米国最大級の自動車メーカー
120年前、自動車がまだ目新しいものだった頃、何百人もの熱心な若者たちが、自分で設計した自走式の乗り物を作ることに没頭していた。米国ミシガン州ディアボーンのヘンリー・フォードもその1人だった。
【画像】フォードを支え、象徴してきた名車【マスタング、F150、トランジット、フィエスタを詳しく見る】 全69枚
彼らは皆、自動車に自分の姓を使うという共通点があった。1903年にフォード・モーター社が創業した当時、世界にはダイムラー、ベンツ、プジョー、パナール、ルノー、オペル、ダッジ、ランチェスターといった自動車メーカーが存在していた。
かつては創業者一族によって経営される企業が一般的だったものの、近年では家族や財務の分散化により、そのような企業はごくわずかになっている。フォードは、創業以来(122年以上)創業者一族によって経営・運営されてきた数少ない大手自動車メーカーだ。
現在フォードを支えているのは、19年間にわたって会長を務めるウィリアム・クレイ・フォード・ジュニア氏、通称『ビル』だ。
7月に英国で開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードには、同氏が34歳の息子ウィルと29歳の息子ニックを伴って登場した。2人は最近、自動車業界以外の分野でキャリアを積んだ後、フォード・モーターに入社したばかりだ。
筆者(AUTOCAR英国編集長)はこの機会を利用して、3人に幅広い話を聞くことができた。最初の、「なぜここ(英国)にいるのですか」というやや無礼な質問に対し、彼らは快く答えてくれた。
3人は、グッドウッドで格好いいクルマやトラックを鑑賞するため、そしてフォードの商用車事業の基盤であるバン『トランジット』のデビュー60周年を祝うために英国を訪れたと語った。
また、2026年シーズンのF1パワーユニットパートナーであるレッドブル・レーシングにも訪問する予定だったという。インタビュー時、レッドブル・レーシングのCEO兼チーム代表であるクリスチャン・ホーナー氏が解任されたばかりだった。しかし、ビル氏は、この3人でのツアーの大きな目的は家族の歴史を公に示し、家族ブランドを体現することにあると、はっきりと述べた。
創業者の意志を受け継ぐ現会長
ビル氏にとって、家族経営を維持するのは権力や利益のためだけではない。彼の曾祖父ヘンリーは、現代の価値観では受け入れられない考え方で批判されることもあるが、数多くの慈善事業に資金を提供し、フォードの使命は世界をより良いものにすることだと信じていた。
彼の意志を受け継いだビル氏の慈善活動も多岐にわたるが、最近よく知られているのは、デトロイトのコルクトン地区にあるミシガン・セントラル鉄道駅を、5億ポンド(約1000億円)以上を投じて再生させたプロジェクトだ。この駅は75年にわたり稼働していたが、1980年代に廃止されたままになっていた。
フォードは2018年に駅の建造物を7500万ポンド(約150億円)で買い取り、グーグルなどの企業が入居する巨大なハブ施設として蘇らせた。昨年オープンし、最初の週に10万人以上の訪問者を集め、不況に苦しむ同地区に大きな利益をもたらしている。
「こんなことを始めるなんて、狂っていると言われました」とビル氏は語る。「ですが、わたしはデトロイトとミシガン州、そしてそこで働く従業員たちにとって良いことだと思いました。地域もこのプロジェクトを支持しています」
フォードの家族経営を維持する上で、もちろん厳しい側面に向き合うこともある。
「現在の一般的なCEOの平均在任期間は約4年です。つまり、企業は常にギアチェンジを迫られるのです。新しいCEO、新しい計画、新しい戦略、新しいチーム。当社のような所有形態は、単なる安定感だけでなく、長期的なビジョンも生み出すと思います。名前も顔も知られず、ある意味人間味のない企業があふれる世界において、フォードはそうではありません」
「ここにファミリーの存在があることは皆知っています。わたし達には責任があります。わたし達の名前も製品に刻まれています。そして、わたし達が製品に深く関わっていることを皆知っています」
家族なら「誰でもいい」わけではない
フォードの支配権を維持するため、ビル氏は約25年前に、権利を有する家族との四半期ごとの会合を開くようになった。家族全体の利益を守るために全員の結束を図っているのだ。
「他の家族経営企業は、内紛や関心の欠如によって崩壊しがちです。わたし達は家族の利益が徐々に失われていくのを避けたかったため、関心の薄い家族メンバーの株式を買い取り、小さなグループに統合してきました。この体制を維持できていることに満足しており、今後も存続できると確信しています」
ビル氏は2人の息子をフォードに迎え入れたが、一部で批判を招くことは十分承知している。この点に関する彼の考え方は、「フォードは家族のための雇用機関であってはならない」というものであった。
会社を守る強い責任感から、息子たちだけでなく、すでにフォードの取締役である娘のアレクサンドラにも「良い」大学で学位を取得し、自動車業界以外の企業で少なくとも5年間のキャリアを築くことを求めてきた。
姓に関係なく、失敗したり成功したりする機会を与えることで、会社の将来を守る。この計画はうまくいっている、とビル氏は語る。「わたしにはその機会がありませんでした」と少し悔しさもにじませる。「そのため、キャリアの初期には、『自分は姓だけでここにいるのだろうか』とよく自問していました」
入社してまだ1年目のニック・フォード氏は、家族経営の企業で働くことについて興味深い見解を述べている。「悪い日があってはいけないんです。良い面も悪い面も、皆が見ているからです。他の企業で働くのとは大きな違いがあり、大きな責任を伴います。しかし、同時に大きな名誉でもあります」
ニック氏はボストン・コンサルティング社で5年間経営コンサルティングに従事し、現在は、パートナーシップの構築と長期的な企業戦略の策定を担うチームの一員だ。将来計画の大部分は、現時点では秘密だが、それには理由があるという。
「業界は今、将来の課題に備えるための、一種のスピードデート(婚活パーティー)のような時期にあります」と彼は説明する。「心強いのは、多くの企業がフォードとの取引を希望して列を作っていることです。これは、当社のポジションがいかに優れ、ブランドがいかに強いかを物語っています」
モータースポーツに注力する息子
ウィル・フォード氏は、フォード・パフォーマンス部門のゼネラルマネージャーとして、モータースポーツ責任者のマーク・ラッシュブルックと協力し、モータースポーツ活動の発展を担っている。彼によると、現在、マスタングによるレースに「ピラミッド」が形成されており、ジュニアドライビングアカデミーから始まり、ワンメイクシリーズを経て、最高峰のGT3レースまで昇格する仕組みだという。
もちろん、オフロードレースもある。1月には、サウジアラビアで開催されたダカールラリーに参加した。彼はクルマの運転が大好きで、ちょっとしたスピード狂であることを明かしたが、思うようにレースに参加できないことを残念がっている。
インタビュー時に間近に控えていたレッドブルの訪問目的についても尋ねたが、あまり具体的な情報は得られなかった。実は、ビル氏は初めての訪問であるものの、ウィル氏は頻繁に訪れているそうだ。
チームの課題となっている2番目のF1シートに、フォードが推薦する若くて優秀な米国人を起用するのはどうだろう、と冗談めかして提案したところ、反応は冷たかった。「ドライバーの決定はレッドブル次第です」とウィル氏は言う。「ですが、彼らはあらゆる面で協力的なパートナーです」
筆者の提案が少しでも真面目に聞き入れられることを心配したのか、ビル氏は、「わたし達が推薦したドライバーをシートに座らせるよりも、チームが優勝するほうを見たい」と付け加えた。
一方、ニック氏はクルマとレースについてどう考えているのだろうか? 彼は「ウィルが真剣にやるなら、僕も受けて立とう」と力強い発言をした。
不調の欧州事業と電動化について
数え切れないほどのインタビューを受けてきたビル氏は、記者よりも次の質問を予測できるほど経験豊富なので、「欧州へのコミットメント」に関する回答も十分に用意している。フォードは現在、欧州での自動車販売があまり好調ではないが、筆者がそれを口にする前に、彼は答え始めた。
同社は今でも欧州を愛しているのだろうか? 今後も欧州での事業を展開していくのだろうか? 昔のような素晴らしいクルマが再び登場することはあるのだろうか?
「もちろん」と彼は言い、商用車の販売台数は増加していると指摘した。「乗用車に関しては、必要なほど堅調ではないことを認識しています」
「しかし、ニックが言うように、わたし達は現在、将来の戦略を策定中です。ただ、皆さんが良い意味で驚くようなことになると思います」
ビル氏は大気質の改善と燃費の重要性を認識し、世間の環境意識が高まるよりも早く、環境保護主義者として評価されてきた。彼は、20年前に発売した『エスケープ・ハイブリッド』を、自身の最大の功績の1つとして挙げている。このエスケープと、バッテリー駆動の『フォーカス』は、彼自身の自動車コレクションに含まれている。
電動車への移行も実現するだろうと確信している。実際、すでに進行中だ。「問題なのは、規制当局が顧客のニーズを先取りしすぎたことです」
「それは決して良い状況とは言えません。将来、交通手段の電動化は非常に重要な役割を果たすでしょうが、唯一の道ではありません。ICE(内燃機関)は徐々に縮小されると思いますが、消えることはないでしょう。今後どうなるかは地域によって異なります」
「フォードでは、これらのクリーンテクノロジーすべてに投資してきました。その点については満足しています。しかし、最終的には顧客次第です。顧客は欲しいものを求める。それを提供するのがわたし達の仕事です」
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