「なんだか海外出張が多いなあ」と思っていた2018年。その暮れも押し詰まったころに海外出張の数を数えたら年間28本もあって驚いた。このうち、1回の出張で2~3本をまとめて取材してきたことも何度かあったので、日本を出国したのは20回くらいのはず。もっとも、こんなペースで海外出張しているのは私ひとりではなく、3、4人くらいは似たような境遇の同業者がすぐに思い浮かぶ。よくもみんな体調を壊さないものだと感心するばかりだ。
でも、海外出張では、素晴らしい経験に巡り会う機会が多い。たとえば試乗したクルマの仕上がりがよかったり、開発者や首脳陣からいい話が聞けたりするときであるが、それとともに心に強く残るのが旅先での人との出会いである。
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この種の仕事を長くしていると、自然と、海外の同業者と顔なじみになってくるけれど、それとは対照的に、日本からやってきたのは自分ひとりで、ほかの参加者はすべて初対面なんて場合もたまにある。そんなとき、プレゼンも試乗も食事もすべてひとりぼっち。話す相手といえば疑問点をぶつける相手の技術者だけなんてときも少なくない。
今回の海外取材が、まさにそんな状況だった。日本からやってきたのは私ひとりで、知り合いといえばオーストラリアの同業者ひとりだけ。しかも彼は遅れてやってきたので、初日のディナーは私ひとりという絶体絶命の状況である。場所は、間もなく「ニュル24時間」のスタートを迎えようとしていたドイツのニュルブルクリンク・サーキットである。
ところがディナーの席につくと、私の目の前にひとりのドイツ人がわざわざ腰掛けてきた。そして私の隣には、ドイツ人ばかりのこのグループで、私とともにドイツ語を母国語としない唯一(唯二?)のルーマニア人が腰掛けた。さらに、このイベントのゲストで、ミニでダカール・ラリーに出場しているステファン・ショットさんまで同じテーブルに着座。彼ら3人が、フリーシートでどこに座ってもいいのに、わざわざ私と同じテーブルにやってきたのには驚いた。
もちろん、彼らとはディナーの前にひとことふたことは挨拶をしたけれど、ただそれだけ。でも、ひとりぼっちで淋しい思いをしなくて済んだのに、私はこのときほっと胸をなで下ろしていた。
いやいや、そんなもんじゃなかった。20人ほどが参加したディナーで、おそらく私たちのテーブルがグンを抜いて盛り上がったのである。
その理由はシンプルで、私以外の3人の経歴が非常に興味深いものだったからだ。
まず、ショットさんは20代のころにフォルクルワーゲンのキャンピングカー「T2」で世界1周旅行をして、クルマとアドベンチャーに興味を抱き、これと前後して1979年に始まったパリ・ダカールこそ自分の人生の目標だと一念発起。それから20年以上かけてビジネスで成功し、財力と人脈を手に入れると、すでに50代になっていた2005年にラリーレイド・デビューを果たし、人生の目標だったダカール・ラリーにもこれまで10回出場して9回完走したという「夢を実現してしまった夢追い人」なのである。
もちろん、そこに至るまでの道のりは平坦ではなく、ダカール・ラリーでは走行中に岩に激突して50mほど吹っ飛んで車輪をひとつ失ったものの、コ・ドライバーとともに8時間ほどをかけてこれを修復。チェックポイントに戻ったのはいいけれど、フレームにヒビが入っていると主催者に見とがめられてリタイアに追い込まれたという逸話や、ペルーで宿泊したときには寝ているときに“某都市型昆虫”が口の上をはっていったとか、そんな話をたくさん聞かせてくれたのである。
いっぽう、ドイツ人のフォルカーは自動車メーカーのウェブサイトでちかごろめっきり重要な位置を占めているコンフィギュレーターを開発する会社の役員で、しかも自動車メーカーなどにコンサルタント・サーヴィスも提供しているという。
話を聞いていると、彼も巨万の富を手にしていて、根っからのクルマ好き。しかも自転車でアルプスを走りまわるのが大好きで、「350Wを20分間発揮し続けられる」という、自転車好きでなければその本当の意味がわからないほど驚異的な体力の持ち主でもある。
もうひとりのルーマニア人は150万人(!)のフォロワーを持つユーチューバーで、名前はハッシュ。ディナーの途中、眼科医をガールフレンドに持つというフォルカーが「彼女をプロモーションするにはどうしたらいいだろう?」とハッシュに相談を持ちかけると、彼はすかさず「目の病気について彼女が解説する動画を作ってユーチューブに上げるといい。そうすれば、その病気で苦しむ患者が検索したときにグーグルの上位にひっかかるようになって、すぐにお客さんがやってくる」と回答した。
というのも、ユーチューブを傘下に持つグーグルは検索結果の上位にユーチューブを持ってくる傾向が強いというのがハッシュの説で(たしかにそうだ)、だからウェブサイトを作ったりするよりユーチューブのほうがはるかに効果的であると彼は主張したのだ。
フォルカーやハッシュは“インフルエンサー”と呼ばれる人物だ。要はSNSなどで膨大な数のフォロワーがついていて、彼らの発言が世の中に大きなインパクトを与えると考えられている人々である。最近、ヨーロッパの自動車メーカーはジャーナリストと並んで彼らを熱心にイベントに招待し、ニューモデルなどの発信を図っている。そのほうが、自動車に関心のない人にまで広く情報が行きわたると考えられているのだ。
そんな4人がなんのために集まったのか? といえば、2020年に販売されるミニのハイパフォーマンス・バージョン「ジョン・クーパー・ワークスGP」がノルドシュライフェをデモ走行するというので、それを取材(見学?)しにきたのである。
ジョン・クーパー・ワークスGPは、ミニ クーパーSに装着できるキットとして2006年に販売された。これが好評だったため、2012年にはコンプリート・カーとしてリリースしたところ、これもあっという間に売り切れたことから、2020年の販売を目指し、現在、第3世代の開発が勢力的に進められているというシロモノ。
直列4気筒の「ミニ・ツインパワーターボ・エンジン」は現時点で300psを越す最高出力を生み出しているほか、テストをおこなっているニュルブルクリンクでは、第2世代モデルが記録した8分23秒のラップタイムをすでに30秒以上も上まわっているという。
肝心のデモンストレーションランでは、第3世代のプロトタイプを先頭に、第2世代、初代が1列に並んで走行した。これらに続く形で、ダカール・ラリーなどに出走するミニ・ジョン・クーパー・ワークス・ラリーとミニ・ジョン・クーパー・ワークス・バギーがノルドシュライフェを駆け抜けた。
ステファンは、このうち、前から4番目を走ったミニ・ジョン・クーパー・ワークス・ラリーのドライバーを務めるために、ニュルブルクリンクまでやってきたのであった。
ちなみに、初代と2代目のジョン・クーパー・ワークスGPは全世界限定2000台で販売されたが、いずれも正式発表される前に完売するという人気ぶりだった。そこで3代目は、3000台に販売台数を引き上げることになったという。
あと1年ほどで正式販売を迎えるというが、またもやすぐに完売しそうだ。
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