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新型ヤリスの原点? 超可愛い小型車5選

■これぞヤリスの原点! 黎明期のコンパクトカーとライバル

 2019年12月20日に、トヨタから発売に先立って新型「ヤリス」の詳細な情報が発表されました。

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 ヤリスはこれまで国内では「ヴィッツ」の名で販売されてきたコンパクトカーですが、すべてを一新してコンパクトカーの概念を変えるという想いで、車名をグローバルで統一したといいます。

 そこで、かつて販売され、庶民の足として活躍した各メーカーのコンパクトカーを、5車種ピックアップして紹介します。ヤリスの原点とはどんなクルマで、そのライバルはどんなモデルがあったのでしょうか。

●トヨタ「パブリカ」

 1961年に発売されたトヨタ「パブリカ」は、英語の「パブリックカー(Public car=大衆車)」を略した造語から名付けられ、1955年に当時の通商産業省から発表された「国民車構想」に触発されて誕生した小型大衆車です。

 当初、パブリカは小型車に最適なFFを目指していましたが、最終的にはFRとなり2大課題である重量増とスペースの問題を苦心の末に克服しました。

 ボディサイズは全長3520mm×全幅1415mm×全高1380mmで、エンジンは700cc空冷水平対向2気筒OHVを搭載。最高出力は28馬力と非力でしたが、580kgという軽量な車体には十分な出力でした。

 パブリカは38万9000円という低価格で発売されましたが、実用性を重視して内外装が質素だったため、マイカー購入に夢を求めていた大衆に受け入れられず、2年後にデラックス仕様を追加するまで販売は低迷してしまいました。

 1966年にはボディ前後を大きく改変し、エンジンを800ccに拡大することで36馬力にパワーアップ。さらに1967年には「スポーツ800」用の45馬力エンジンを搭載した「パブリカ スーパー」を発売し、より魅力的なモデルへと変貌します。

 なお、「パブリカ800」のもっとも安価なモデルの価格は35万900円で、当時の為替レートで1ドルが360円であったことから「1000ドルカー」とも呼ばれました。

 こうして、パブリカは庶民の足となり、後に「パブリカ スターレット」から「スターレット」、そして「ヴィッツ」へとトヨタ製コンパクトカーの系譜は続いていき、現在のヤリスに繋がります。

●日産「チェリー」

 1970年に日産で初となるFF車として発売された「チェリー」は、日本らしさを訴求するため「桜」から命名され、軽自動車からの乗り換えや初めてマイカーを購入する層をターゲットに開発されました。

 当時、すでに発売していた「サニー」が直線的なラインで構成されたボディだったのに対し、チェリーは丸みを帯びたデザインで差別化されています。

 ボディバリエーションは2ドアセダンおよび4ドアセダンで、ボディサイズは全長3610mm×全幅1470mm×全高1380mm(2ドア)とコンパクトですが、FFの恩恵で室内の広さはひとクラス上のモデルと同等だったといいます。

 搭載されたエンジンは1リッターと1.2リッターの直列4気筒OHVエンジンで、トランスミッションをエンジンの下にレイアウトする「2階建て構造」が採用されました。

 1971年に、より若々しくスポーティなクーペを追加。なかでも「クーペ1200X-1」はキャブレターをツインキャブ仕様に変更して1.2リッターOHVエンジンながら80馬力の最高出力を発揮。

 さらに、1973年にはオーバーフェンダーが装着された「クーペ1200X-1R」が登場し、当時の若者たちを魅了して人気となっただけでなく、レースでも活躍します。

 初代チェリーで培ったFFのノウハウは、後継の「チェリーF-II」や初代「パルサー」へと受け継がれ、グローバルカーとして大ヒットした「マーチ」へと続いていきました。

●ホンダ「シビック」

 1972年、ホンダから新発想の小型車である「シビック」が発売されました。ホンダが軽自動車製造で得たノウハウからFFを採用し、ボディの四隅にタイヤをレイアウトして広い室内を実現します。

 ボディ形状は2BOXと呼ばれる後部にトランクが張り出さないタイプで、当初2ドアのみでしたが後に3ドアハッチバックや5ドアハッチバックが追加されました。

 ボディサイズは全長3405mm×全幅1505mm×全高1325mm(2ドア「DX」グレード)と、いまの軽自動車よりも全長で5mm、全幅で25mm大きいだけの非常にコンパクトなサイズに、5人乗りの空間を確保。

 エンジンは最高出力60馬力の1.2リッター直列4気筒OHCエンジンを搭載し、トランスミッションは発売当初は4速MTのみの設定で、1973年にホンダ独自の自動変速機「ホンダマチック」が追加設定されました。

 さらに、上級グレードの「GL」、スポーティモデルの「RS」を追加発売するなど、多様化する消費者ニーズに対応するコンパクトカーを目指すようになります。

 そして、1973年12月には、排出ガス浄化技術「CVCC」を採用した1.5リッターエンジン車を追加。このCVCCエンジン搭載車は、クリアが不可能といわれたアメリカの排出ガス規制「マスキー法」をパスして、1975年モデルからアメリカにも輸出されました。

 CVCCエンジンを搭載したシビックは「燃費の良い低公害車」として、本格的なアメリカ進出の大きな足がかりとなり、いまもシビックは北米で高い人気を誇っています。

 初代シビックは1979年まで生産され、後に「シティ」「ロゴ」そして現在の「フィット」へとコンセプトが継承されています。

■さまざまな試みがされたころのコンセプトカーとは

●ダイハツ「シャレード」

 ダイハツは、トヨタ パブリカのOEM車として販売されていた「コンソルテ」の後継車として、FF化による広い室内空間のコンパクトカー「シャレード」を1977年に発売しました。

 搭載されたエンジンは、現在の1リッタークラスで定番の3気筒をいち早く採用。軽量コンパクトな1リッター直列3気筒OHCで、3気筒エンジンが抱える振動の問題もバランサーシャフトにより解決していました。

 世の中はオイルショックによる省エネブームという背景があり、経済性に優れるシャレードは一躍人気車となります。

 ボディバリエーションは当初、5ドアハッチバックのみで、ボディサイズは全長3460mm×全幅1510mm×全高1360mm。1978年に3ドアハッチバックの「シャレード クーペ」が加わりました。

 このクーペのデザインがユニークで、最大の特徴は「Jライン」と名付けられたサイドウインドウと、さらにその後ろにある丸い窓でした。この丸い窓は「マリンウインド」というネーミングで、若い人に向けてデザイン性をアピールします。

 1983年発売の2代目では、当時、世界最小の1リッターディーゼルエンジンを搭載するなど革新的なクルマとなり、2000年までモデルチェンジを繰り返しながら、じつに23年間販売された長寿モデルでした。

●マツダ「ファミリアAP」

 初代マツダ「ファミリア」は1963年に発売され、セダン/クーペ/ワゴンなど、さまざまなボディバリエーションを持った小型車でした。2代目ではロータリーエンジン搭載車をラインナップするなどスポーティなモデルとなり、3代目ではオーソドックスなセダン/クーペになります。

 そして、1977年発売の4代目では、これまでとは異なるコンセプトの3ドア/5ドアハッチバックボディに生まれ変わりました。

 なお、国産車のハッチバックとしては初めて4ドア+ハッチバックのボディ形態を採用した、記念すべきモデルです。

 ボディサイズは全長3835mm×全幅1595mm×全高1375mmと、当時としてはやや大柄で、搭載されたエンジンは72馬力を発揮する1.3リッター直列4気筒OHCでした。

 4代目ファミリアの特徴としては、他社がFFの小型車を開発するなかFRとしたことです。室内空間の広さでは不利になりますが、これまでの実績からの信頼性や、FRセダンが主流だった当時に、違和感なく乗り換えられるという効果もあったようです。

 また、輸出にも積極的で、欧州では「マツダ323」、アメリカ市場では「マツダGLC」として販売され、オイルショックによる低燃費志向を背景にヒットします。

 そして、次世代の5代目ではFFとなり大ヒットを記録。以降、2004年まで販売され「アクセラ」へとバトンタッチし、いまの「マツダ3」へと続いています。

※ ※ ※

 現在、コンパクトカーは国内で好調な販売を記録していますが、近年は軽自動車の爆発的なヒットに押され気味な印象です。

 一方で、新型ヤリス、そして新型フィットも2020年2月に発売を控えており、両車とも燃費性能と安全性能が飛躍的に向上しているといいます。

 この2台がコンパクトカー市場をけん引していくのは間違いありませんが、軽自動車の牙城を崩せるか、注目が集まります。

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