マナー論の先にある空間の課題
京都では近年、観光客の増加にともない、混雑や座り込み、私有地への立ち入り、写真撮影をめぐるトラブルなどが観光客のマナー問題として語られる場面が増えている。こうした議論では、観光客の意識や道徳心に目が向きやすい。しかし、本当にそれだけで説明できるのだろうか。
【調査結果】京都の観光客は本当に“迷惑”なのか? インバウンド4300万人時代、地元調査で見えた“迷惑行動”が生まれる条件とは
合同会社アクティブ・オブザベーション(京都市)が京都駅周辺や清水寺周辺、高瀬川周辺で行った現地観察は、異なる見方を示している。この調査は、観光客の行動を良い悪いと分けるのではなく、さまざまな知見も踏まえ、どのような空間の条件で周囲との摩擦が生まれるのかを観察した行動分析である。
見えてきたのは、迷惑行動と受け取られる現象の多くが、観光客個人の道徳心の無さだけではなく、
・観光客の自然な欲求
・空間のつくり
・人の流れとの関わり合い
によって生じている可能性だった。
同社が主導した京都観光地における行動観察フィールドワーク(2026春期)は、2026年5月10日から12日にかけて、京都駅周辺や清水寺周辺、高瀬川・木屋町周辺などを対象に行われた。現地での直接観察や写真の記録をもとに、とどまる、移動する、休む、撮影する、飲食する、荷物を扱う、喫煙する、私有地へ入り込むといった旅行者の振る舞いを細かく分け、分析している。
その狙いは、観光地で起きる出来事をマナーや人の性質の問題として処理するのではなく、空間の条件や人の通り道、設備、情報の出し方、文化的な習慣との関わりから読み解き、受け入れ環境を良くするための仮説を立てることにある。
同社代表の西倉美祝(みのり)氏は、次のようにコメントを寄せている。
「京都の観光課題は、観光客個人のマナーだけで説明されがちです。しかし、現地で行動を観察すると、案内板の位置、段差、日陰、荷物、撮影したくなる景観、生活空間との境界など、まちの側の条件が行動に大きく影響していることが見えてきました。もちろん、喫煙、ポイ捨て、立入禁止区域への侵入、危険な車道へのはみ出しなど、明確に抑制すべき行動はあります。一方で、座り込みや撮影、飲食、荷物整理のように、単純に禁止するだけでは解決しにくい行動も多く存在します」
「重要なのは、観光客を一括りに“迷惑”と捉えることではなく、どのような場所で、なぜその行動が生まれるのかを読み解くことです。行動の発生条件が分かれば、注意喚起だけでなく、空間のしつらえや導線設計によって、望ましい行動へ自然に導くことができます」
今回のフィールドワークはそのための第一歩であり、同社は今後も季節や場所を変えながら3か月ごとに観察を続け、結果を順次公表していく方針だ。「京都のまちと観光客、そして地域の生活がよりよく共存するための知見を蓄積していきたい」という。
混雑と滞留を引き起こす空間条件
混雑は、人が多いから起こる。そのように考えられがちだが、調査では異なる様子が確認された。
京都駅では、案内板や改札、券売機、店舗の前、バス停など、立ち止まる理由を持つ場所が、人通りの多い通り道に集中していた。さらにスーツケースやベビーカーを持った人が立ち止まると、体だけでなく荷物も含めて場所をとる範囲が広がる。後ろを歩く人は進む方向を変え、歩く速さを落とし、その動きがさらに別の滞留を引き起こす。
人の流れは人数だけでなく、どこで、なぜ止まるのかという条件によっても左右されるという見方である。
ここで重要なのは、立ち止まった人を責めることではない。駅で目的地を確かめることも、時刻表を見ることも、旅行者にとっては自然な行動だからだ。問題は、その自然な行動が、人通りの集中する場所で起きやすい空間の配置になっている点にある。
もうひとつ興味深い結果が、休憩行動だった。
清水寺周辺や高瀬川周辺では、石垣や段差、壁際、水辺など、本来はベンチではない場所で休む観光客が数多く確認された。
調査では、人は椅子を探しているというより、体と荷物を一時的に置きやすい場所を選んでいる可能性が示されている。背中をもたせかけられる、日陰がある、荷物を近くに置ける、人目を避けられるなど、複数の条件が重なる場所に人が集まりやすい。これは、環境が人間に行動の機会を示すアフォーダンスの視点から説明できる現象だ。
一方で、その場所が民家の前や寺社周辺、店舗の前だった場合、地域住民からは生活空間の占有や通行の妨げと受け止められることもある。
同じ行動でも、見る立場によって意味が変わる。その背景には、休む場所が足りないことだけでなく、ここなら休んでもよいという情報が空間から十分に伝わっていないという面も考えられる。
あいまいな境界とナッジによる誘導
京都特有の街並みも、この問題を考える上で欠かせない。
旧市街地や観光地(田の字地区、嵐山、祇園など)では、民家や町家、商店、寺社、生活道路が密接に隣り合っている。地域住民には公共の場所、私有地、商店、宗教施設の境目がはっきりしていても、初めて訪れる観光客には、全体がひとつになった京都らしい風景と映ることがある。
その結果、空間の境目が分かりにくいことから、私有地へ入り込む、民家を無断で撮影する、寺社で作法を間違える、建物の前に腰掛けるといった、一線を越える行動につながる場面が観察された。
もちろん、立ち入り禁止の区域へ入るなど、抑えるべき行動はある。しかし同時に、観光客から見て公共の場所と私有地の境目が分かりにくい環境も存在している。
禁止の看板を増やす方法も考えられるが、それは風景や観光の体験とどう両立させるかという新たな課題を生む可能性もある。
今回の調査で特徴的なのは、迷惑行動をなくす方法として、注意を呼びかけたり禁止したりすることだけを中心に据えていない点だ。
例えば、案内板の近くに情報を確かめるスペースを設ける、荷物整理ができる場所を用意する、待ち合わせや撮影のためのスペースを人の通り道から少し外れた位置に置く。短時間休める場所を確保し、座ってよい場所を段差や植物、床の素材などで直感的に伝える。
こうした改善の仮説は、行動を無理に抑え込むのではなく、環境のつくりを工夫して自然に望ましい行動へ導くナッジ(行動科学)の発想に立っている。観光客を変えるのではなく、摩擦が起きにくい環境の受け皿を整えるという見方は、これまでの議論とは異なる方向性を示している。
空間と都市政策による観光地経営
国内各地では観光の需要が回復する背景のなか、観光が生活環境にもたらす害、いわゆる観光公害(オーバーツーリズム)への関心が高まっている。世界的に見ても、1950(昭和25)年に2500万人だった観光客数が2019年には14億人を突破するなど、21世紀に入って拡大を続ける観光産業は、各地で地域住民の暮らしとの両立という課題を突きつけてきた。なぜ今、京都でこれほどまでに摩擦が表面化しているのだろうか。
その背景にあるのは、かつてない規模とスピードで進む訪日外国人客の急増である。国土交通省や観光庁の統計によると、2003(平成15)年当時に約521万人だった訪日客数は、コロナ禍前の2019年に3188万人へと激増した。世界的な感染症の流行からの回復も著しく、2025年には4268万人という過去最高を記録している。
このような圧倒的な人の流れの増加に加え、
「特定の場所への情報の集中」
が局所的な過密を激しくしている。とりわけ京都では、2015年の年間観光客数が当時の過去最多(5684万人)に達したことを受け、市が宿泊施設の積極的な誘致に動いた。結果として市内の客室数は数年で約3万室から約4万6000室(2019年時点)へと急増したが、深刻な副作用ももたらした。
需要を見越した投機的な動きによって市中心部の地価や家賃が高騰し、マンションの用地が宿泊施設に変わったことで、若者や子育て世代の転出が加速した。税収の悪化により市の財政が苦境に陥る事態となったのである。さらに、ゴミのポイ捨てや騒音、舞妓を無断で追いかけ回すパパラッチ行為といった地域トラブルも多発したため、市は2019年、市民生活を重視しない宿泊施設の参入を事実上食い止める方針転換を余儀なくされた。
一時的な混雑という元に戻せる現象以上に、住民が住み続けられなくなるという生活基盤の喪失が、都市の成り立ちを脅かしているのだ。
観光客と市民が共存する環境づくり
今回の京都での観察結果は、人が多いから問題が起きるという分かりやすい構図だけでは現状を説明しきれないことを示している。人は情報を探せば立ち止まり、疲れれば休む。だからこそ問われるのは、その行動がどこで、どのように起きるかという空間側の条件であり、それを支える都市全体の仕組みの根本的な見直しだ。現在、京都では空間の改善にとどまらず、多様な取り組みがすでに動き始めている。
人の流れを分けて分散させる取り組みとして、観光特急バス(EX100やEX101)による観光客と市民の生活路線の分離が進んでいる。デジタルマップを使って混雑を見えるようにし、観光の時間、時期、場所を分散させている。
地域が協力するモデルとして、嵐山で発足したサミットでの食べられるスプーンの配布など、地域が一体となった環境整備が行われている。また、観光客に対してスマートフォンを活用した共存と通報の仕組みづくりも試みられている。
制度や地域運営の面では、宿泊税を活用した地域への還元や公共の場所の整備が行われている。さらには、旅行者自身が地域の自然や文化に貢献する地域再生型の観光の導入も進められている。
観光客を受け入れる地域では、注意の呼びかけや規制だけではなく、人の流れや滞留、休憩といった行動を前提にした受け入れ環境の整備が欠かせない。観光地の価値は風景だけで決まるものではない。
訪れる人と暮らす人の双方が無理なく空間を共有できる環境をどう実現するか。身近な空間の工夫から都市全体の政策までをまとめることが、これからの地域づくりを考えるうえで極めて重要な課題となりそうだ。(キャリコット美由紀(観光経済ライター))
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喜んでいるのは社寺仏閣の近くの土産物店や飲食店、一般住民にとって迷惑極まりない