現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > エア・インディア機墜落事故、なぜ「ボーイング787」は滑走路の端で離陸したのか?

ここから本文です

エア・インディア機墜落事故、なぜ「ボーイング787」は滑走路の端で離陸したのか?

掲載 更新 38
エア・インディア機墜落事故、なぜ「ボーイング787」は滑走路の端で離陸したのか?

気温37度が招いた悲劇

 6月12日、インドのアフマダーバード空港をロンドンに向けて離陸したエア・インディアAI171便のボーイング787-8が、高度を上げることができないまま約30秒後に墜落した。ボーイング787初の死亡墜落事故であり、地上での死亡者を入れると280人の犠牲が判明している。

【画像】悲劇!? これがエア・インディアの「墜落現場」です! 画像で見る

 最近の航空事故の例に漏れず、ネット上には早くから事故時の動画が流れており、墜落の様子を知ることができる。動画によると、機体は滑走路の終端近くに達したところでやっと浮き上がり、舗装されていないオーバーランの土を巻き上げて離陸している。アフマダーバード空港の滑走路長は約3,500mで、日本の中部国際空港などと同等だから、ボーイング787-8の運用には十分余裕がある。通常なら滑走路の半分を過ぎたくらいで離陸するのが普通で、滑走路の終端近くまで滑走しているのは明らかに異常な事態だ。

 気象記録によると、事故時のアフマダーバード空港は気温が約37度と、かなり高温であった。気温が上がると空気密度が下がるため、エンジンの推力や主翼の揚力が低下し、より長い滑走距離が必要になる。しかし、航空会社では出発ごとに気象条件を含む性能計算を行い、安全余裕のある運航をすることになっているから、3500mぎりぎりの滑走が必要になることはないはずだ。

 報道によると、機長は墜落直前に「推力がない、パワーが下がっている、上昇できない」という緊急通報をしていたという。この推力不足は、離陸上昇中に起きたものなのか、それとも滑走中から認識していたのかは不明だが、機体は加速して上昇することができないまま、失速して墜落した。

 メディアによってはフラップを出し忘れた可能性に言及しているが、787の離陸前チェックリストは電子化されており、下げ忘れていれば警報が鳴る。また、後に報道された残骸の写真ではフラップが開いているようで、フラップ位置が事故の原因になった可能性は低いとの情報もある。

大型機での危険な短縮離陸

 また、調査中の残骸でRAT(ラム・エア・タービン)の展開を確認したという情報も、一部のメディアに流れ始めた。一般にRATが使用されるのは両エンジンが停止した場合だが、離陸するまで作動していたエンジンが急に2基とも停止したという事態は、ちょっと考えにくい。大手メディアに流れてくる報道も、インドで発信された出所が不明確なニュースの引用が多く、信頼の置ける情報が乏しいことが、この事故の特徴でもある。

 そこで、航空機の位置情報追跡サイトFlightRadar24で離陸時の航跡を調べてみたところ、同機は滑走路の中央付近から離陸滑走していた形跡があった。アフマダーバード空港は、滑走路に並行する誘導路が半分ほどしか完成しておらず、離陸する航空機は滑走路の中央付近で、誘導路から滑走路に入ることになる。記録された航跡によると、AI171便はそこからそのまま離陸滑走をしているように見えるのだ。

 もし滑走路を半分しか使っていなかったのなら、滑走路の端でやっと浮き上がったことにも合点がゆく。念のため過去の便も調べてみると、やはり滑走路中央から離陸滑走を開始しているケースと、滑走路を少し戻って長めに滑走距離を確保しているケースがあるようだ。追跡サイトのデータは必ずしも確実な証拠ではないが、滑走路を半分しか使っていなかった疑惑は拭えない。

 このように滑走路の途中から離陸滑走する出発方法をインターセクション・ディパーチャー(Intersection Departure)と呼んでおり、小型機や機体の軽い短距離便などでは、よく使われる離陸方式だ。航空会社にとっては時間と燃料の節約になるのだが、インドから英国へ向かう重い機体で実施するのは、とても安全な運航とはいえないだろう。

国家威信かかる事故調査

 これほど短く滑走路を使うと、離陸滑走中になんらかの不具合が発生しても、離陸を中断(RTO:Reject Takeoff)して停止するための余裕がない。そのため、パイロットが加速力の不足を感知しても、低速のまま無理に離陸せざるを得なくなってしまう。

 FlightRadar24で事故機が最後に発信したデータを見ると、高度625ft(190m)に上昇した時点で対地速度174kt(322kh/h)である。機体重量や風の影響にもよるが、ボーイング787-8が離陸上昇する速度としては遅いと感じる。事故機が滑走路を短く使ったために、十分な加速ができなかた可能性の傍証となる。

 その後、この疑惑を打ち消すように、インドのメディアが

「事故機は滑走路3500m全部を使っていた」

と報道し、在英メディアの一部が引用していた。しかし、それならなぜ滑走路の終端ぎりぎりで離陸することになったのか――という疑問が解消できない。また、滑走路の全長を使っていたという映像記録や管制塔との交信も報じられていないため、これもやはり不確かな情報だとしかいうことができない。

 既に、コクピット・ボイスレコーダー(CVR)とフライト・データレコーダー(FDR)は無事回収されており、早期の解析が待たれるが、ボーイング社とエア・インディア社だけでなく、インド航空当局の安全管理能力という、国家的威信の問題もかかっている。そうした利害関係や面子に影響されて、調査に支障が出ることだけは、あってほしくないものである。(ブースカちゃん(元航空機プロジェクトエンジニア))

文:Merkmal ブースカちゃん(元航空機プロジェクトエンジニア)

関連タグ

【キャンペーン】第2・4金土日は7円/L引き!ガソリン・軽油をお得に給油!(要マイカー登録&特定情報の入力)

こんな記事も読まれています

香港で自動運転のバス同士がクラッシュ! 単純なシチュエーションでの事故が物語る自動運転の難しさ
香港で自動運転のバス同士がクラッシュ! 単純なシチュエーションでの事故が物語る自動運転の難しさ
WEB CARTOP
えっ!?「異形の爆速ヘリ」のマジ飛び、実際に見たら凄かった…しかも強みは“速いだけ”じゃない!
えっ!?「異形の爆速ヘリ」のマジ飛び、実際に見たら凄かった…しかも強みは“速いだけ”じゃない!
乗りものニュース
「軍隊の航空機=戦闘機じゃないの?」←違います! 戦わない軍用機ってナニ? 民間企業が飛ばす “まんま戦闘機”なんてのも
「軍隊の航空機=戦闘機じゃないの?」←違います! 戦わない軍用機ってナニ? 民間企業が飛ばす “まんま戦闘機”なんてのも
乗りものニュース
7月5日の大災害デマ、責任の所在は「誰」にあるのか?──SNSと動画が潰した、地方国際線の経済構造
7月5日の大災害デマ、責任の所在は「誰」にあるのか?──SNSと動画が潰した、地方国際線の経済構造
Merkmal
「大災害」デマで香港便が消えた! 徳島・米子空港、SNSが残した地方創生への深すぎる傷跡
「大災害」デマで香港便が消えた! 徳島・米子空港、SNSが残した地方創生への深すぎる傷跡
Merkmal
日本版「恐怖の彗星」危険なロケット戦闘機を陸海軍共同で開発した理由とは? 80年前に“悲劇の初飛行”を行った機体
日本版「恐怖の彗星」危険なロケット戦闘機を陸海軍共同で開発した理由とは? 80年前に“悲劇の初飛行”を行った機体
乗りものニュース
恐怖!? 「1ミリも溝がないタイヤ」のダンプを“検挙”! 悪質「過積載」×「整備不良」の“役満”違反に「やめましょう!」 止まれない・スリップ事故する「違法車両」を取締 茨城
恐怖!? 「1ミリも溝がないタイヤ」のダンプを“検挙”! 悪質「過積載」×「整備不良」の“役満”違反に「やめましょう!」 止まれない・スリップ事故する「違法車両」を取締 茨城
くるまのニュース
「HIMARS」パクった!? トラック型ロケット弾発射機フランスが開発なぜ? 実は長い目で見た国防戦略でした
「HIMARS」パクった!? トラック型ロケット弾発射機フランスが開発なぜ? 実は長い目で見た国防戦略でした
乗りものニュース
歌にもなった無人攻撃機「バイラクタル」最新型は空母向け! 開発の裏には「アメリカとの亀裂」いったい何が?
歌にもなった無人攻撃機「バイラクタル」最新型は空母向け! 開発の裏には「アメリカとの亀裂」いったい何が?
乗りものニュース
恐怖! クルマが突然の炎上、なぜ? ダッシュボードから火の手…衝撃動画! 原因は「夏バテ!?」 火災事故防ぐ「3つのポイント」とは
恐怖! クルマが突然の炎上、なぜ? ダッシュボードから火の手…衝撃動画! 原因は「夏バテ!?」 火災事故防ぐ「3つのポイント」とは
くるまのニュース
「ヤバい、車線の真ん中で故障した!」←ドンッ…! 「早く動かさなきゃ」よりも大事な「きちっとした対応を」事故調が異例の警告
「ヤバい、車線の真ん中で故障した!」←ドンッ…! 「早く動かさなきゃ」よりも大事な「きちっとした対応を」事故調が異例の警告
乗りものニュース
ペダル踏み間違い「7割削減」──ワンペダル運転は「高齢者事故」を救うのか? 日産e-POWERが拓く新時代の可能性とは
ペダル踏み間違い「7割削減」──ワンペダル運転は「高齢者事故」を救うのか? 日産e-POWERが拓く新時代の可能性とは
Merkmal
船の歴史は「推進力の歴史」──5000年を超える進化が描く海運の未来
船の歴史は「推進力の歴史」──5000年を超える進化が描く海運の未来
Merkmal
驚異の外形「世界一長~い飛行機」輸送機としてイケる? デカさは“最強格”…しかしネックも
驚異の外形「世界一長~い飛行機」輸送機としてイケる? デカさは“最強格”…しかしネックも
乗りものニュース
「バス = 不便」は日本だけ? 世界ではバス専用レーン増加中、日本だけ逆行──公共交通の異常問題とは
「バス = 不便」は日本だけ? 世界ではバス専用レーン増加中、日本だけ逆行──公共交通の異常問題とは
Merkmal
「驚愕設計の主翼or大小6発プロペラ」概念覆す“2種の革新的旅客機”なぜこのルックスに? 欧州で官民一体で研究進む
「驚愕設計の主翼or大小6発プロペラ」概念覆す“2種の革新的旅客機”なぜこのルックスに? 欧州で官民一体で研究進む
乗りものニュース
衝撃! 突然の「大雨」で道路が冠水、どうする? 事前事後の対処方法は? JAFテストに見る危険性とは
衝撃! 突然の「大雨」で道路が冠水、どうする? 事前事後の対処方法は? JAFテストに見る危険性とは
くるまのニュース
特にアンダーパス要注意!“道路の冠水”実験で最後まで抜け切れた車両は意外な結果だった!?
特にアンダーパス要注意!“道路の冠水”実験で最後まで抜け切れた車両は意外な結果だった!?
乗りものニュース

みんなのコメント

38件
  • aer********
    コクピット・ボイスレコーダー(CVR)とフライト・データレコーダー(FDR)の解析に透明性が担保されなければ、解析結果の公表内容は信頼されるものではなくなる。これは技術的な問題ではなく、利害関係の問題だ。世界中の航空機の安全運行のために真実が公表される事を切に願う。
  • yur********
    FR24の航跡は特に地上近辺では曖昧ですよ。
    離陸時の映像も出回っていますが、
    離陸時後ろにホールディングしている
    A320かB737が見えるので
    誘導路Dか新設誘導路での
    ホールディングの模様で
    当該機B787-8(VT-ANB)は
    滑走路のエンドか3000m弱地点の
    回転ポイントからの離陸滑走している模様(誘導路から滑走路に入り回転ポイントでUターンして離陸)
    他の国際便のA350、B777L、B788の航跡も
    表示上同じ誘導路からの離陸で
    これらの機種では不可。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村