長距離移動を避ける居住地選択
シニアの住み替えを巡る議論では、家賃負担や高齢者の入居の難しさが注目されがちだ。しかし、今回の調査から浮かび上がるのは、住まい選びが移動手段や生活圏そのものを見直す行動へ変わりつつある可能性である。
【調査結果を見る】「老後は駅近に住みたい」 高齢者はなぜ“移動しやすい街”を選び始めたのか? 3割以上が家賃を理由に住み替える背景とは
アットホーム(東京都大田区)が、2024年3月~2026年2月の間に賃貸物件へ引越しを経験し、主体的に物件を探した65歳以上の男女460人を対象に実施したインターネットによるアンケート調査によると、引越し理由の最多は家賃の安い場所へ移る必要があるから(32.0%)であった。
一方で、公共交通が便利な場所に住みたいから(15.9%)、医療機関や買い物施設に近い場所へ移りたいから(12.2%)、家族の近くに住みたいから(11.5%)といった回答も一定数を占めた。住み替えの判断基準は、住宅費だけでは説明できない段階に入りつつある。興味深いのは、生活拠点そのものを
「移動しやすい場所」
へ近づけようとする傾向である。現在の住まいと家族が住んでいる場所の距離では、徒歩圏内が20.7%、車で30分以内が23.9%となり、比較的近い距離に家族が住んでいる傾向が見られた。さらに、引越し理由では
・公共交通
・医療施設
への近接性も上位に入っている。これは、移動手段を確保するよりも、長距離移動を必要としない生活環境を選ぶという発想とも読み取れる。高齢化が進み運転が困難となれば、駅やバス停、病院、スーパーなどへ徒歩や短距離でアクセスできる立地の価値は、今後さらに高まる可能性がある。
コンパクトシティと入居の壁
住み替えは住宅市場だけに影響するわけではない。例えば、公共交通へのアクセスを重視する居住者が増えれば、鉄道駅周辺やバス路線沿線への人口集積が進むだろう。
日本の総人口が減少に転じる一方で、65歳以上の人口は3619万人となり(2025年9月時点)、諸外国に例を見ないスピードで超高齢社会が進行している。この未曾有の人口動態の変化において、深刻な課題として浮上しているのが、過去数十年にわたり進行した
「モータリゼーション(自動車の大衆普及と生活必需品化)」
がもたらした影響である。高度経済成長期以降、自家用車の普及は個人の移動の自由を大きく拡大した反面、
・都市の無秩序な拡大である「スプロール現象」
・巨大ショッピングセンターなどの「ロードサイド店舗の急増」
を招いた。その結果、旧来の中心市街地は空洞化しシャッター通りと化す地域が全国で続出している。
こうした都市の郊外化と自動車への過度な依存は、採算性の悪化による路線バスや地方鉄道などの公共交通の減便・廃止を加速させた。これにより、運転免許を持たない、あるいは加齢により運転が困難となった高齢者を中心とする
「交通弱者(移動制約者)」
の存在が顕在化している。車を持たなければ食料品や日用品の購入すら困難な買い物難民や医療難民が急増しており、近場の移動であっても高額なタクシーや家族によるマイカー送迎に頼らざるを得ない状況が生まれている。
この負のスパイラルを断ち切るため、国や自治体は都市計画とモビリティ政策の抜本的な転換を図っている。その柱となるのが、無秩序な郊外化を抑制し、歩いて行ける範囲を生活圏と捉えるコンパクトシティの推進である。2014(平成26)年に改正された都市再生特別措置法により、居住や各種施設を特定のエリアに集約させる立地適正化計画の策定が進められている。これに連動して、自動車依存を減らし公共交通に基盤を置く都市開発手法
「公共交通指向型開発(TOD)」
が注目を集めている。TODは交通結節点から徒歩圏内(約400~800m)に機能を高密度に集約し、歩行者優先の街路を形成する。近年は政策がさらに進化し、都市機能の集約と交通ネットワークによる連携を組み合わせたコンパクト・プラス・ネットワークの概念が重視されており、地方鉄道の新駅にバスを接続するフィーダー路線の再編や、過疎地でのデマンド型交通の導入なども進められている。
一方で、シニアの住まい探しには課題も残る。調査において住まい探しで苦労した点を聞くと、希望に合う物件が見つからなかった(33.1%)に続き、保証人や緊急連絡先の確保が大変だった(21.5%)、年齢を理由に入居を断られた(20.7%)が上位に挙がった。高齢者の多くは、虚弱化しても尊厳をもって自立し、住み慣れた地域で暮らし続けるエイジング・イン・プレイス(高齢者の地域居住)を希望しているが、交通機関や公共的建物が高齢者には利用しにくいという現実が大きな障壁となっている。
希望する立地で住まいを確保できなければ、移動しやすい暮らしを実現しにくくなるため、住宅政策と交通政策は相互に関係しながら高齢者の生活を支えていると考えられる。
居住を支えるMaaSの実装
住まい探しのプロセスにおいて、不動産会社との連絡手段として良いと思うものを聞いたところ、店舗で直接会って相談したいが51.4%で半数以上を占めた。デジタル検索が普及する中でも、対面相談を重視する姿勢が確認された。また、終活について考えている人は6割に達しており、住み替えは老後の生活設計全体の一部として位置付けられていることがうかがえる。
住み替えが進めば、人の流れも変わる。人の流れが変われば、
・公共交通
・商業施設
・医療
・地域サービス
の需要も変化する。厚生労働省は、地域包括ケアシステムの構築を推進している。高齢者が地域で自立した生活を送るためには、これらの各種サービスへアクセスするための持続可能な移動手段の確保が不可欠である。
こうした都市構造の変革は、モビリティ産業の構造変化を促し、今後の企業戦略に多大な影響を与えている。自動車産業が基幹産業となっている東海地方などでは長らく自動車依存度が高い社会が形成されてきたが、今後はモビリティ企業自体が自動車の製造・販売にとどまらず、移動をシームレスなサービスとして提供する
・MaaS(Mobility as a Service)の導入
・次世代型路面電車システムであるLRT(ライトレール)
・BRT(バス・ラピッド・トランジット)の整備・運営支援
など、新たな事業領域への転換が求められている。
さらに、厚生労働省と国土交通省が連携して進める福祉・住宅行政の融合策に見られるように、モビリティ企業は不動産開発や生活支援サービス事業者との協業を強化することが重要となる。
交通アクセスが確保された高齢者向け住宅の整備支援や、移動が困難な層に向けた移動販売、宅配、買い物代行といった保険外の生活支援サービスの提供など、地域居住を包括的に支える生活基盤産業としての役割を担うことが、モビリティ産業におけるこれからの競争力を左右するカギとなるだろう。
今回の調査データのみで自動車利用や公共交通利用の全体的な変化を断定することはできない。しかし、高齢者がどこに住むかという選択が、どう移動するかという選択と密接に結び付いていることは確かだろう。(小西マリア(フリーライター))
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みんなのコメント
今「クルマが無いと生活できない地域」は、あと10年もしないうちに「クルマがあっても生活できない地域」に変わっていく。
老後は便利な所に住みたい
というのは
大昔から変わらないような気がしますがね