複雑化する物流法令と企業の対応負担
物流関係の法令改正は、内容が非常に複雑になっている。業界や分野を問わず、法令改正の内容を把握し、自社の事業への影響を確認するには手間がかかる。しかし、ここ数年の物流分野における法令改正は、ほかの分野と比べても内容が多岐にわたり、対応の負担が大きい。
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2024年には、「物流の2024年問題」を引き起こした働き方改革関連法と、職業ドライバー向けのルールである改善基準告示が施行された。2025年には、物流効率化法と貨物自動車運送事業法の改正が行われた。これらは合わせて物流関連2法と呼ばれる。2026年には、物流関連2法のさらなる改正に加え、取適法(旧下請法)が施行された。
帝国データバンクが今春実施した調査によると、
「改正物流効率化法の内容を知らない」
「法律の名前すら聞いたことがない」
と回答した企業は、合わせて約7割に達した。筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)は、法令改正に関する記事執筆やコンサルティング業務のため、法令の内容は一通り確認している。ただし、すべてを覚えているわけではない。そのため、関連する法令や指針を生成AI(NotebookLM)に読み込ませ、必要に応じて質問や確認を重ねている。
試しに、その内容の文字数を数えたところ、約12万文字にも及んだ。これは一企業の担当者が読み込んで理解するには、あまりに大きな量である。だからといって、法令を把握していないことは企業にとって経営上のリスクになる。最悪の場合、監督省庁から行政処分を受けた後に、
「法令を知りませんでした」
と説明する事態は避けなければならない。一方で、「物流を改善しよう」とデジタル化を進めている企業の中にも、法令への理解が不十分なまま取り組みを進め、実際の業務と合わない対応をしている例が見られる。
法令とシステム導入
ある運送会社の事例である。この運送会社は、メーカーの子会社である。資本関係がある以上、親会社の物流改善に対する責任は、資本関係のない協力運送会社と比べて、はるかに大きい。
同社では、法令でトラックへの設置が義務付けられているデジタコ(デジタルタコグラフ)の入れ替えを検討していた。そこで筆者は、親会社のシステムとのデータ連携を前提に、デジタコの選び方を見直すよう助言した。
今春施行された改正物流効率化法では、一定量以上の貨物輸送を行う荷主(特定荷主)に対し、荷待ちや荷役などにかかった時間を記録し、政府へ報告することを求めている(中長期的な計画の作成と報告義務)。
政府は輸送の効率を高めるため、1回の運行における荷待ちや荷役などの時間を合計2時間以内に収める「1運行2時間以内ルール」を設けた。デジタコなどの記録は、この基準を満たしているかを確認する際にも活用される。
一方、運送会社側にも、荷待ちや荷役にかかった時間を記録する義務がある。ただし運送会社では、出庫時間や帰庫時間、休息時間、休憩時間なども含めて運転日報を作成し、保管する必要がある。
荷主側が荷待ちや荷役時間を把握するために、運送会社の運転日報を使わなければならないという決まりはない。しかし、荷主側の担当者が物流センターへのトラックの出入りや荷役の状況をひとつひとつ確認し、記録するのは負担が大きい。そのため、運送会社から運転日報を取り寄せる方法が現実的なのである。
アナログ報告の弊害と現場の意識改革
ここで問題になるのが、運送会社から荷主へ報告する方法である。運送会社の中には、
「荷主への報告なら、運転日報をファックスすればよい」
と簡単に考えているところもある。しかし、そのような対応をされれば、荷主側の負担は大きくなる。
この荷主が、日々50台のトラックを動かし、1台当たり5件の配送を行っていると仮定すると、少なくとも250件の荷待ち時間や荷役時間などが発生することになる。これらを目で確認し、毎日集計しなければならない荷主側の事務作業は、大きな負担になるからである。
「そうですか…。いわれてみればそのとおりですね」
先の運送会社では、法令の考え方と、それによって生じる荷主側の業務負担を理解し、デジタコの選定基準を見直した。本来であれば、こうした気づきは筆者のような社外の助言者から指摘されるのではなく、社内の人材だけで解決できることが望ましい。だが、それは建前に過ぎない。
法令が改正された場合、担当者は内容を把握し、理解する必要がある。そのうえで、自分が担当する業務(※本エピソードではデジタコの選定)への影響を確認し、必要な対応を進めなければならない。しかし、そのために10万文字を超える法令やガイドラインのすべてに目を通し、理解することを求めるのは現実的ではない。
このような状況になった背景には、政府側の対応にも問題がある。そもそもの問題は、物流産業が抱える課題への対応を長年先送りしてきたことにある。その結果、ここ数年で急速に制度の見直しが進み、現場には大きな負担が生じている。
話を元に戻そう。ただし、すべての担当者が、このように柔軟に対応するわけではない。
「法令ではそんなことになっているのですか…。しかし、それは私の考えるべきことではありません。私の職務はシステムの導入であって、法令への対応は他部門の担当者が行うはずですから」
長くシステム開発の現場に携わってきた筆者は、このような部門ごとの役割に閉じた考え方を持つ人を何人も見てきた。こうした人は、会社に生じるリスクを把握していても、
「自分の担当外」
として扱ってしまう。しかし、本稿のテーマから外れるため、これ以上の考察は控える。
政策対応を迫る政府の事実上の踏み絵
岸田文雄政権(当時)が「物流革新政策」として物流産業の構造改革に着手したのは、2023年3月のことである。今春には、荷主に対する義務や罰則を盛り込んだ物流効率化法、貨物自動車運送事業法、取適法が施行された。これにより、法制度の枠組みはひと通り整ったことになる。
この政策では、多くの新たに追加されたルールとともに、新たに追加された業務も生まれた。前述した荷待ち時間や荷役時間などの記録は、その代表例である。
問題は、新たに追加された業務がある一方で、それをどのように進めるのかという具体的な方法が示されていない点だ。政策とはそういうものなのかもしれない。しかし、
「方法は自分たちで考えなさい。ただし、対応しなければ罰則がある」
と任される荷主や運送会社にとって、負担は大きい。
整理すると、まず法令の内容を把握するという課題がある。次に、自社の業務へどのような影響があるのかを確認しなければならない。そのうえで、法令を守れるように、これまでの業務の進め方を見直す必要がある。
特に負担が大きいのが、最後の段階である。法令を守るために人を増やせる企業は限られている。法令対応そのものは基本的に利益を生むものではないため、人員を増やせば利益を圧迫する要因になるからだ。結局のところ、行き着く対応策は
「デジタル化」
になるだろう。システムを導入すれば費用は発生する。しかし、人件費の増加と比べれば、経営への影響は抑えやすい。ただ、特にITへの理解や活用経験が十分ではないとされる中小企業が、物流革新政策に対応するためのデジタル化を進められるのだろうか。冒頭で述べたように、筆者は法令を理解するために生成AIを積極的に活用している。しかし、
「生成AIという言葉は聞いたことがあるが、自分たちには使えない」
と考える事業者もいるだろう。
新たな基準がもたらす事業者の淘汰
そもそも一連の物流革新政策を見ると、政府は事業者の淘汰を進めようとしているようにも見える。
運送会社に過度な負担を負わせ、ドライバーを厳しい労働環境へ追い込む荷主や、それを受け入れ、法令違反を繰り返す運送会社を行政処分の対象とする方針は理解できる。
しかし、法令を正しく把握し、業務に反映できる経営力や、対応策としてITを活用できる力を求める政策からは、対応できないのであれば仕方がないと市場からの退出を促しているようにも見える。
「悪貨が良貨を駆逐することがあってはならない」
これは物流革新政策の議論で、たびたび使われてきた表現である。だが、ここにきて、その「悪貨」とされる基準は大きく変わっている。あなたの会社は、市場から退く側になっていないだろうか。(坂田良平(物流ジャーナリスト))
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