いすゞブランドを支えたスペシャルなクルマたち
イルムシャーとハンドリング・バイ・ロータス。そう聞いて、往年のいすゞ車ファンなら「おお!」と(今なら感染対策の不織布マスク越しに)声を上げるに違いない。ここ最近、何度か取り上げたいすゞ車の記事でも触れたとおり、いすゞが乗用車の生産から撤退したのが1993年のこと。その少し前、いすゞ車のラインアップで、当時「おっ!」と思わせられたのが、このイルムシャーとハンドリング・バイ・ロータスだ。
「水中メガネ」の愛称でお馴染み! ホンダらしさ全開だった軽スペシャリティ「Z」
イルムシャーはご存知のとおり1968年創業のドイツのチューナー。もともとオペルと深い繋がりを持ち、レース、ラリーの競技用車両を手がけたほか、マンタ、オメガなどをベースにイルムシャーの名を冠したコンプリートカーも製作している。 一方のロータスは、アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン(1928~1982年)謂れのイギリスのスポーツカー・メーカー。市販車ならスーパー7、エリート、エランや、ヨーロッパ、エスプリなど、マニア垂涎のモデルを数多く世に送り出していた。
味付けがまったく違うイルムシャーとロータス
そんなイルムシャー、ロータスといすゞとは、当時“GM繋がり”だったところからタッグが実現した。そしていすゞ各車に設定された“イルムシャー”と“ハンドリング・バイ・ロータス”は、前者が全体としてスポーティで若々しい方向性だったのに対し、後者は当時の企画のキーワードを“シックでハイセンス”とし、よりジェントルな性格づけのクルマが狙いとされた。
これまであまり表立って紹介されてこなかったが、企画自体は、当時いすゞの乗用車テコ入れ策の一環として立ち上げられたもの。社内呼称を“KKプロジェクト(起死回生構想)”といい、本機のプロジェクトとは別に、若手のデザイナー、エンジニアなどで構成する、いわば特命部隊が結成され、その任に当たったという。
スパッとスポーティだったイルムシャー
時系列で整理すると、まず登場したのがピアッツァとアスカのイルムシャー(1985年10月)だった。本物のirmscherのロゴが入った両車のカタログの表紙を最初に見たときは、なかなか感動したものだが、ともにパワートレインはベース車の2Lターボとし、サスペンションは専用チューン。フロントのロール剛性を下げ、接地性と追従性を向上させた……等々、カタログにも記述がある。 外観では空力タイプのホイールキャップ(デザインは特別プロジェクトのデザイナーによる)、専用リヤスポイラー(ピアッツァは大型)など。インテリアではレカロシートとモモ社製ステアリングホイール(4本スポーク)が専用装備だった。イルムシャーはジェミニにも設定されたが、初出は1986年5月と前出2車よりも後だった。
じつはジェミニは、当初別の某ファッションブランドの名(ベネトンだった?)で出す案が挙がっていたらしく、結局、アスカ、ピアッツァに倣った仕様で同じイルムシャーの登場となったらしい。ホイールキャップのデザインも同じだが、ジェミニの場合、ホイール自体はコストの理由からスチールホイール(アスカとピアッツァはアルミホイール)だった。ジェミニのイルムシャーには、1.5Lターボのほか、3代目ではフルタイム4WDのイルムシャーRがセダン、クーペ、ハッチバックの各ボディに設定された。
足まわりが独自にチューンされたハンドリング・バイ・ロータス
一方でハンドリング・バイ・ロータスも、そのシリーズ名のとおり、パワートレインはベース車のそれに準じた上で、ロータスのエンジニアリング部門により足まわりが独自にチューンされたモデルとして設定された。
まずピアッツァとジェミニ(2代目の最初のFF)に設定。“何を隠そうシリーズ”で書かせていただくと、当時筆者はピアッツァ・ネロXEターボがマイカーだった時期で、自分の基準車に対しイルムシャーとこのロータスの走りの味付けの違いをまざまざと実感したのを思い出す。 言葉で表現するとイルムシャーがスパッ!とスポーティな身のこなしだったのに対し、ハンドリング・バイ・ロータスはコーナリング時のロール、挙動がよりしなやか。BBSホイールの足取りも軽く、いかにもジェントルなその走りっぷりが羨ましく思えたものだ。
とはいえハンドリング・バイ・ロータスの縁(ゆかり)の深さで言えば、ジェミニはピアッツァ以上だった。というのも1986年にいすゞのエンジンのロータスへの供給が決まり、その成果が1989年登場のロータス・エラン(M100)として結実。その同じユニット(4XE1型・1.6L・DOHC。M100は同・ターボ)を搭載したモデルが、ジェミニZZハンドリング・バイ・ロータスとして登場したからだ。
同モデルは3代目ジェミニのセダン(と2代目ピアッツァ)にも引き継がれている。ちなみに同車の当時のカタログは表紙もいかにもロータスらしいグリーンが使われており、色合わせはさぞ厳格だったろう……と想像するも、聞けば「ロータスから何かの印刷物が送られてきて“こんな感じで”と割とラフなやりとりでした」とのこと。 ちなみにこのお話を伺った現・いすゞ広報の中尾 博さんはもともとデザイナーで、当時このハンドリング・バイ・ロータスのエンブレムのデザインを手がけられ、なおかつM100ロータス・エランを今も所有しておられる方だ(写真がそのクルマ。1992年式のSEで来年30年を迎える)。
SUVにも設定されていたハンドリング・バイ・ロータスとイルムシャー
ところでハンドリング・バイ・ロータスとイルムシャーで忘れられないのは、いすゞらしく、SUVのビッグホーンにも設定があったということ。初代時代のイルムシャー(1987年11月)を皮切りに、1989年11月には“スペシャル・エディション・バイ・ロータス”が登場。1991年12月登場の2代目では、当初からラインアップのメインに据える形で、ハンドリング・バイ・ロータス、イルムシャーRS、イルムシャーが設定された。 今風に言うと、ジワる? 当時のカタログを手元に広げながら、今とは違い、クルマそのものの走りが純粋に楽しめた時代を象徴するスペシャルなクルマたちだった……と、シミジミと思う秋の夜長(=本稿執筆時点)なのだった。
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