1996年のF1チャンピオンであるデイモン・ヒルは、メルセデスのふたりのドライバーによって繰り広げられている2026年のタイトル争いについて、自身がジャック・ビルヌーブという強敵と対峙した時のことと比較して語った。
2026年のF1は、メルセデス勢が圧倒的な強さを見せている。これは開幕前から多くの人が予想していたことでもあるが、ひとつだけ誰も予想できなかったことがある。それは、チームをリードするのが経験豊富なジョージ・ラッセルではなく、F1参戦2年目のアンドレア・キミ・アントネッリだったということだ。
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アントネッリはまだ19歳。史上最年少でランキング首位に立つという記録も打ち立てた。
ヒルはこのアントネッリの驚異的な成長に驚いている。
「キミはF1で1シーズンを過ごし、冬の間には一種の準備期間のようなモノを確保することができた。そこで1年間で学んだモノを全て身体に染み込ませ、突然トップで戦えるようになったんだ」
ヒルはF1公式サイトでそう語った。
「驚くべきことだ。19歳にして、信じられないほどの才能と成熟度を兼ね備えている」
一方でチャンピオン候補と見られていたラッセルは、アントネッリに遅れをとっている。そればかりか、フェラーリのルイス・ハミルトンにも先行され、ランキング3番手でシーズン前半を終えた。
ヒルはこのラッセルの状況について、自身がウイリアムズに所属していた1996年に、ビルヌーブがチームメイトとして加入してきた当時のことと比較して語った。ビルヌーブは1995年にアメリカのCARTでチャンピオンに輝き、鳴物入りで1996年にF1デビューした。しかも当時の絶対的トップチームであるウイリアムズから。
しかもビルヌーブは、デビュー戦でいきなりポールポジションを獲得。ヒルの立場は脅かされた。
「ジョージについては……ジャック・ビルヌーブがウイリアムズに加入してきた時の僕の状況と少し似ている。彼は僕よりも10歳若かったけど、インディカー(CART)でチャンピオンを獲得したばかりで、他のカテゴリーでも多くの成功を収めていた」
「そういう意味では、キミとは状況は少し違う。でも結局僕はジャックに勝った。だから、ジョージは何としてもキミに勝たなければいけないんだ!」
ヒルはこの1996年、8勝を挙げてチャンピオンを獲得。史上初めて、親子でF1チャンピオンとなった。しかしチームは、ヒルとの翌年の契約を結ばず。結局ヒルは、下位チームのアロウズ・ヤマハに移籍することになった、
1997年のアロウズA18は戦闘力が低く、信頼性も低かった。しかしながら徐々に戦闘力と信頼性が改善し、ハンガリーGPでは2位に入った。このハンガリーGPは、レース終盤のトラブルさえなければ勝っていたであろう、実に印象的な勝利であった。
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みんなのコメント
本当に切なかった
ヒルがアロウズで勝つのか!
ヤマハが勝つのか!
と興奮して見てました
そして解説の片山右京が
終盤まで快調だった走りを見て
ヤマハエンジン欲しかったなー
とすごく寂しそうに言ったのも印象的でした
あのスペックのヤマハエンジンを積んだ
ミナルディヤマハだったら引退しなかったのでしょうか?
タラレバはないけど
妄想は尽きないレースでした