラグジュアリーアイテムが心に響かなくなったとき、何に贅沢をするかも変わってくる。あるライターにとって、それは希少な体験を提供してくれる家具だった。
冬の初め、曇り空のある日、私はペンシルベニア州ニュー・ホープ郊外の森へと車を走らせた。向かう先は1940年代半ばからある、ジョージ・ナカシマの名を冠した家具工房だ。頭上ではイロハモミジが燃えるように色づき、濡れたブルーストーンの小道に黄色いイチョウの葉が広がっている。私がここに来たのは、一脚の家具を買うためだった。ナカシマがシンプルに「ラウンジ・チェア」と呼ぶ椅子である。そしてそのために、私は唯一持っていた腕時計──コレクターの間で黒と青のツートンベゼルで知られるロレックス「GMTマスターII “バットマン”」──を手放した。
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どうしてそんなことをしたのか?
ひとつは、この「ラウンジ・チェア」がジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズのほとんどすべての作品と同様に、美しく唯一無二のデザインだからだ。この椅子は41年にシアトルで工房を設立したナカシマによって、59年に初めて作られた(彼は第2次世界大戦中にアイダホの日系人強制収容所へ送られており、東部で事業を再開したのは大戦終結後の46年のことだった)。
座面は鉋で削られ、臀部に快適にフィットするよう、緩やかなカーブを描くザグリが施されている。床面からの高さは約33cm。前方に向かってやや上向きの角度がつけられている。背もたれは丁寧に削り出された紡錘形のチェリー材で構成され、蒸して曲げを施したウォルナットの笠木を支える。脚は頑丈なウォルナット製で、前脚は垂直に、後脚はより角度をつけて外側に広がっている。布やクッションは使われていない。私の椅子の座面は集成材で作られ、真珠のような光沢を放っている(ナカシマの家具はすべて、十分にオイルで仕上げられてから出荷される)。
モノとしての「希少性」よりも大事なもの
「父はかつて『いいデザインはいいデザインだ』と言っていました」と語るのは、ジョージの83歳の娘であり、90年に死去した父を継いでスタジオを率いてきたミラ・ナカシマだ。「時代が変わったからといって、デザインを変える必要はないんです」
私は今、「コノイド・スタジオ」と呼ばれる、ドラマチックに湾曲した屋根が印象的な彼女のオフィスにいる。「私たちの家具について、本当にそう思っています」と、彼女は続ける。「父のデザインは最初から素晴らしいものでした。父が『ニュー・チェア』と呼んだ椅子があります。56年のデザインですが、今でも『ニュー・チェア』と呼んでおり、昔と同じ製法で作っています」
とはいえ、私が時計を椅子に替えたより大きな動機は別にある。私は昔から買い物好きで、モノにこそ価値を見出してきた。しかし、最近は単にタイムレスであるだけでなく、より「希少」だと感じられるものを求めるようになった。それは単なる生産数の少なさには限らない。共感できるか、自分にとってなくてはならないものと思えるか、年月や物語の積み重ねがあるか、手仕事で作られたものか──。つまり、希少な「体験」こそが重要になってきたのだ。時計をはじめとしたラグジュアリー商品からは、ここしばらくその感覚を得られていない。“バットマン”やエルメス「バーキン」は確かにモノとしては長持ちするが、自分との関係においてはむしろ短命にすら感じられる。
一方、家具はそうではないように思える。最近では「家こそ新しいファッションだ」という主張も聞かれるが、それがどれほど決定的で持続的なものかには懐疑的だ(そもそもなぜ一方が他方に取って代わる必要があるのか?)。ただ、少なくとも私にとっては、家具の魅力は創造性を肌で感じ取れる点にある。私たちは家具とともに暮らし、その上に座り、そしてその中に包まれて生活するのだから。
たとえばミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナチェア」。片持ち構造のスティールベースとアイコニックなボックス型クッションが特徴のこの椅子は、彼が設計したニューヨークのシーグラム・ビルディングを彷彿とさせるし、彼の作品全体から一貫して漂う上品で古典的な美意識の不思議な引力も感じさせる。あるいはより現代的なところに目を向けるなら、リック・オウエンスの手がけるブルータリストな家具はどうだろう。大理石の板や重厚な金属、鹿の角などが彼のオルタナティブな服と完璧に調和し、見る者を惹きつけるその美学から決して逸脱しない。
ミラの意見は──少なくともジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズに関しては──次のようなものだ。「父のデザインに寄せられる関心は、これまでも途切れることがありませんでした。世界はますます手仕事から離れ大量生産が増えていますが、お客さまは私たちの仕事はそれとは違うと、特別なものなのだと気づいてくれているのだと思います」
もしかしたら私は考えすぎかもしれない。単に年齢を重ね、派手さよりも落ち着きを求めるようになっただけかもしれない。しかし理由が何であれ、限られた予算のなかで何に贅沢をするかを選ぶのであれば、今の私にはジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズがしっくりくる。いわゆるクワイエット・ラグジュアリーというよりも、永続的なラグジュアリーといったところか。
現在でもナカシマの家具のほとんどは受注生産で、納期は約1年、複雑な注文ならそれ以上かかる。ただし、私が購入した椅子はすでに完成していた。ニューヨークのメトロポリタン美術館で長年展示されていたものだ。ミラはその底面に美術館の愛称である「The Met」の文字を記していたが、決済後に私の姓も加えてくれた。名前を刻むのはナカシマの長年の慣習である。(ちなみに、この椅子の価格は4500ドル(約70万円)。“バットマン”の中古価格よりも安い。)
ニュー・ホープから出荷される家具はすべて一点物だ(ノル社を通じていくつかのデザインがライセンス生産されているが、それらも木目はすべて異なる)。しかしおそらく最も重要なのは、ミラとその家族が静かに語る洞察や仕事ぶりが、前述の共感度をさらに深めている点である。
あるとき私は、敷地内の倉庫に保管されている大量の木材の調達先についてミラに尋ねた。「主にこのあたりです」と、彼女は窓の外を指し示しながら答えた。「バックス郡の樹木医と一緒にね」。それらは主に嵐で倒れた木なのかと私が訊くと、彼女は「そうでもありません」と言う。「ウィンドシェイクを起こした木もあります。外見は問題なくても内部が割れているんです。それが美しい木目を生むこともあれば、ひび割れで終わることも。風に晒される場所で育った木もウィンドシェイクを起こしがちです。風の中で生き延びるうちにね」
さらに彼女は、ジョージの時代の木材も残っていると明かした。「70年代に父が購入した木材の山が、今もひとつ残っています」
いつか、仮に予算が許せば、コレクションを増やすこともあるかもしれない。木の股の木目を自然のまま活かした「コノイド・ベンチ」や、割れを留めるための蝶チギリが施された「フレンチマンズ・コーブ」ダイニングテーブル。あるいは、ミラ自身が手がけたデザインもいい。彼女は音楽家の友人たちのために、演奏時の動きを妨げないよう小さく湾曲した背もたれを持つ「コンコルディア・チェア」を作った。または、彼女がオバマ大統領のためにデザインしたものにも似た、大きなコーヒーテーブルを手に入れるかもしれない。「裏に書いた言葉を彼が読んだかどうかはわかりませんが」と、彼女は笑う。何と書いたのかと訊くと、「ただ、世界平和を推し進めてほしい、と書いただけですよ」と答えた。
あるいは最も魅力的なのは、何十年も前に構想されたにもかかわらずまだ作られたことのないデザインかもしれない。「父の残したもので、私も知らなかった新しい発見が今でもあるんです」と、ミラは雲が切れ始めた空を見上げながら語る。「そのすべてを見つけ出すことは、きっと永遠に叶わないでしょう」
その言葉の通りになるかは、時の流れが教えてくれることだろう。ただ私の場合、それをロレックスで確かめることはもうない。
From GQ.COM
By Nick Remsen
Translated and Adapted by Yuzuru Todayama
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