ホンダの新型スポーツツアラー「NT1100」に河西啓介が試乗した。
都市型SUVのようなバイク
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ホンダから大型のスポーツツアラー「NT1100」が発売された。これまで存在したモデルの代替わりではなく、まったくの新規モデル。ただし「NT」はこれまでヨーロッパ向けモデルには使われていた車名だ。“New Tourer”を意味するという。わりと直球だ。
NT1100がどんなバイクかといえば、クルマでいうなら“SUV”。それもかなりオンロード寄りのSUVというところ。そして“ちょいラグジュアリー”。近いキャラクターとしてはレクサス「RX」あたりだろうか。無機質な顔つき、シンプルなカラー、伸びやかなデザインからは、「都市型」、「スマート」、「大人」、「ヨーロピアン」なんていうワードが浮かんでくる。
成り立ちとしては車体、エンジン、ドライブトレインなどをデュアルパーパスモデルのCRF1100L「アフリカツイン」と共有する。排気量もおなじ1082ccの水冷直列2気筒エンジン。
極低回転から粘り強いトルク特性で扱いやすさとスムーズさに定評があるエンジンだが、あらたに「給排気系など見直しオンロード寄りのセッティングを施した」とのこと。最高出力102PS/7500rpm、最大トルク104Nmというスペックはほぼ変わらない(トルクのみNT1100のほうが1Nm小さい)。
アドベンチャーは持て余す、という人に
いっぽう大きく異なるのは脚まわり。オフロード走破性を重視したアフリカツインは前21インチ、後ろ18インチのスポークホイールを採用するが、NT1100は前後17インチのキャストホイール。一見してオンロードでのスポーティな操縦性を志向しているのがわかる。ホイールが小さいぶん車体もアフリカツインよりコンパクトいなり(全長は90mm短く、全幅は95mmスリム)、フロントフォークのキャスター角を立てることでホイールベースも25mm短くなっている。
もうひとつ、NT1100のキャラクターを表しているのがトランスミッションをDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)のみとしている点だろう。つまりクラッチレバーやギアペダル操作が要らないオートマチック(なので大型AT免許で乗ることができる)。
ちなみに欧州仕様のNT1100にはマニュアルシフトとDCTの両方が用意されるが、日本仕様はDCTのみに絞られた。これは“オンロードを快適に走るツアラー”というキャラをより明確にするための割り切りだろう。
ここ数年、主に40~50代の大型二輪免許所有ライダーを中心に人気を博す“アドベンチャー”モデルであるが、あらゆる地形を走破できるよう車体やホイールが大きくなり、装備も増え車体が重たくなってしまう傾向にある。
しかしそれゆえ取りまわしや街中での走りにおいてはトゥ・マッチだと感じる人もいるはずだ。ホンダでいえばまさにアフリカツインがそのアドベンチャーモデルにあたる。そこで走りのターゲットをオンロードに絞ることで、より軽くスリムな車体と軽快なハンドリングを与えた、というのがこのNT1100のアウトラインだ。
Apple CarPlayが使える!
今回、新型NT1100のプレス向け試乗会が千葉県の南房総市で開催された。都心から高速道路を使えば1時間半ほどのアクセスで、海あり山ありのロケーション。NT1100を試すにはぴったりだ。僕に貸し出されたのは「マットイリジウムグレー」の1台。ちなみにNT1100はモノグレードでカラーはこのグレーと「パールグレアホワイト」の2色。非常にシンプルな構成だ。グラフィックも施されず、車体に小さなウイングマークのエンブレムと探さなければわからないぐらいのさりげなさで「NT1100」のロゴが入るのみ。そうとうに「ミニマル」を意識したのか。スタイリッシュな印象にはなっている。
跨ってみると、外観のシンプルさに対し、メーターやハンドルのスイッチ関係は賑やかだ。メーターは6.5インチのフルカラー液晶で、速度、回転、走行距離、燃料、ギアポジションなどの基本的情報のほかライディングモードの選択や設定も行える。
ブルートゥースおよびケーブルでスマホと接続が可能で、「Apple CarPlay」や「Android Auto」などのアプリも使えるという。今回の試乗では試すことができなかったが、個人的にはApple CarPlayが使えるのは相当便利だな、と思った。ディスプレイはタッチ操作が可能だ。感圧式なので画面にグッと圧をかける必要があり、スマホライクにサクサクとはいかないが、グローブをしたまま使えるのは便利だ。
車体はアフリカツインよりコンパクトと伝えたが、試乗会場で比較のために置いてあったアフリカツインにも跨ったところ、足着きはほとんど変わらなかった。
数値を見るとアフリカツインのシート高が830mm(ローシートは810mm)、NT1100は820mmと大差がない。とはいえシート幅が絞り込まれていることもあり、同カテゴリーの欧州車などと比べて足着きは悪くない。身長173cmの僕が跨り、両足のかかとがわずかに浮くぐらい。165cm以上あれば不安はないだろうと思う。
もうMTには戻れなくなる
とくに説明も受けずいきなり走り出そうとしたら、恥ずかしながら30秒ほど立ち往生。クラッチレバーがないのは分かっていたが、ギアをローに入れようと反射的に左足を踏み込んだらスカッと空振り。そういやシフトペダルもないのである。
あれ? あれ?と焦ったあと、右のグリップ付け根に「N(ニュートラル)→D(ドライブ)」の切り替えスイッチを発見。これを押したらカコンとギアが入っていよいよスタート。
DCT車には何度も乗ったことがあるが、ひさびさなので最初は運転がおぼつかない。だが徐々に思い出してくると、いつものパターンでこう思う。「これ、めちゃくちゃよく出来てるね!」と。
ギアチェンジはとてもスムーズで、変速を意識させることなくコトン、コトン、と速度に応じてシフトアップ&ダウンする。とくに発進時や極低速時のクラッチワークは抜群。当然エンストの心配もないので、これに慣れてしまったら「もう(MTには)戻れなくなるだろうな」と思わされる。
DCTはMTモードに切り替えれば、左手側の「+」「−」スイッチでマニュアル操作することも可能。また高回転まで引っ張ってシフトする「Sモード」も備わるが、もし自分がオーナーになったら、最初のうちはいろいろ試して楽しむだろうが、それに飽きたら9割方はノーマルATモードで走るだろうなと思う。ノーマルATでは2000rpmほどでスッスッとシフトアップし、気がつくと6速に入っている。まるで“めちゃくちゃ上手い人”のギアチェンジなのである。とくにタンデムライドでの恩恵は絶大だろうし、燃費もよくなるに違いない。
超快適なツアラー&シティ・エクスプレス
と、ほぼDCTの印象で終わってしまいそうだが、短い試乗時間の中で感じたのは、NT1100は“超快適”なツーリングバイクだということだ。
エンジンは前述したように低回転から粘り強く、スムーズに回り、とくに色気や味わいはないものの、動力源として過不足がない。
感心したのはウインドプロテクションで、5段階に高さ調節できるウインドスクリーンに加え、手元の風を防ぐアッパーディフレクター、足元の風を防ぐロアーディフレクターの効果で速度を上げるほどにライダーは風を受けずに走ることができる。これはとくに冬場のロングライドでの快適さには絶大なメリットを享受できるだろう。
ツーリングでの快適さという点では、グリップヒーターとETC2.0車載器が標準装備されているのも嬉しい。これらは後付けもできるが、取り付けた時の収まりや配線の取り回しなどのスマートさでは標準装備にかなうものはないからだ。そしてこれらの充実装備、そして前述の防風性能、ギアチェンジの必要がないDCTなどを考えると、都市をスマートに駆け回るシティ・エクスプレス的な使い方も似合いそうだ。
後ろに乗せたい“誰か”がいる人へ
かように卒なくスマートにまとめられたお洒落ツアラーなのだが、ひとつだけ気になったことがある。真横から見たときのプロポーションがかなり“あたまでっかち”なのだ。
しかし、試乗に先立ち配られたNT1100のカタログを見ているうちに「なるほど」と思い当たった。カタログは表紙から中面までとにかくカッコいい男女のタンデムシーン満載なのである。
その写真を見てわかったのは、このバイクは2人で乗ったときの姿を前提にデザインされているな、ということ。
そう考えると、スムーズでフラットな出力特性のエンジンも、変速ショックのないDCTも、ウインドディフレクション性能の高さも、すべてソロで乗るとき以上にタンデムライド時には大きな美点になるのだと。
まぁひとりで乗ってもいいバイクなんだけど、たとえば恋人でも、奥さんでも、子どもでも、友だちでも、もし後ろに乗せたい“誰か”がいる人にとっては、とてもいい選択になるのではないだろうか。
文・河西啓介 写真・安井宏充(Weekend.)
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