日本に上陸した新型キャデラック「リリック V」は、実にアメリカンなEVだった! 『GQ JAPAN』ライフスタイルエディターのイナガキがリポートする。
新型キャデラック リリック Vの特徴
新時代のアメリカン・マッスル──新型キャデラック リリック V試乗記
1.概要2.重量級のハイパフォーマンスカー3.右ハンドルのみ4.総評1.ワープ感覚
(前のページから続く)いよいよシステムの電源を入れ、静かに走り出す。
市街地での振る舞いは、あくまでも洗練された高級SUVのそれであり、荒々しさはみじんも感じさせない。しかし、ひとたび開けた直線道路に出れば、このクルマの本来の顔がのぞく。標準モデルの約1.5倍に達する最大トルクを発生するデュアルモーターAWDシステムの加速力は、凄まじい。
ドライブモードを最も過激な「Vモード」にセットし、フルスロットルを与えた瞬間、2.6tを超える車体は、タイヤの鳴きやエンジン音といった派手な前兆もなく、まるで宇宙船がハイパースペースへ突入するかのように、無音のまま異次元の速度域へと加速していく。
シートに体が深く押し付けられ、視界の端の景色が瞬時に後方へ飛び去っていく。内燃機関のクルマでは味わえない、EV特有のシームレスなGの連続だ。
直線での速さは、時に恐怖すら覚えるほどだ。アクセルレスポンスは鋭く、急な上り坂でも苦にせず、太いトルクが車体を前へと押し出していく。高速クルージングや見通しのよい直線での追い越し加速なら、速いスポーツカーを相手にしても引けを取らないだろう。
これこそ、アメリカン・スポーツカーが伝統的に重んじてきた「直線番長」のアイデンティティであり、リリック Vはその精神を最新の電動技術で現代に受け継いでいる。
2.重量級のハイパフォーマンスカー
ワインディングロードでは、トルクベクタリングが各輪の駆動力を精密に制御し、車体をコーナーの出口へ向けようとする。その働きはステアリングを通じてよく伝わってくる。
だが、タイトなコーナーをハイペースで駆け抜けようとすると、2.6tの質量が前に出てくる。重い車体を制御の力で曲げている感覚は拭えない。ヒラヒラと軽やかに舞うように走る、ヨーロッパのライトウェイトスポーツとは対極の世界観だ。
どこまでいっても重量級のハイパフォーマンスカーであることを意識させるドライビングフィールだ。サーキットの長いストレートや、見通しのよい緩やかな高速コーナーが続く環境ならともかく、日本の狭く曲がりくねった峠道で、リリック Vの真価を安全かつ気持ちよく引き出すのは、やや難しいかもしれない。
3.右ハンドルのみ
リリック Vを日本市場で評価するうえで、見過ごせない懸念がある。日本仕様のリリック Vが、全車右ハンドル仕様に限定されることだ。
一般的な実用重視の輸入車やファミリーユース主体のSUVなら、右ハンドル化は歓迎すべきローカライズであり、販売台数を伸ばすうえで欠かせない条件でもある。しかし、趣味性が高く、マニアックな層を狙うVシリーズのカスタマーには、古くからの熱心なアメリカ車ファンや、左ハンドルにこだわる人が多いだろう。
彼らにとって左ハンドルは、運転席の配置や追い越し時の視界といった実用面を超えて、アメリカン・カルチャーを所有し愛好するアイデンティティに関わる要素なのだ。
不便を承知で長く左ハンドルのキャデラックやシボレーを乗り継いできた筋金入りのユーザーにとって、本国仕様と異なり右ハンドルしか選べない制約は、購入をためらわせる要因となり得る。
右ハンドル化によって、これまでキャデラックに縁のなかった新たな顧客層を開拓できる可能性はある。だが、左ハンドルが選べたなら、コアなファン層からの売れ行きやブランドの受け取られ方は違ったのではないか、と惜しまれる。
価格設定は戦略的で、魅力がある。日本仕様の価格は1890万円。誰もが気軽に手を出せる額ではないが、同等のスペックと高級感を持つヨーロッパ製のハイパフォーマンスEV、たとえばポルシェ「タイカン」やアウディ「RS e-tron GT」と比べれば、コストパフォーマンスは高いといえるかもしれない。
ハードルは価格だけではない。販売手法にもある。オーダー受付は2026年3月25日から6月21日までの期間限定の受注生産で、デリバリー開始は2027年初頭の予定。販売スケジュールはかなりタイトだ。
もっとも、街なかで滅多に見かけない希少性は、選ばれた人だけが手にできる特別なクルマという価値を高めるだろう。
4.総評
新型キャデラック リリック Vは、あらゆるシーンをそつなくこなす、欠点のない優等生ではないかもしれない。
しかし、高速道路の直線でアクセルを深く踏み込んだ瞬間に訪れる強烈な加速と、アメリカン・クラフトマンシップで丁寧に作り込まれたラグジュアリーな世界観──このギャップこそが、他のブランドには真似のできない魅力的な個性だ。
大排気量の内燃機関が静かなモーターに置き換わっても、いざとなれば直線で他を圧倒し、悠々とクルージングを楽しめる。アメリカン・マッスルのDNAは、リリック Vのなかに確かに息づいている。
キャデラックのVシリーズは、静粛性と過激さを併せ持つEVとして、新たな領域に踏み出した。
リリック Vは、いま手に入るフル電動ハイパフォーマンスSUVのなかでも、際立って個性的な1台といえる。
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