W124 メルセデスの凄さ
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第186回
価格は31億円!? 「ロールス・ロイス」が製造した究極のフルオーダーモデルとは?
最近「ちょっと旧いクルマ」に目を向ける人が増えていると聞く。そう、「クラシック」ではなく、1970年代から90年代辺りに生まれたクルマたちだ。
僕は50~60年代のクルマも好きだし、エレガントな姿をガレージで楽しみ、たまのクラシックイベントに参加する程度なら側に置きたい。
でも、日々の足としても使えるそこそこの実用性もほしいとなると、ちょっときつい。
いわゆる「走る、曲がる、止まる」性能が一定のレベルを満たしていることが必要になってくるからだ。
70~90年代の「ちょっと旧いクルマ」の人気が高いのも、おそらく、こうした理由からきているのではないか、、と、思っている。
ちなみに、後期高齢者の僕としては、なにはさておき「安全性」を最優先させなければならない。なので、寂しいことだが、旧いクルマに乗ることは基本的に封印している。
でも、、もし乗るならどんなクルマに乗るだろう、、といった妄想だけは、日々楽しんでいる。
、、で、時々、そんな妄想話をさせていただこうと思っているが、トップバッターは、「W124 メルセデス」に勤めてもらう。
僕自身所有したことはないが、国内はもちろん、ドイツで、アウトバーンで、多くのテストコースで、、、ずいぶん乗った。
多くの、、とは、メルセデス・ベンツのテストコースだけではなく、欧州メーカーのテストコースでも、日本メーカーのテストコースでも、ということ。さらに加えると、部品メーカーのテストコース等でも走っている。
そう、、W124は、世界中の自動車メーカーに、自動車関連メーカーに、知るべき目標、掲げるべき目標のサンプルとしてピックアップされていたということだ。
ルックスは、華麗とはいえない。実直であり、機能優先であり、、「セダンのお手本」ともいえるプロポーションの持ち主である。
「流行り」とは一線を画して、セダンのあるべき姿を忠実に追い求めたといった言い方もできる。
それゆえか、デビュー後37年を経た今でも、あまり旧さを感じさせられることはない。新しいクルマの流れの中に入っても、とくに目立つこともないし、浮き上がることもない。「サラリとした気持ちで」見られる。
数年前、息子が1990年の300Eを買ったのだが、なにも驚きはなかった。見ても乗っても、改めて「いいクルマだなぁ!」と思うばかりだった。
ダッシュボード周りや、ステアリングホイールなどはさすがに旧い。でも、機能的には万全。とくにシートは素晴らしい。「黙って座ればピタリと決まる」といった仕上がりだ。
立ったピラーは、車室空間にゆとりを与えているが、細いことも加えて視界と解放感は抜群。しかも、このボディは空力性能にも優れており、高速での風音も小さい。
W124では、むろん、何度もアウトバーンを走っているが、高速クルージングの快適さも一級品だった。
メルセデス・ベンツ本社のあるシュツットガルトから、ドイツの空の玄関口といわれるフランクフルト空港までは約200km。
もちろん、シュツットガルトにも空港はある。、、が、フランクフルトで乗り継ぐフライトの場合、メルセデスの人たちの多くは、アウトバーンを飛ばしてフランクフルト空港まで行くという。
その理由を尋ねると、「その方がずっと楽だし、時間も節約できる。それに、メルセデスならアウトバーンでも快適だからね」といった答えが返ってきたものだ。
Googleマップでの所要時間は1時間45分となっているが、速度無制限区間が多かった時代には、もっとずっと速かった。
W124は、300CEと260Eでアウトバーンをを走っているが、追い越しレーンを、ほとんど200km/h前後で快適に走り続けたことを覚えている。
快適とは、高速での乗り心地のフラットさと静粛性の高さに加えて、スタビリティが万全だったことも大きな理由になる。つまり、180~200km/hのクルージングを安心して続けられたということだ。
もう一つ、、「速度調整が自在にピタリと決まるアクセルの操作性」、、これも、快適性につながる大きなポイントになった。
たとえば、105km/hで走ろうとしてアクセルを合わせると、せいぜい前後1~2km/h程度の幅の中で速度は安定してキープされる。うっかり10~15km/hオーバーしてサイレンを鳴らされる心配はまずない。
W124のリアには、新時代のサスペンションといわれ、デビューと同時に世界中にセンセーションを巻き起こした「マルチリンク式サスペンション」が組み込まれる。
デビュー当初はけっこうバラツキがあり、必ずしも高い評価ばかりではなかった。とくに高速でのスタビリティには注文をつけたくなることが少なくなかった。、、だが、メルセデスは急ピッチで改良の手を加えていったことは言うまでもない。
とにかく、軽量かつ高剛性のボディ、たっぷりしたストロークを持つしなやかなサスペンション、、このコンビネーションがもたらす、W124の乗り味と走り味は最高だった。
いや「だった」という過去形ではなく、今乗っても高い点数がつけられる。
W124のボディタイプは5種。エンジンも豊富なバリエーションが用意された。ガソリンだけでも、4気筒、6気筒、V8があり、排気量は2.2ℓから5.0ℓまで8種あった。
ここではガソリン6気筒の2.6ℓをピックアップするが、僕の評価基準では、多くの点から「ベストバリュー」と思えるからだ。
W124に積まれた6気筒エンジンは洗練されていた。中でも2.6ℓは素晴らしかった。そしてまた、2.6ℓエンジンとボディの組み合わせも最高だった。
初期モデルのATは2速発進(フルに踏み込めばキックダウンして1速に入る)だったが、日常的には不満のないレベルの加速だった。エンジンのレスポンスと、トルコンとのマッチングがよかったからだろう。
多用域である2000~3000回転辺りの、パーシャルスロットルでの加速感も気持ちがいい。「速い!」とか「凄い!」といった加速ではないが、アクセル操作への追従がよく、「滑るような滑らかさ」で加速する。
さらにうれしいのは、その滑らかさには軽々しさがないという点。適度な「重み感」、つまり高い質感をも兼ね備えているのだ。
この高い質感は、エンジンだけがもたらすものではないだろう。強靭な剛性を持つボディ、高度なエンジン・マウンティング辺りとの関わりも大いにあるに違いない。
アウトバーンを200km/h オーバー(最高速度は210km/h)で走った時も、エンジンは滑らかであり、透明感の高い音を聞かせ続けてくれた。
セダン260Eの重量は1410kg(日本仕様 AT)。当時は5ナンバーサイズだったクラウンやセドリックより100kgほども軽かった。
にもかかわらず、ボディの剛性感は圧倒的に優っていた。日本でも「ボディ剛性」という言葉があちこちで聴かれ始めていたが、その差を嫌というほど思い知らされたものだ。
「軽量で高剛性」を追い求めることは、クルマ造りの基本中の基本。メルセデスは「最善か無か」の社是の下、W124でその成果を見事に示して見せた。
W124は1995年に生産終了している。実用性にも秀でていることから、長い走行距離を重ねたものが多いとされる。なので、魅力的な個体を見つけるのは難しいかもしれない。
かつてのメルセデスは「ブッシュとダンパーを変えれば新車に戻る!」といわれた。つまり、「頑健なボディは、ちょっとやそっとではへこたれない」ということだ。
息子の300Eに乗った時、そんなフレーズが脳裏に浮かんだ。足元に少しヤレは出ていたものの、ボディはしっかりしていると感じたからだ。
そういえば、W124は、長くドイツのタクシーの中核を占めていた。ディーゼルがほとんどだったが、オドメーターを見ると数十万キロはザラだった。
で、ある時、「このクルマ、どのくらい走れるの?」とタクシー・ドライバーに聞いたことがある。すると、「エンジンを30万kmくらいで交換すれば、100万kmは楽に行けるよ!」との答えが返ってきた。
ちなみに、息子の300Eのオドメーターは、10万kmを少し超えた辺りだったように記憶している。ということは、経年劣化以外は「新車同様!?」だったのかもしれない。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。
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みんなのコメント
乗れば判るメルセデス…です。