大切に扱われているヴィンテージ品のアメ車
米国ケンタッキー州のロレットという町は、バーボン郡にある。ここを訪れる観光客の大半は、歴史あるメーカーズマーク蒸留所を見学するのが目的だ。
【画像】優雅さと豊かさを象徴するアメリカン・ラグジュアリー【4代目リンカーン・コンチネンタルを詳しく見る】 全9枚
正直に言うとわたし達もそうだったが、その前にまず、素晴らしい『ライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤード(Lyon’s Vintage Junkyard)』に立ち寄った。クルマ好きのデイビッド・ライオンズさんが所有する、この趣あるヤードには、1930年代から1970年代にかけての数百台もの魅力的なクラシックカーが並んでいる。
敷地内は非常に手入れが行き届いており、これまで訪れた他のジャンクヤードとは違い、草むらに隠れて足を引っかけるような、ぐちゃぐちゃに歪んだ金属片などは一切なかった。車両は敬意を持って扱われており、ドアやトランクは基本的にしっかりと閉められ、エンジンはカバーで覆われていた。実際、その名前とは裏腹に、わたし達取材班の目にはジャンクヤードというよりもむしろ中古車販売店に見えた。
マーキュリー・コメット(1961年)
ライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤードでは、入り口の近くに常に数台のレストア可能なプロジェクトカーが停められている。今回訪れた際には、この状態の良い1961年式マーキュリー・コメットのステーションワゴンがあった。価格は3000ドル(約45万円、新車価格より約650ドル=約10万円高い)で、この値段設定ならすぐに売れるだろう。1961年に販売された18万3259台のコメットのうち、2万2165台がこの4ドア・ワゴンだった。
フォード・デラックス(1941年)
わたし達がライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤードを訪問したのは、ある秋の朝のことだった。この寂しげな1941年式フォード・デラックスを囲む落ち葉が季節を物語っている。
ビュイック・スペシャル(1954年)
1960年代のフォードトラックのボンネットが、この1954年式ビュイック・スペシャル・デラックス・セダンのエンジンを風雨から守っている。ごく当たり前の対策のように思えるが、米国でこのような保護措置を講じているジャンクヤードは意外と少ないのだ。
地面に沈み込んだ様子から判断すると、この個体がここに持ち運ばれたのは1990年代だろう。このジャンクヤードが営業を始めた頃だ。写真のような4ドア・セダンは7万台以上が売れた。1954年のビュイックの中では、スーパーリビエラとスペシャル・リビエラに次いで3番目に人気のモデルだった。
ポンティアック(1955年)
蔦の下に隠れているこのクルマも、かつては立派な姿だったのだろう。今や錆びて2つに割れ、真ん中から木が生えている。1955年式ポンティアック・スターチーフの4ドア・セダンと推測される。同年は4万4800台が生産された。
フォード・サンダーバード(1961年)
フォード・サンダーバードは1961年にモデルチェンジして3代目となり、弾丸のようなスタイリングが好評を博した。その外観は販売台数にも良い影響を与え、7万3051台が売れた。そうした栄光は確かに過去のものとなっているが、それでもまだ良質な部品がいくつも残っていた。
ダッジ・ダート(1974年)
この1974年式ダッジ・ダートがどんな特別仕様車なのか調べていたのだが、後部の白いストライプが前のオーナーの手描きだと気づくまで時間がかかった。
ダートは1960年から1976年までダッジのラインナップに存在した。初代(1960-1961年)はフルサイズ車だったが、2代目(1962年)でミドルサイズに縮小され、その後はコンパクトカーとして販売が続けられた。
フォード・ギャラクシー500(1963年)
この1963年式フォード・ギャラクシー500の2ドア・ハードトップを磨きたくなる衝動に駆られる人は、筆者以外にもいるだろう。何十年分もの汚れを落とせば、かなり見栄えが良くなるはずだ。車内の損傷を防ぐためドアが固定されている点に注目。米国の廃車置き場でこのような措置を見かけることは稀だ。
ポンティアック・チーフテン(1950年)
この1950年式ポンティアック・チーフテン4ドア・セダンは、どこかで銃撃を受けたようだ。あるいは銀行強盗の逃走車に使われたのかもしれない。後者なら、犯人たちが実際に逃げ切れたとは思えない。8気筒エンジン搭載車ですら0-97km/h加速に20秒近くかかるのだから。
ビュイック・スペシャル・コンバーチブル(1965年)
通常なら、ライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤードでは、取り外されたオープントップの屋根の代わりにボンネットや防水シートを使う。だが、この1965年式ビュイック・スペシャル・コンバーチブルの場合、そんな手間をかける価値すらなかった。車両がここに届くずっと前に、内装はすでに腐り果ててボロボロになっていたからだ。
1965年にビュイックが生産した60万台以上の車両のうち、スペシャル2ドア・コンバーチブルはわずか3365台だった。つまり、かなりの希少車である。
プリムス・ベルベディア(1958年)
ライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤードを訪れた際、同年代のベルベディアを少なくとも3台確認した。1957年式が2台(この車両を含む)と1958年式1台だ。ベルベディアという名称は、1954年から1965年までプリムスの最上級モデルに用いられた。
この時代のプリムスで最も有名なのは、スティーブン・キング原作のジョン・カーペンター監督映画『クリスティーン』で主役を務めた1958年式フューリーだろう。撮影には計28台が使用されたが、実はその多くがベルベディアだった。大半は最終的にこのような姿になってしまった……。
インターナショナルKBシリーズ
インターナショナルKBシリーズは、頑丈で信頼性の高い働き者として評判を得た。とはいえ他の商用車同様、過酷な使用環境に置かれる傾向があったため、現存率は高くない。このKB3のようなパネルバンは当時としては珍しく、現在では非常に稀少である。
残念ながら錆が進行しており、レストアされる可能性は低いだろう。
パッカード・パトリシアン400(1951年)
1951年に販売されたパッカード・パトリシアン400はわずか9001台。この現存車はまさに貴重な逸品だ。搭載される8気筒エンジンは最高出力155psを発生し、0-97km/h加速16.6秒という優れた加速性能を誇った。このエンジンには、2年前に市販導入されたウルトラマティック(Ultramatic)という油圧トルクコンバーター式トランスミッションが組み合わされていた。当時、外部支援なしに独立系自動車メーカーが単独で生産した唯一の自動変速機であった。
プリムス・クランブルック(1952年)
プリムス・クランブルックは、デトロイトのクランブルック・ドライブという道路に因んで名付けられた。この道路はコンコード・ストリートやケンブリッジ・アベニュー(いずれも同時期のプリムス車名)と共に、工場の近くに位置していた。1951年から1953年まで生産されたクランブルックは、スペシャル・デラックスの後継車種である。この4ドア仕様は1952年に生産された。
マーキュリー・モントレー(1963年)
この1963年式マーキュリー・モントレーは、特徴的な逆傾斜の格納式リアウィンドウ「ブリーズアウェイ」を備えている。同年生産された2万8388台のモントレーのうち、ハードトップ・セダンは最も売れ行きが悪く、新車当時2995ドルで購入した人はわずか1692人だった。
この個体は非常に状態が良く、入手困難なスペアパーツを数多く提供してきたに違いない。
リンカーン・コンチネンタル(1967年)
この1967年式リンカーン・コンチネンタル4ドア・セダンのビニールルーフにある膨らみを見てほしい。一体どんな衝撃が加わればこのように変形するのか、想像するだけで恐ろしい……。
リンカーンにとって1967年は不調だった。高級車市場のライバルであるキャデラックやインペリアルの新型と競合した結果、販売台数は前年比9000台減の4万5667台にとどまった。
リンカーン・コンチネンタルMkIV(1974年)
オペラウィンドウ、コンチネンタルのスペアタイヤ型トランクリッド(写真ではその上に別のタイヤが……)、ビニールルーフを備えたリンカーン・コンチネンタルMkIV(1972-1976年)は、1970年代のパーソナルラグジュアリーの象徴だった。販売も好調で、ライバルのキャデラック・エルドラドを常に上回っていた。こちらは1974年式の2ドア・ハードトップで、同年生産された5万7316台のうちの1台だ。一方、エルドラドは約4万台が生産された。
ビュイック・スカイラーク(1961年)
1961年半ば、2ドア・セダンをベースにした高級仕様のスペシャル・スカイラークが登場した。専用のテールライトハウジングや、各フェンダーに3つずつ並んだベンチポート(装飾用の通気口)など、ユニークなデザインを特徴としていた。エンジンは3.5L V8で、最高出力185psを発生。0-約97km/h加速8.2秒を誇った。
ビュイックはスカイラークを46年間、6世代にわたって断続的に生産した。
ビュイック・スーパー(1953年)
ボディは衰えていても、入れ歯のようなグリルには何の問題もなかった。1953年式ビュイック・スーパーの4ドア・セダンだが、ドアハンドルがないため、4枚のドアを開けるのは困難かもしれない……。
ビュイックは1953年、計48万8755台を売り上げるなど絶好調だった。当時のビュイックはシボレー、フォード、プリムスに次ぐ米国第4位の人気ブランドだったが、1950年代後半には第7位に落ち込むことになる。
マーキュリー・エイト(1947年)
少々傷んではいるが、このマーキュリー・エイトは部品取りにするには惜しいほど状態が良かった。1947年式か1948年式か見分けがつくなら、よほど詳しい人だろう。わたし達の知る限りでは、両車の主な違いは計器盤のデザインだったはずだが、確認するのを忘れてしまった。
とはいえ、1947年の販売台数(8万6363台)が1948年(5万268台)よりも多かったことから、前者である可能性が高い。
ポンティアック・ストリームライナー(1946年)
今回の訪問で、この廃車置き場のオーナーであるデイビッド・ライオンズさんが、クラシックカーを解体処分から救うためにどれほど尽力しているかを目の当たりにした。たとえ使える部品がわずかしか残っていなくても、彼は最善を尽くして救い出そうとする。時折、各地で見つけた放置車両を茂みの中から引きずり出し、自らのジャンクヤードへ持ち帰ることもあるそうだ。
この1946年式ポンティアック・ストリームライナー2ドア・セダン・クーペは比較的状態が良く、まだ多くの有用な部品が残っていた。
著者について
英国の自動車ジャーナリスト、ウィル・シャイアーズ(Will Shiers)は過去35年にわたり、廃車となった米国の自動車を撮影し続けている。50州すべてを旅して、納屋、野原、砂漠、ゴーストタウン、ジャンクヤードなどを探検し、隠された宝物を探している。自動車雑誌への寄稿も多い。
この写真は、今回訪問したライオンズ・ヴィンテージ・ジャンクヤードの事務所で撮影されたもの。著者が1953年式シボレーのソファに腰を下ろしている。
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当時もポニーカーで幅1.9mだから「長細いクルマ」にはなる。