29歳で人生初のフェラーリを購入した『GQ JAPAN』の編集部員のイナガキが、ひょんなことからあるスポーツカーを購入することに。はたして、“跳ね馬”そして“ゲレンデ”の次はいかに?
“操る悦び”
今、買える“時を止めた”中古車たち──Vol.5 ワンオーナーのメルセデス・ベンツ190E 2.6
(前話から続く)東名高速道路の東京インターチェンジを降りて駒沢公園に到着し、約1000kmの長旅を終えた歓喜に浸っていたのも束の間。エスプリとのドライブは、まだ終わっていなかった。
預けていた荷物を引き取るべく東京・調布の友人宅へ立ち寄った後、再び重いステアリングを握り、都心方面へ戻る。
どうしても、エスプリを“最初に見せなければならない”友人がいたからだ。
「納車されたら、絶対一番に見せてくださいよ!」
彼と交わした約束を果たすべく、疲れ切った身体に奮い立たせて都心へと向かった。
彼を助手席に乗せ、ドアを閉めると、狭い車内は一気にクルマ談義で熱を帯びた。
バスタブのように深いサイドシル、タイトなコックピット、そして背後で甲高くうなるターボエンジン……走り出すや否や、彼は「これはすごい!」「やばい!」と少年のように目を輝かせ、興奮を隠しきれない様子で何度も感想を口にした。
最新車にはない、むき出しの機械感と非日常のオーラが、彼のクルマ好きとしての琴線に触れたのだろう。横顔を見ていると、1000kmを走破してきた苦労も報われるというものだ。
そのままドライブがてら、長旅の疲れを癒すべくサウナへと向かった。都内の一般道を走りながらノンパワステ、いわゆる“重ステ”について考えを巡らせていた。
たしかに、市街地の交差点や車庫入れはステアリングが重くて辛い。しかし、パワーステアリングがないことのメリットもある。
路面の細かなアンジュレーション、タイヤがアスファルトをつかむグリップ感、そしてクルマの挙動の変化が手のひらへとダイレクトに伝わってくるのだ。クルマと人間が物理的に、そして直接的に繋がっている一体感がある。現代のクルマが便利さと引き換えに失ってしまった“操る悦び”の原点かもしれない。
同時に、ふと感嘆の念が湧き上がってきた。「昔の人はすごいなぁ」と。こんなにも重く、ダイレクトで、ごまかしの効かない機械を日常的に乗りこなし、時にサーキットで手なずけていたのだからすごい。先人たちのドライビングスキルに、敬意を抱かずにはいられなかった。
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しかし、そんなロマンに浸る都心でのドライブも一筋縄ではいかなかった。
サウナに寄り、友人を自宅まで送り届けようとした帰り道のことだ。高速道路主体の1000kmドライブとは異なり、都内の一般道は当然ながらストップアンドゴーの連続。低速ギアを切り替え、クラッチを何度も踏み直さなければならない。
信号待ちからの発進。重いクラッチをしっかりと奥まで踏み込み、シフトレバーを1速へと押し込もうとする。
……入らない!
ギアが何かに弾かれるように、ゲートの入り口でかたくなに拒絶。力を込めても、何度クラッチを踏み直しても、1速に入らなくなってしまったのだ。焦りの中で無理やり押し込み、なんとか1速に入ったと思いきや、今度は2速へのシフトアップを受け付けない。2速から3速への変速も、まるで金属同士が噛み合っていないような渋さだ。ちなみに、3速から4速、5速といった高いギアには何事もなかったかのようにスムーズに入る。
さらに不安となったのは、クラッチペダルを踏み込むたびにリアから聞こえてくる「シューッ……」といった不気味な異音だった。クラッチフルードが漏れて油圧が逃げているのか、それともレリーズシリンダーが限界を迎えたのか。
いずれにせよ、クラッチが正常に切れていない可能性が高い。
「これは、完全にやばい……!」
友人を乗せたまま、クルマが動かなくなることは避けなければならない。背筋に冷たいものを感じながらも、発進のたびにギアと格闘し、だましだまし都内を走り抜け、なんとか友人を送り届けた。そして後日、エスプリを購入したサンク福岡の系列店である「サンク東京」へと持ち込んだ。
納車早々の即入庫。旧車の洗礼は、想像していたよりも遥かに早く、そして容赦なく降りかかってきたのである。
ちなみに後日談となるが、本連載記事を読んだ読者から、購入先である「サンク福岡」に対して「納車前の整備をきちんとしていない」との理由で、インターネット上に星1つの低評価レビューが書き込まれた。
しかし、彼らの名誉のために記しておきたい。そもそも30年以上前の旧車であり、今回の契約はリスクを承知した上での「現状販売」が前提。販売店側に落ち度はなく、批判の矛先が向かうのは誤解だ。
むしろ特筆すべきは、その後の対応である。東京へ戻るまでに露呈した初期不良に対し、駆け込んだ系列店の「サンク東京」は真摯に向き合い、きっちりと整備を施してくれた。
旧車は、トラブルを乗り越えながらショップと二人三脚で仕上げていくものである。1000kmの旅路の果てに待っていたトラブルもまた、エスプリとの絆を深めるための大切な通過儀礼。サポートしてくれたサンクには感謝の念に堪えない(つづく)。
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Vol.11 ついに東京へ! が、忍び寄る新たなトラブルとは……
文と編集・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.)
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