設備投資だけに頼らない安全管理
物流現場の暑熱対策というと、空調設備や遮熱設備など「大規模な投資」を思い浮かべる人は少なくない。しかし、18年間にわたり炎天下や高温になるコンテナ内で作業を経験し、安全責任者も務めた人物は、「設備だけでは現場の安全は守れない」と指摘する。
【画像】「トラックドライバー = 底辺職」――その言葉、本当に言えますか?
夏場の物流現場では、トラック荷台やコンテナ内部が外気温を大きく上回る温度になる場合があり、作業員の健康管理は企業の安全対策だけでなく、物流品質や事業の継続にも関わる課題となっている。
2025年6月には改正労働安全衛生規則が施行され、熱中症による重症化を防ぐため、事業者には体制づくりや対応手順の整備が求められるようになった。一方で、すべての物流事業者が大規模な設備投資を行えるわけではない。
では、限られた条件の中で、物流現場は何を優先すべきなのか。過酷な現場を知る元安全責任者の経験をもとに、設備、仕組み、人の管理を組み合わせた暑熱対策の現状を探る。
過酷化する現場環境と法規制の強化
気象庁は2026年から、最高気温が40度以上になる日を「酷暑日」として正式な予報用語に加えた。これまでは日本気象協会が独自に使ってきた表現だったが、今後は気象庁の用語として扱われることになる。
日本気象協会の最新予想によれば、2026年に酷暑日となる地点数は全国で6~10地点の見込みだ。過去最多となる30地点を観測した2025年ほどではないものの、危険な暑さであることに変わりはない。
ただ、物流現場が向き合う暑さは、気象庁が示す「外気温」だけでは把握できない。トラックの荷台やコンテナ内部は、気温が最も高くなる13~14時頃に、外気温より15度以上高くなるという調査結果がある。
四方を鉄板で囲まれたコンテナ内も、同じような高温になる、またはそれを上回る可能性がある。つまり35度を超える猛暑日には、荷台やコンテナ内部が50度を超える計算になる。
こうした環境の中で、1000個を超えるケースや20kgを超える重量物の手積み・手降ろしが日常的に発生している。
荷台やコンテナに入らない作業であっても油断はできない。空調設備のない倉庫では、屋根から伝わる熱の影響を受けやすい。品質維持や防犯のため、窓が少なく密閉性の高い構造になっている倉庫も少なくない。熱がこもりやすい環境での作業負担は、外気温の数字だけでは測れないものとなっている。
暑さの影響は、作業員の身体への負担だけにとどまらない。日中と夜間の気温差によって倉庫内で結露が発生し、貨物の損傷につながる場合もある。近年取り扱いが増えているリチウムイオンバッテリーのように、熱そのものが発火や爆発の危険につながる貨物もある。
物流現場では今、「作業員の体調管理」と「貨物の品質管理」の両方で、これまで以上に温度や湿度の管理が求められている。
こうした環境の変化を受け、法制度も動いている。厚生労働省の資料によれば、熱中症による死傷者数は2015(平成27)年頃まで年間500人前後で推移していたが、2016年に1178人となって以降、ほぼ毎年
「800人」
を超える水準が続いている。これを受けて2025年6月には、改正労働安全衛生規則が施行された。事業者には、熱中症のおそれがある人を見つけた際の報告体制づくりや、対応手順書の作成などが義務付けられた。
発症後の対応だけでなく、重症化を防ぐための体制づくりそのものが求められるようになった。熱中症対策は、現場の注意だけに任せるものではなく、企業が管理すべき課題になっている。
個人任せの脱却と運用ルールの徹底
設備投資だけでは十分ではない、というのが本稿の趣旨である。だからといって、設備投資が不要という意味ではない。むしろ、設備投資には確かな効果がある。問題は、それだけで現場の安全管理が終わるわけではないという点にある。
とはいえ、事業者が取り組める対策として、まず思い浮かぶのは設備投資だろう。実際、2026年4月に開催された「関西物流展」では、倉庫屋根の遮熱シートやスポットクーラー、空調服など、暑さへの対策用品を紹介する展示が目立った。業界全体の関心の高さがうかがえる。
その効果は数字でも示されている。例えば、折半屋根(金属の板を交互に折り曲げて波型に加工した屋根)の倉庫に遮熱シートを施工したところ、輻射熱を抑えることで作業エリアの体感温度が3度下がったという調査結果もある。
空調服や保冷ベスト、塩飴の支給、ウォータークーラーの設置など、作業員の熱中症対策として取り入れている事業者も多いはずだ。スポットクーラーは使える範囲が限られるものの、トラックの荷台やコンテナの入口付近に置けば、風が届く範囲では体温の上昇を抑える効果が期待できる。
ただし、こうした設備の導入条件は、施設の構造や費用面によって事業者ごとに大きく異なる。「この設備さえ入れれば物流現場の暑熱対策は万全」といい切れるものではない。可能な範囲で設備を整えるだけでは対応しきれない現場が多いのも事実である。
そこで同じくらい重要になるのが、現場での運用による対策だ。暑熱対策を個人の判断に任せず、決めた手順として徹底することである。
筆者(井上ダイスケ、物流ライター)が以前いた物流現場も、かつてはまさにこの「個人任せ」の状態だった。
「各自、塩分と水分補給をしっかり行いましょう」
「スポットクーラーを活用しましょう」
と呼びかけてはいたが、最終的な判断は作業員それぞれに任されていた。その結果、日々の作業に追われる中で無理を重ね、熱中症になる人が後を絶たなかった。
なぜ「各自の判断」に任せると機能しないのか。理由は、現場に根付いた考え方にある。
「休憩していては集荷時間に間に合わない」
「落ち着いたら休もうと思うが、手を止めるタイミングがない」
「周りが休んでいないのに自分だけ休むわけにはいかない」
こうした考えは、1日の作業の流れを把握し、現場を任されている責任感の強いベテランほど抱きやすい。休むという判断が、生産性を落とす、周囲に迷惑をかけるという気持ちにつながってしまうためだ。つまり、個人の自己管理に任せる限り、体調より仕事を優先する判断が起こりやすくなる。
状況が変わったのは、休憩や水分補給を「個人の判断」ではなく「全員が守るルール」として、現場の運用を変えたときだった。
・1時間に1度は空調の効いた休憩所で10分休む
・30分に1度は必ず水分・塩分を補給する
・WBGT値が28度を超える作業環境では同じ者を2時間以上従事させない
こうしたルールを管理者が決め、新人からベテランまで例外なく徹底させた。作業の区切りが悪くても、流れを止めたくなくても、決められた時間になれば必ず休ませる。熱中症の危険が高い環境での作業は、2時間後に円滑に引き継げるよう工夫して交代する。
はじめは戸惑いもあったが、数日経つと習慣となり、全員が効果を実感するようになった。厳しい作業環境そのものは変わらないものの、熱中症の発症はほとんどなくなり、疲れの蓄積も抑えられた。
この事例が示しているのは、精神論や個人の意識に頼るだけでは暑さへの対応は変わらないということだ。「休むかどうか」を個人に任せるのではなく、決められた仕組みに変えることで、初めて現場全体の行動が変わる。
ここでは休憩や作業環境に関する運用の変更を紹介したが、現場ごとにほかにもさまざまな方法があるはずだ。
設備投資が作業環境そのものを変える対策だとすれば、現場運用のルール化は、個人の判断に任せていた部分を仕組みに変える対策だといえる。どちらか一方が優れているわけではなく、両方を組み合わせることで、現場の安全は保たれる。
猛暑による生産性低下と離脱リスク
「休憩を増やす」
「作業ルールを強制する」
こう聞くと、多くの管理者がまず懸念するのは「生産性の低下」や「物流品質の維持」だろう。日々の複雑な業務を、時間や人手に余裕がない中で何とか進めている現場にとって、この懸念は当然のものだ。納期や運送会社の集荷時間などの制約もあり、すべてを後回しにできないことも理解できる。
ただし、「生産性の低下」は、高温環境では対策をしなくてもすでに起きている現象でもある。2025年に世界保健機関(WHO)・世界気象機関(WMO)が公表した報告書では、WBGT値が1度上昇するごとに労働生産性が2.6%低下するという分析が示されている。
つまり、休憩を増やすかどうかに関係なく、暑さそのものが作業能力を低下させているということだ。
筆者自身の経験でも、高温の中で作業が続くと疲れの蓄積ははっきり表れた。週末の午後になると、後輩から「抜け殻になっていますよ」といわれることが何度もあった。疲労の程度を数字で示すことはできないが、集中力の低下は明らかに感じていた。
さらに、一度熱中症になって現場を離れた人は再び発症する危険が高く、復帰したとしても完全に元の状態に戻るとは限らない。厳しい暑さが続く中で、普段と同じ生産性を求めること自体が難しくなる。
ただ、この議論は、
「休憩を増やすと生産性が下がる」対「休憩を増やせば生産性が保たれる」
という単純な対立ではない。比べるべきなのは、
「休憩を義務化することで一時的に作業が止まること」と「熱中症によって人員が離れ、長期間作業ができなくなること」
のどちらが事業の継続に大きな影響を与えるかである。
人手不足が続く現場では、今いる作業者が継続して働けるかどうかが、中長期的な生産性を左右する大きな要素になる。目の前の作業を優先し、十分な対策を取らなければ、離脱者が出ることで長期的に現場の生産性が低下する恐れがある。
さらに、離脱者が出ても全体の作業量は変わらない。離脱した人が担っていた業務を、残った人が分担することになる。それぞれの負担が増えた結果、さらに離脱者が出るという悪循環につながる可能性もある。
管理者に求められるのは、「今日の仕事が間に合うか」という短期的な視点だけではなく、「この夏を通じた生産性の低下をどう抑えるか」という時間の幅で対策を考えることだ。
ただし、「休憩を増やすことが物流現場の熱中症対策で最も有効な方法」とはいえない。すべての現場に当てはまる一律の答えはない。荷役の回数、作業時間、人員配置、施設の環境は現場ごとに異なり、必要となる対策も変わる。
特定の方法をそのまま広げるのではなく、自社の状況に合わせて安全と効率のバランスを取る判断が、事業者には求められている。
拠点規模に応じた対策の最適解
本稿では現場運用による暑熱対策を中心に、筆者の実体験を交えながらその重要性を述べた。ただ、物流現場の暑熱対策は、設備投資か現場運用かという二者択一ではなく、両方を組み合わせることで効果を発揮するものだ。では今後、その組み合わせはどのような方向へ進んでいくのか。
大規模な物流拠点であれば、設備面から作業環境を改善する余地は比較的大きい。空調設備の導入や倉庫屋根の遮熱、換気方法の見直しに加え、システムを使った温度・湿度の管理を組み合わせることで、施設全体の環境を改善していくことができる。
一方、中小規模の拠点では、大規模な設備投資よりも、まず運用面の改善から取り組む方が現実的な場合が多いだろう。作業時間の見直しや休憩ルールの徹底、新人からベテランまでを対象にした安全教育、日々の体調確認といった取り組みは、事業とのバランスを見ながら段階的に進めやすい。
これは、設備投資ができない場合の代わりの策という意味ではない。運用の仕組みを整えること自体が、大きな費用をかけずに始められる有効な対策であることを示している。
いずれにしても、多くの物流現場で厳しい暑さそのものを避けることは難しい。その中で事業を続けていくには、人材の確保、安全管理、そして物流品質の維持という3つを同時に実現しなければならない。
物流現場を管理する事業者にとって、これからの暑熱対策は「何を導入すれば防げるか」という視点だけでは語れなくなっている。設備、仕組み、人の管理のどれか一つに答えを求めるのではなく、自社の現場環境に合わせ、どの組み合わせなら継続できるのかを判断することが重要だ。(井上ダイスケ(物流ライター))
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