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どこまでもジェントル──新型アストンマーティン ヴァンテージS試乗記

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どこまでもジェントル──新型アストンマーティン ヴァンテージS試乗記

日本に上陸した新型アストンマーティン「ヴァンテージS」は、“S"ならではの魅力があった! 『GQ JAPAN』ライフスタイルエディターのイナガキがリポートする。

新型アストンマーティン ヴァンテージSの特徴

“S”であることの真価──新型アストンマーティン ヴァンテージS試乗記

1.“S”がもたらす特別な意味2.専用の内外装3.英国流レーシング4.絶妙なシャシーチューニング5.日常での扱いやすさと乗り心地の良さ1.“S”がもたらす特別な意味

英国が誇るウルトラ・ラグジュアリー・スポーツカーブランドであるアストンマーティンにおいて、“S”の称号は常に特別な意味を持ち続けてきた。

輝かしい起源は、モータースポーツの歴史に名を刻む1953年製造の「DB3S」にまでさかのぼるこ。世界スポーツカー選手権での優勝や、1950年代のル・マン24時間レースにおける度重なる準優勝など、国際的な成功を初めてアストンマーティンにもたらした名車は、ベースモデルから徹底的な軽量化とパワーアップを図り、ビジュアル面でも研ぎ澄まされた特別な1台だった。

以降も、アストンマーティンは自らのラインナップにおけるコアモデルをベースに、パフォーマンスの限界をさらに押し広げた特別なモデルに対して“S”の文字を与え続けてきた。

伝統の復活は、2004年のパリ・モーターショーで世界中の熱い視線を集めた「ヴァンキッシュS」からで、その後も2011年の「V8ヴァンテージS」、2013年の「V12ヴァンテージS」と続き、常に最高峰のパフォーマンスとドライビングスリルを追い求める熱狂的な愛好家たちを魅了してやまなかった。

そして今、栄光の系譜に連なる最新作として姿を現したのが、今回試乗の機会を得た新型ヴァンテージSだ。フロントエンジンのスポーツカーとして既に揺るぎない名声を確立している標準仕様のヴァンテージを土台としながらも、出力の向上と動的性能の徹底的な磨き上げが行われており、スポーツカーにおけるパフォーマンスの頂点を極めようとするアストンマーティンの強い情熱がひしひしと伝わってくるモデルに仕上がっていた。

2.専用の内外装

用意された試乗車の前に立った瞬間、存在感を放つボディカラーに目を奪われた。

アストンマーティンといえば、伝統的に深みのあるレーシンググリーンや、エレガントなシルバー、あるいはシックなブラックといった、どこか控えめで落ち着いたトーンの色彩が選ばれるのが多いといった印象を抱いている読者も少なくないだろう。

しかしながら、目の前にあるヴァンテージSは、「デジタルバイオレット」と名付けられた、鮮やかで刺激的な紫色の装いをまとっていたのである。

本ボディカラーは、アストンマーティンのパーソナライゼーション部門である「Q」によるスペシャルペイントであり、光の当たり具合によって妖艶な輝きを放つ。アストンマーティンに対する保守的な概念を心地よく覆してくれる素晴らしい選択であると感じた。

少し乗るのが気恥ずかしくなるほどの派手さを持ち合わせているものの、秘めている尋常ならざるポテンシャルを考えれば、これほどまでに自己主張の強いカラーリングこそが相応しいのかもしれない。

エクステリアのディテールに目を移すと、パフォーマンスを極限まで追求したSモデルならではの機能的なデザインが随所に散りばめられているのに気づく。フロントセクションにおいては、中央に配置された新しいボンネットブレードが目を引く。これは単なる視覚的なアクセントにとどまらず、巨大なV8エンジンから発せられる熱気を効率的に排出するための重要な役割を担っている。フロントフェンダーには、特別なモデルであることをひそやかに主張する“S”のバッジが輝いている。

リヤに回れば、車幅いっぱいに広がる新設計のデッキリッドスポイラーが強烈な個性を放っている。このスポイラーは、最高速度域でのリアのダウンフォースを44kg増加させるだけでなく、フロントとの空力バランスを最適化し、コーナリング時の圧倒的なグリップ力に貢献している。

さらにオプションとして用意されているブラックのフロントグリルベーンや、ロワーピンストライプといったブラックパーツ群が、ボディの鮮やかなバイオレットと見事なコントラストを描き出し、スポーティでありながらも決して下品にならない、大人のための高性能車としての佇まいを完成させているのである。

3.英国流レーシング

重厚なドアを開け、低く構えたキャビンへと足を踏み入れると、そこにはイギリスの高級車メーカーならではの、息を呑むほどに精緻で上質な空間が広がっていた。

今回の広報車には、オプションである「Inspire S」のモノトーン・アルカンターラ内装が施されていて、オニキスブラックのセミアニリンレザーとの組み合わせが、レーシーでありながらも洗練された雰囲気を醸し出している。ルーフライニングにもブラックのアルカンターラが奢られ、包まれ感のあるコクピットを演出している。

特に印象的なのは、オプション設定となっているカーボンファイバー製のパフォーマンスシート。いかにもレーシングカー然としたバケットタイプのデザインであり、サイドサポートの張り出しが非常に大きく、ドライバーの身体を強固にホールドしてくれる安心感がある。シートは6ウェイの調整機能を備えており、リクライニングや高さの調整は電動で行える一方、前後スライドは手動のセミ電動方式が採用されている。すべてをフル電動にするのではなく、あえてこのような方式をとることで軽量化を図りつつも、日常の使い勝手を損なわないというアストンマーティンの思想が垣間見える部分であり、このクラスのスーパーカーを日常的に使用するオーナーにとっては、利便性とスポーツ性を両立させた有能な装備のはずだ。

インテリアの細部に目を向けると、かつてのアストンマーティンに見られたような、手作りゆえのわずかな隙間や組み立ての甘さといったものは払拭されているのに驚かされる。カーボンファイバーのトリムインレーや、サテンダーククローム仕上げのインテリアジュエリーパックなど、あらゆるパーツの立て付けや質感が飛躍的に向上しており、クオリティに対する不安は感じられない。

また、随所に施された赤いステッチ、さらには赤いアクセントがあしらわれたインテリアハイライトが、漆黒のキャビンの中で静かに、しかし確実にドライバーの闘争心を掻き立ててくれる。

インフォテインメントシステムについても、少し前に登場した「DB12」の初期モデルなどでは操作性においてやや独自の癖があり扱いづらさを感じさせる場面もあったが、新型ヴァンテージSに搭載されているシステムはそうしたネガティブな要素が解消されている。

直感的でスムーズな操作が可能となっており、街乗りから長距離のグランドツーリングに至るまで、ドライバーはストレスを感じることなく、快適なドライブを楽しめる。

4.絶妙なシャシーチューニング

新型ヴァンテージSの心臓部には、アストンマーティンのエンジニアたちが精魂を込めて改良を施した、4.0リッターのV8ツインターボエンジンを搭載。本パワーユニットは、最高出力が680ps(6000rpm時)、最大トルクは3000rpmから6000rpmの幅広い回転域で800Nmを発揮。およそフロントエンジンのスポーツカーとしては規格外とも言える凄まじいスペックを誇っている。

0~100km/h加速はわずか3.4秒で駆け抜け、最高速度は時速約325km(202mph)! 標準のヴァンテージと比較しても、0~100km/h加速のタイムが0.1秒短縮されており、ごくわずかな数値の向上を達成するために、パワートレインのキャリブレーションやローンチコントロールシステムの最適化など、途方もない労力が費やされているのだ。

しかし、アストンマーティンが目指したのは単なる直線番長を作るのではない。途方もないパワーを余すところなく路面に伝え、ドライバーが意のままに操る喜びを味わえるよう、シャシーにも徹底的なチューニングが施されている。

ビルシュタイン製のDTXアダプティブダンパーはハードウェアとソフトウェアの両面から見直され、フロントエンドのレスポンスを鋭く磨き上げると同時に、リヤスプリングの剛性をあえて下げ、低速域での乗り心地の良さも確保している。

さらに、トランスミッションマウントの剛性を10%落とし、パワートレインの細かな振動を吸収。逆にリヤのサブフレームはラバーブッシュを介さずにボディへ直接マウントし、ステアリングのダイレクト感を極限まで高めている。

相反する要素を絶妙なバランスで成立させている点に、アストンマーティンのシャシーエンジニアたちの並々ならぬ執念と技術の高さが表れている。

5.日常での扱いやすさと乗り心地の良さ

エンジンを目覚めさせ、市街地へとクルマを進める。

驚いたことに、ヴァンテージSには「ノーマルモード」の走行モードが存在しない。最も穏やかな設定が「スポーツモード」であり、さらに過激なモードへと切り替えていく、生粋のスポーツカーらしい割り切った仕様となっている。

名前に“S”が冠されている以上、どれほどスパルタンで神経質な振る舞いを見せるのかと身構えていたが、予想は良い意味で裏切られた。

街中を50km/hほど、5速ギアでゆっくりと流しているような状況においては、車内は静粛に保たれており、アストンマーティンらしいゆったりとした優雅な走りの感覚がじわりじわりとドライバーに伝わってくるのである。

サスペンションの設定は絶対的な基準で言えば硬めではある。特に今回の試乗車に装着されていたカーボン製のバケットシートはクッションストロークが短いため、路面からの突き上げを直接的に身体へと伝えてくる感覚があり、体感上の硬さを助長している面は否めない。もしこれが標準のシートであれば、乗り心地の印象はさらにマイルドなものになっていただろう。

しかしながら、そうしたバケットシート特有のダイレクト感を除けば、電子制御ダンパーの極めて緻密なチューニングが見事に功を奏しており、足捌きは非常にしなやかである。路面の荒れた部分を通過しても、不快な振動がいつまでも残らず、一発でストンと揺れを収束させるだけの高いダンピング性能を備えている。むやみにドライバーを急かすような荒々しさとは全く無縁の、どこまでもジェントルで洗練された世界観があった。地道なパワーアップを果たした高性能モデルでありながら、通常の街乗り領域においては標準のヴァンテージと明確な差を感じさせないほどの扱いやすさを誇っており、誰にでも気負うことなく乗りこなせる懐の深さを持っているのだ。

▲次のページ:「“S”であることの真価」

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文:GQ JAPAN 稲垣邦康(GQ)
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