モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは2003年の全日本GT選手権GT500クラスを戦った『ヴィーマックRD350R』です。
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『ヴィーマックRD320R(2002年)』GT300を変えたレーシングスポーツ【忘れがたき銘車たち】
2002年全日本GT選手権(JGTC)の第2戦富士スピードウェイラウンド。この一戦において、まるでル・マン24時間レースなどを戦うスポーツプロトタイプカーの如きフォルムの1台がGT300クラスに登場し、デビューレースでいきなりポール・トゥ・ウインを飾った。そのマシンの名は『ヴィーマックRD320R』。
それまでのGT300クラスにおいて、量産スポーティカー/GTカーをベースにモディファイされた、ある種チューニングカーの延長のようなマシンが主力となっていた。そんななか、JGTCのために生み出され、ホモロゲーションを取得して参戦してきた純レーシングカーであるヴィーマックの登場は、ライバルたちに大きな衝撃を与えた。
ヴィーマックは初陣のあと、さらに2勝を挙げてトータル3勝をマーク。チャンピオンこそ逃したものの、この年のGT300クラスで唯一の複数回優勝という記録を残した。そして、初年度にして好成績を収めたヴィーマックは、翌2003年にGT500クラスへのチャレンジを決断する。
さらなる高みへ挑むにあたり、RD320RのシャシーをベースにGT500クラス用のタイヤを装着するため、加えてエアロダイナミクスをさらに洗練させる目的で、ボディの全長と全幅を拡大。さらにはRD320RではホンダNSXに載せられていた3.2リッターV6のC32Bエンジンをチューニングして搭載していたが、GT500クラスに向けてザイテック製の3.9リッターV8に換装した。
そうして生み出されたのがGT500クラス仕様のマシン、『ヴィーマックRD350R』である。
RD350Rは、富士スピードウェイで開催された2003年JGTC第2戦でデビューを果たす。しかし、GT300で見せた勢いをそのままに、とはならなかった。
2025年現在と同じように、すでにニッサン、トヨタ、ホンダのワークスマシン勢が群雄割拠という状況だった当時のGT500において、GT300で驚くべきスピードを見せたヴィーマックといえど、3メーカーのマシンには歯が立たたなかったのだ。最終的にこの年の決勝での最高位は9位というリザルトでシーズンを終えることになった。
ヴィーマックは、翌2004年にエンジンをM-TEC製の4.5リッターV8に換装して、さらにシャシー&空力性能を大幅に向上させたRD408RでGT500クラスにスポット参戦するも結果は奮わず。このシーズンをもってヴィーマックのGT500へのチャレンジは幕を閉じた。
その後、ヴィーマックのマシンはプライベーターたちの手によって再び主戦場をGT300クラスに移し、2010年代にかけて息の長い活躍を続けることになっていくのである。
[オートスポーツweb 2025年06月25日]
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みんなのコメント
紫電なんか宇宙まで走っていきそうなデザインのマシンだったもんなぁ。
マクラーレンF1も好きでした。