世界にたった1台だけって魅力的!!
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第40回は「チンクエチェント博物館のビスポーク・プログラム」をお届けします。
ゴブジ号ついにお披露目! 歓びの裏側で「ウソだろ?」なできごとが進行中【週刊チンクエチェントVol.38】
自分の世界観を100%、500に投影したくない?
なんだよ、もしかしてまた進展報告ないのかよ……次のトラブル期待してるのに……という皆さんの心の声が聞こえてはきてるのだけど、前回、チンクエチェント博物館の取り組みのひとつとしてバッテリーEVへのコンヴァージョンをお伝えしたので、いずれ紹介しなきゃと考えてたもうひとつの取り組みについても触れておくことにする。だってお話がちっとも進まないせいで、順番にこだわってたらいつまで経っても紹介できないような気がするから。……あ。自分が悪いのか。
いや、まぁ、とにかく。その取り組みとはなんぞや。チンクエチェントのビスポーク、である。ビスポーク=オーダーメイド。旧いチンクエチェントに想いだとか美意識だとか好みだとかを思い切り詰め込んだ、自分だけの1台をつくってもらえる、というわけだ。エクステリアも、インテリアも、さまざまなディテールも、搭載エンジンやサスペンションの仕様も、チンクエチェントの車体を使ってできることならすべて、具現化してもらえるわけだ。つまり世界にたった1台、自分だけのスペシャルにしてプレミアムなチンクエチェントを手に入れることができるのである。超プレミアム・ブランドの新車であれば似たようなビスポークが可能になったりすることもあるけれど、いわゆるヒストリックカーでは──個人でレストモッドを楽しむ人はいるけれど──まず聞いたことがない。しかも、だ。チンクエチェントは生産されてた期間も長いしアバルト595/695も含めたヴァリエーションも多いし現在でもパーツ類がかなり豊富だから、できることの幅が広いし奥も深いのだ。これってものすごーく贅沢なことだと思う。
第1弾はアーティストの椿彩さんが仕立てた「博物館モデル」
博物館が最初に仕上げたビスポーク車両は、アーティストの椿彩(CHIYA)さんの絶妙な色彩感覚やセンスでまとめられたモデル。明るめのポジターノ・イエローをベースにしている。様々な世界で活躍しているこうした人たちとのコラボレーションから生まれるモデルを、チンクエチェント博物館では“博物館モデル”と呼んでいる。博物館モデルは、基本、純正の仕様をリスペクトしつつオーナーとなる人の個性や好みを盛り込んでいくことになる。それでもできることは、好みや予算次第ではあるけど、無限大に近い。
◎詳しく知りたい人はこちらをどうぞ。(外部リンク)
モータージャーナリストの西川 淳さんが仕上げた「ブラックマウス」
そしてもうひとつ“コンセプト・モデル”と呼ばれるものがあって、それは同業の友人である西川 淳さんがプロデュースするもの。フロントにランプ類がズラリと並ぶ黒いチンクエチェントは、“ブラックマウス”と名づけられてるのだけど、素晴らしいお手本だ。一見、ラリー仕様のような精悍な印象がグッと迫ってくるのだけど、実はこのクルマ、西陣織だったり漆塗りだったりといった日本の伝統工芸を用いた繊細なディテールを持っていたり、デカールじゃなく手描きのピンストライプが入っていたり、プラ部品にメッキ加工を施していたり、シートを特別な本革で作り直してたり……と、西川さんの想いをほとんどすべて盛り込んで全面的に手を入れたようなモデルになっている。いわば、行くとこまで行くぞ! な仕様。これ、細かく見れば見るほど、めちゃめちゃ凄いぞー!
◎詳しく知りたい人はこちらをどうぞ。(外部リンク)
クルマ好きなら誰だって、自分の愛車を世界で1台の仕様に仕立てたいっていう気持ちを持ってるもの。何も大掛かりなことばかりをやればいいってことじゃなく、例えばお気に入りのステッカー1枚貼ることだってそうだし、ダッシュボードやパーセルシェルフに花を飾ったりというのもそうで、そのためのステッカーを作ってもらったり花を飾るためのホルダーを作ってもらったり花瓶を取り付けてもらったりというような、いわば“ちょっと違うよね”という自分スペシャルから、それこそブラックマウスのような予算にも作業にも糸目をつけずに究極の自分仕様を創造した自分スペシャルまで、可能な限り要望に応えたチンクエチェントを作りますよ、というのがチンクエチェント博物館のビスポークなのだ。
>>>フィアット&アバルトの専門誌「FIAT & ABARTH fan-BOOK」のvol.08を読みたい人はこちら(外部サイト)
実際にビスポーク・モデルを手掛けてみた!
恥ずかしながら、実は僕が関わらせてもらったビスポーク・モデルというのも、1台、存在している。その名を“アリゼイ”という。チンクエチェント博物館の伊藤精朗代表と話してるときに、何かのタイミングでビスポークについて“おもしろい試みですよね”みたいなことを(たぶん)クチにしたら、まるで“じゃあ御飯でも食べに行く?”みたいな自然な口調で“じゃあ嶋ちゃんも1台やって”みたいな言葉が返ってきて、アイデアを練らせていただくことになったのだ。
すでに椿彩さん作の柔らかくて優しい雰囲気を持つフェリーチェがあって、エレガンスと精悍さと日本文化へのリスペクトが見事に混在した西川さん作のブラックマウスがあって。なので、その次のビスポークはどうあるべきか……? なんて小難しいことを考えたりもしたのだけど、ベースになる予定のクルマを見た瞬間、方向性はほとんどあっさり決まった。
そこからはコロナ渦のときにSTAY HOME企画としてフィアットがお子ちゃま用にサイトを通じて配ってた塗り絵に色を塗りたくってみて、それをベースに博物館の伊藤さんや深津さんと相談したり、“こんなんできますかねぇ……?”と投げてみたり、逆に“ここにはこういうこともできるけど……?”と提案をいただいたり、実作業を担ってくださることになった、カスタマイズの世界では──表に出ることを好まない方なので──知る人ぞ知る存在となってるThe 名人! のところにお邪魔してすり合わせをしてみたり……。
で、できあがったアリゼイは、正統派のチンクエチェント・ファンには思い切りそっぽを向かれるような、だけど誰かしらの世界観──まぁ僕の憧れてる世界ではあるんだけど──をちゃんとチンクエチェントに落とし込むことのできたクルマになった。ビスポークとは究極の自己満足仕様、でもあるのだ。
どうしてこうなった? を文字で説明してもいいんだけど、まるで絵巻物みたいなページになっちゃいそうで、それにおつきあいさせちゃうのは申し訳ないから、博物館のYouTubeでインタビューを受けたときの動画があるので、そっちを見ていただいたり何かをしながら聞き流していただいたりする方がいいように思う。
そしてもうひとつ。2022年12月の博物館イベント、あいちトリコローレでアリゼイが初公開となったときの映像もあわせて博物館のYouTubeでご覧いただきたい。皆さんに気に入っていただけたのかどうかはまったく見当もつかないのだけど、いろいろ細かくチェックしてくださる方が多かったのは発案者として嬉しい限り。アリゼイのアイデアをチンクエチェント博物館に投げたときの塗り絵をベースにしたTシャツまで作っていただいちゃって、僕としては照れくさいかぎりだけど……。
チンクエチェントは、ただそのままで完成形だと僕は思ってる。けれど、自分の想いだとか心の中にある憧れめいた世界観だとかを織り込もうとしても、まったく嫌味も矛盾もなく飲み込んでくれるのだな、と感じてる。チンクエチェントってフトコロが広い。そういう意味でも物凄いクルマなんだな、と心から感じてる。
皆さんもチンクエチェント購入をもし考えてるのだとしたら、後付けでモディファイするのも悪くないとは思うけど、最初から自分の想い描いている何かを織り込んでもらうことも意識してみたらいいと思う。たぶんその方がより理想に近くなるし、おそらく最終的なコストは安上がるになるだろうし、理想に近くなればなるほど愛情も深くなるのでは? なんてことも思ったりする。
ちなみにアリゼイは、一応、博物館の販売車両ということになっていて、価格もしっかりつけられてはいる。でも……売れないだろうなぁ、さすがにここまで突拍子もない仕様だと……。もしかしたら未来永劫、博物館の保管車両になっちゃうかも。
■協力:チンクエチェント博物館 https://museo500.com
■「週刊チンクエチェント」連載記事一覧はこちら
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