この記事をまとめると
■一部のクルマは生産される工場によって中古車の価値が変わる場合がある
【ニッポンの名車】あり得ないほど贅沢な専用設計! FRオープンスポーツ・ホンダS2000
■スカイラインGT-Rの場合は村山工場製が高い評価を得ている
■S2000は高根沢工場製が中古車市場でプレミア価格になっているケースがある
生産工場でクルマの価値が変わる場合もある
なにか食材を買うとき、もしくは飲食店でなにかを食べるとき、食通であれば産地にこだわる人は少なくない。非常に安直だが、たとえば牛肉であれば松阪牛や飛騨牛といった和牛は有名だし、マグロであれば大間産なんてのも広く支持されていて、価格もやはり一般的なモノより値が張るし、味もブランドを背負ってる以上、それなりに約束されていることがほとんど。そういえば家電でも、かつてシャープのテレビが「世界の亀山モデル」なんて謳っていた気がする。
そんな食材や家電における産地を信仰するような形で、じつはクルマでも産地が注目されているモデルがいくつか存在している。その一例を今回は紹介したい。
まず有名なのは、世界的に人気があり中古車価格が上がり続けている日本の至宝、第2世代GT-Rにおける最終モデル、R34スカイラインGT-R(以下:R34GT-R)の1999年1月から2000年9月まで生産された前期型と後期型の一部だ。そもそもR34GT-Rはいまや高額すぎて、どんなグレードであっても高くて手が出ないのだが、なかでもこの初期型は「村山工場製」とファンたちの間では呼ばれているモデルで、特別視されている。
村山工場というのは、東京都武蔵村山市にかつてあった日産の工場で、ここはスカイラインを語る上で欠かせない、プリンス自動車の工場として1962年に創業した歴史ある施設だ。プリンス自動車の量産第1号車であるプリンスグロリアもここからラインオフされているし、歴代スカイラインGT-Rもここから出荷されていたことから、スカイラインGT-R発祥の地としても、日産ファンに支持されていた(いまも記念碑が残っている)。
しかしこの村山工場、日産の経営状況悪化を改善するために、当時の社長であったカルロス・ゴーン氏が打ち出した「日産リバイバルプラン」によって、2001年3月に閉鎖されることに。プリンス自動車の灯火が消えてしまった瞬間でもある。
このタイミングで、FR車の生産は栃木工場へ、FF車を中心としたそのほかのモデルは追浜工場(こちらも閉鎖が決定)と九州工場に移管された。R34GT-Rは村山工場閉鎖後、栃木工場で生産されることになった(エンジンは横浜工場で組み立て)。
つまり、このR34GT-Rの村山工場製は、プリンス自動車から続くGT-RのDNAを受け継いだ最後のモデル……ということになる。村山工場製モデルのコーションプレートには、プラントコードであった「5」の数字が刻まれているので、これを見るとどこ生産のR34GT-Rかわかるようになっている(年式でもわかるが……)。
なお、この村山工場で生産されたR34GT-Rだが、のちの栃木工場モデルと何が違うのかといえば、マイナーチェンジ前とマイナーチェンジ後という仕様の違いはあれど、とくに大きな差はないとされている。しかし、噂によると村山工場生産のR34GT-Rは、スポット溶接などを職人がより丁寧に行っていたという話が、一部マニアの間でなされている。
また、「後期型は栃木工場製」といわれているものの、ディーラー向けの展示車などに向けてごくわずかながら村山工場製の後期型も存在しているそうで、こちらは超激レアモデル。いわずもがな、プレミア価格となっているとのこと。とくに村山工場製のV-SPEC II はほとんど存在せず、とんでもないプライスをつけることも。
つまり、GT-Rファンにとって村山工場製というのは特別なのだ。なお現在、村山工場の跡地は大型ショッピングモールとなっているほか、プリンスの丘公園という公園も作られており、プリンス自動車の名残を感じることができる。
日本のスーパースポーツのDNAを受け継ぐ工場から生まれた名車
さて、クルマの産地の話をするにあたって、もう1台欠かせないモデルが存在する。それがホンダにおける唯一無二のFRスポーツ、S2000だ。このS2000のなかでも、1999年4月から2004年3月までの期間で生産されたAP1と呼ばれる前期の2リッターモデルは、栃木県の高根沢工場で作られていた。この高根沢製もまた、先のR34GT-Rと同様に、ファンから信仰されているモデルとなっている。
しかし、なぜ高根沢工場製が支持されているのか。それはこの場所がホンダにとって特別な場所だったからにほかならない。ここ高根沢工場は、ホンダが世界初のオールアルミボディを取り入れた初代NSXを生産するために作ったファクトリーなのだ。
つまり、日本最高峰のスポーツカーと同じ工場、ラインで作られるスペシャルモデルが、このS2000の前期モデルであったわけだ。S2000は一般的な量産車とは別次元に手間がかかったクルマで、NSXを担当する高根沢の職人たちが、S2000もそれはもう丹精込めて仕上げていたそうだ。
NSXを担当するホンダの職人が集結していたといっても過言ではない場所で作られたこれらのS2000は、高根沢製として、いまでも中古車市場で高い人気を誇っている。そのほかにも、アルミボディをもつ初代インサイトもここ高根沢工場からデリバリーされていた。
しかし2004年4月、高根沢工場閉鎖によりS2000は鈴鹿工場での生産に切り替えられている。もちろん品質はまったくの同水準……であるはずだが、一部ファンからは、「鈴鹿より高根沢のほうが職人の練度が高いから、仕上げが綺麗だ!」なんて都市伝説のような話も出ており、同じAP1という前期モデルのS2000でも、高根沢製の人気がより高くなっている。事実、中古車サイトでも「高根沢工場製!」なんて謳い文句がついて高値で売られているケースも見かける。
ちなみに、高根沢製の最終生産モデルである135型と呼ばれるS2000は1カ月程度しか販売されておらず、ファンの計算では200台前後しか生産されていないと言われている。よってこのモデルは、S2000のなかでも中古車価格がほかのモデルよりさらに価格が高い傾向にある。
とはいえ135型は玉数の関係から狙いにくいので、高根沢製を狙うのであれば、型式はAP1-100、110、120、130が該当するのでこれらでもOK。ただし、「NSXと同じ工場のモデルがいい!」というこだわりがなければ、もちろん無視しても問題ない。2.2リッターエンジンのAP2は強制的に鈴鹿製になる。
いまでも高根沢工場のあったエリアとその近隣には、ホンダ関連の企業が残っているのはもちろん、S2000もほかの地域に比べて比較的多く走っているとのことで、ある意味聖地的な場所としてファンに愛されているとのこと。
いま乗っている愛車がどこの工場で作られているか、いちいち気にする人は少ないかもしれないが、思い入れがあるクルマであるなら、作られた工場のそばまで里帰りドライブを楽しんでみてもいいかもしれない。クルマであっても、産地が重要視されることがあるのだ。
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産地なんてどうでもいい