DSオートモビルのフラッグシップ、新型「N°8(ナンバーエイト)」は、唯一無二のラグジュアリー・カーだった! 『GQ JAPAN』ライフスタイルエディターのイナガキがリポートする。
新型DSオートモビル N°8の特徴
1.「魔法の絨毯」2.DS流インテリア3.STLA-Mediumプラットフォーム1.「魔法の絨毯」
(前のページから続く)スタートボタンを押し、いよいよ路上へと滑り出す。
走り出しの第一印象は、重厚にして滑らか、まさにブランドの主張である「ダイナミック・セレニティ(動的な静寂)」を体現したものだ。
フランス車特有のストローク感のある足回りは、BEVならではの低重心と相まって、フラットライドを提供する。フロントガラス上部のカメラで前方の路面状況を読み取り、姿勢センサーや加速度センサーと連動して四輪のダンパーの減衰力をミリ秒単位で電子制御する「DSアクティブスキャンサスペンション」システムが標準装備されており、これが効果的に機能している。
マンホールの段差や荒れた舗装路を通過しても、ショックは吸収され、キャビンには心地よい揺らぎしか伝わってこない。シトロエン時代からの伝統である「魔法の絨毯」と呼ぶにふさわしい乗り味だ。
一方で、ノーマルモードでの加速は350psの最高出力から想像するよりもずっとジェントルに躾けられている。アクセルを深く踏み込めば当然のように強烈な加速を見せるが、車両重量が約2.3tにも達するため、物理的な重さは常に顔をのぞかせる。
センターコンソールのセレクターでドライブモードを「スポーツ」に切り替えると、性格は一変し、シートバックに体が強烈に押し付けられるほどの凶暴なダッシュ力を発揮する。
しかし、強大なトルクに対して、あくまでコンフォート志向のシャシー設定が少し追いついていない感覚があり、急加速時や素早いレーンチェンジではボディのピッチングやロールがやや過大に感じられる場面もあった。過去の同グループのモデルと比較すれば格段に抑えられているとはいえ、スポーティな走りを楽しむクルマではなく、あくまで直線を優雅に、そして圧倒的な余裕を持ってクルージングするためのグランドツアラーなのだ。
回生ブレーキはステアリング裏のパドルで3段階に調整可能であり、センターコンソールのスイッチでワンペダルドライブモードも選べる。ワンペダル制御は市街地でのストップ&ゴーで有用であった。
2.快適なリアシート
続いて、運転を代わり、後部座席でのショーファードリブン体験へと移る。
新型N°8は、本国ではフランス大統領の公用車としても採用されるほどの実力を持っているのも納得で、リアシートの居住性は特筆すべきものがある。
クロスオーバーSUVスタイルであるため、ヒップポイントが適度に高く、乗り降りはスムーズだ。専用プラットフォームの恩恵で、センタートンネルのないフラットなフロアが実現されており、足元の空間は広大。ヘッドクリアランスは84cm確保され、かつ背もたれは30度傾斜しているため、深く腰を掛けてリラックスできる姿勢が自然と作られる。
後席用のエアコン吹き出し口や、シートヒーター、ベンチレーションも完備されており、VIPをもてなす空間としては十分だ。
さらに頭上を見上げれば、広大なパノラミックスクリーン印刷のガラスルーフが広がっている。このルーフには物理的なサンシェードが備わっていない。赤外線カット処理を含んだ複数層の合わせガラスや低放射(Low-E)コーティングが施されており、夏場も冬場も断熱性能は確保されているという。
が、高温多湿で刺すような日差しの厳しい日本の猛暑日において、本当にシェードなしで頭頂部の快適性を担保できるのかは分からない。室内を暗くする調光機能すら省かれている点も、潔いといえば聞こえはいいが、実用面での不安要素だ。
とはいえ、リアシートでの走行フィールは、フロントシート以上に快適であった。フロントで自ら運転した際に感じた重さを伴う挙動は後席ではほとんど気にならず、DSアクティブスキャンサスペンションがもたらすフラットでしなやかな乗り心地を純粋に享受可能。静粛性も高く、合わせガラスと徹底的な空力および遮音対策の恩恵で、外界の喧騒や風切り音、ロードノイズはシャットアウトされる。
静寂な空間で体験する、フランスのオーディオブランドFOCALと共同開発した「FOCAL Electra 3D」オーディオシステム(14スピーカー、690W)のサウンドは圧倒的だった。アルミ製のドアトリムに直接レーザー加工で微細な穴を開けてスピーカーグリルとしている点も、他に類を見ない美しさであり、目と耳の両方で芸術体験を味わえる。
日本市場において、メルセデス・ベンツの「Sクラス」やトヨタの「アルファード」がひしめくショーファーカー市場に、新型N°8を持ち込むのは非常にアバンギャルドな選択だ。他とは絶対に被りたくない、真の個性とフランスの美意識を理解するエグゼクティブにとって、これ以上なく魅力的な選択肢となるだろう。
もっとも、それを望む層はかなり少ないかもしれないが……。
3.立ちはだかる販売網
さて、新型N°8の車両本体価格は¥10,050,000に設定されている。
日本国内でEVを購入する際に適用されるCEV補助金(クリーンエネルギー自動車導入促進補助金)が¥552,000交付されるため、実質的な車両本体の負担額は約950万円だ。
オプションの「アブソリュートコンフォートパッケージ」(フロントマルチポイントランバーサポート、前後シートベンチレーション、FOCALスピーカー、ステアリングヒーター等のセット)を追加すればプラス¥400,000。
ただし、価格設定には疑問が残る。
STLA Mediumプラットフォームは本来C~Dセグメントをカバーするアーキテクチャであり、その骨格の上にフラッグシップとして1000万円超を掲げるのは、ハードウェアの出自を考えると強気と言わざるを得ない。この価格帯にはアウディQ6 e-tronやBMW iX3など、ブランド力で先行するドイツ勢がひしめいており、DSのプレステージ性が日本市場でどこまで通用するかは未知数だ。
もうひとつ、N°8にはクルマ自身の出来栄えとはまったく別の次元で問題がある。日本国内のディーラーネットワークの圧倒的な少なさだ。全国にわずか13店舗。実車を見に行くことすら困難で、購入後のメンテナンスやトラブル対応にも不安が残る。1000万円級の高額車を選ぶうえで、これは高すぎるハードルだろう。
クルマの真価を理解し、フランス独自の美学に共鳴する人にとっては、かけがえのない1台になり得る。だからこそ、かつてのDS3やDS4がそうであったように、全国のシトロエン正規ディーラーでのDSブランド併売を復活させるべきではないだろうか。
経済的な合理性や高いリセールバリュー、街中での分かりやすいステータスを求める層が選ぶクルマではない。だが、乗り味は間違いなく第一級だ。特に後席で静寂に包まれながら過ごす時間は、他のどのBEVにも似ていない独自の世界観がある。
その個性を愛し、わずかな欠点すらもフランス車ならではのエスプリとして受け入れられるなら、あの後席の静寂と乗り心地は、他のどんなBEVにも代えがたいものになるはずだ。
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