内燃機関(エンジン)を専門領域に持つ早稲田大学理工学術院の草鹿仁教授へ「エンジンはオワコンなのでしょうか?」と質問状を送ったベストカー編集部。ところが欧州の技術動向と熱効率48%エンジンの衝撃を伺って、状況は真逆、いまこそエンジンの研究と開発を進めないとヤバいのでは……となりました。本稿後編では、商用車や水素の現実解、そして日本の自動車メーカーへの率直な提言、これからのクルマ選びのポイントまで、草鹿仁教授にたっぷり語ってもらった。全3回の緊急企画、本編は第2回。
文:ベストカー編集局長T/写真:森山良雄、ベストカー編集部
【画像ギャラリー】目覚めよエンジン技術者――内燃機関の研究者が日本メーカーに突きつけた現実【草鹿仁教授インタビュー後編】(5枚)
トラック・バスはディーゼルとバイオ燃料、水素は「50年仕事」
ベストカー編集部(以下BC):先ほど、軽自動車を含む1.9t未満の乗用車はおおむねストロングハイブリッドとBEVに切り替わってゆく、それ以上のサイズはディーゼルハイブリッドになってゆく、という技術的な見立てを伺いました。乗用車領域はそうなるとして、ではトラックやバスなど商用車領域はどうなっていくとお考えでしょうか?
草鹿:ディーゼルとバイオ燃料をはじめとしたカーボンニュートラル燃焼しかないと思います。ただ、2t積載ぐらいまでで、たとえば東京都内を走る配送トラックや市バス、ゴミ収集車のように決まったルートをぐるぐる走るものは、電気や燃料電池が向いていると思います。
BC:水素はまだ時間がかかりますか?
草鹿:そうですね、まだ非常に時間がかかります。50年ぐらいかかると思います。水素は値段が高いことに加えて、大型車両に使う場合はエネルギー変換効率が思ったほどよくない。燃料電池は負荷が高くなる、つまりアクセルを踏んだ状態になると効率が落ちるんです。トラックは高速道路を長距離移動するので、燃料電池の一番効率のいい部分負荷域があまり使えない。結局、大型トラックではディーゼルに対して1.2~1.3倍ぐらいのエネルギー変換効率しか稼げないので、そこに水素の値段をかけると、採算が取れません。たとえば積載量6tを超えるような大型は、もうディーゼルエンジンしかないと思います。
BC:都市間輸送、陸運は、しばらくディーゼル(+バイオ燃料)でいくと。
草鹿:そうですね。BEVのトラックだとエネルギー変換効率は2倍近くなんですが、電気は軽油の2倍ぐらいの単価になるので、経済的には結局イーブンになってしまう。そうなると、ユーザーにとっては航続距離が短い、充電場所がないといったデメリットしか目につきません。経済性以外のメリット――たとえば「いざというときに給電できる」だとか「静か」だとか「イメージがいい」といった点が大きくない限り、BEVを選ぶ理由がないんです。しかも事業者はBEVの台数が増えれば増えるほど充電のために電気の基本料金が上がっていくので、経済的にはむしろ厳しくなります。
BC:うーん……たしかに……。今は補助金を出しても商用車のBEVはほとんど売れていないので……。インフラ整備や廃棄後バッテリーの問題も片付いていないし……。日本のBEV比率は今後どうなっていくとお考えでしょうか。たとえば10年後、2035年にはBEVの普及率はどうなっていると予想しておられますか?
草鹿:日本国内は、いまとほぼ変わらないだろうと思います。今は乗用車の新車販売で1.6%くらい。10年後もこれくらいでしょう。2050年でもグローバルで20%ぐらいではないかと。ただ地域によって大きく状況が異なっていて、中国では決まったことが決まったとおり進みますから、2035年ですとBEVが新車販売の80%から85%になる可能性があり、欧州は4~5割からピークアウトしてくると思います。ならして、グローバルだと2割ぐらい。日本は相当少ないと思います。アメリカも日本のようにストロングハイブリッドにシフトしていくイメージですね。
BC:アメリカも日本と同じくらい!
草鹿:BEVにはユーザーメリットがすくないので、そういう状況では普及しません。
排ガス触媒と熱マネジメント、そして「目覚めよ、エンジン技術者」
BC:排ガス浄化触媒や熱マネジメント技術は、今後どのように重要性を増していきますか?
草鹿:非常に重要です。排ガス規制に通らないとクルマが売れないですし、エンジンがパワーを出せるのも触媒があるからなので、メーカーにとっても消費者にとっても大事な技術です。火花点火エンジンなら三元触媒、ディーゼルなら尿素SCR(NOx触媒)がポイントになります。熱効率が50%を超えてくると、排気温度が100~150度ぐらい下がってしまうので、低い排気温度でも効く触媒の開発が非常に重要になります。
BC:え、えっと……、ちょっと待ってください、エンジンの熱効率50%超というのは、研究領域ではもう実現しているんですか? 市販化まで降りてきそうな段階??
草鹿:僕らはSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)という国のプロジェクトで、2014年から2019年まで革新的燃焼技術に取り組み、ガソリン・ディーゼルとも50%を超えました。研究領域では到達しているので、あとはいかに量産に結びつけるかです。
BC:りょ…量産。ええと、熱効率50%超のエンジンを量産するための課題、もうちょっというと、いま何がネックになっていて量産できないんですか?
草鹿:生産のばらつきとコストが課題で、今はグリーンイノベーション基金のプロジェクトで、熱効率50%を保ちながら排ガス規制もクリアする研究をやっています。ちなみに、高膨張比エンジンはエンジン単体で(現時点で)30万~40万円ほどコストアップしますが、それでも電気自動車よりは安いはずです。
BC:あ、そうか、BEVより安ければ充分競争力が保てるユニットなのか、なるほど……。日本メーカーが今後も国際競争力を保つために必要な技術領域は?
草鹿:中国のチェリー(奇瑞汽車)とAVLが出してきたレンジエクステンダー用の高膨張比エンジン(熱効率48%程度)、これくらいの性能が、2030年ごろの中国・欧州の戦略的駆動ユニットの中心のひとつになります。これにバイオ燃料やe-fuel(合成燃料)を組み合わせたものが、あと1、2年で欧州から出てくると思うので、ここにキャッチアップしないといけません。鋳造の砂型やバルブリフト、ピストン、コンロッド、クランクの機構まで、エンジンの骨格から完全に見直す必要があります。この研究・開発ができるメーカーが、生き残ることになるでしょう。
BC:ここ最近の世界のモビリティ社会の潮流は「ハイブリッドカーがやっぱりすごい」で、そして「ハイブリッドカーといえば日本車だね」、「欧州はハイブリッド開発をやめてBEVに全振りしちゃったから、しばらくは大変だね」という状況だと思っていたんですが……。実際の見立てはどうなんですか?
草鹿:先ほど申し上げたとおり、今年4月のウィーンモーターシンポジウムで明らかになりましたが、それまで欧州の(内燃機関開発の)情報はほとんど出てこなかった。秘密裡に(内燃機関の研究開発を)やっていたんだと思います。フォルクスワーゲンが一気にキャッチアップしてきたわけですが、日本メーカーの技術者に言わせると、ディーゼルゲート事件(2015年)直後から(開発をやめずに)ずっとやっていたはずだ、でないといま発表できない、というのが共通の見解です。
BC:なるほど……大きな流れとして、これからモビリティの主流の駆動ユニットはどういう潮流になってゆくのでしょうか?
草鹿:市場によって変わってゆくのだと思います。たとえば日本の都市部、東京都内のように平均車速が低いところでは、日本のハイブリッドカーは負けないと思います。いっぽうでドイツのアウトバーンのような高速走行が多い場面では、フォルクスワーゲンの新しいハイブリッドがいいのではないかと思います。
BC:ディーゼルエンジンの重要性についても伺えますか。
草鹿:グローバルで見るとディーゼルエンジンの普及率は十数%程度ですが、1.9t以上のクルマにはマイルドハイブリッドと組み合わせたディーゼルエンジンがマッチします。ただ、日本では、(ディーゼルの)開発をやめてしまったメーカーが多いのが心配です。国内の乗用車メーカーで開発を継続しているのはトヨタ、三菱自動車、マツダの3社で、この数社は勝てるチャンスがあると思います。特にマツダの直6ディーゼルエンジンは、欧州で勝負できるエンジンのひとつとして大事にしていただきたいです。
BC:おお、マツダの人が喜びそうな話ですね。いやあ……正直、欧州ではまだ多くの人が「そのうち全部BEVになるんでしょ」と考えているんじゃないかな、と思っていました。すみません、舐めていました。
草鹿:新車販売の60%がカンパニーカーであるドイツですら、「いつかは全車BEVになる」という考え方からシフトしています。電動化に大きく舵を切ったメーカーは、エンジンの再開発が急務です。これから熱効率競争が始まります。ハイブリッドについても、欧州・中国はもはや、日本と互角だと思ったほうがいい。「目覚めよ、エンジン技術者!」。
BC:開発をやめてしまったメーカーは、今からでもやり直したほうがいいんでしょうか?
草鹿:一度やめたことを戻すのは非常に大変です。そういう会社は、高効率エンジンを作るには時間を要するので、当面は、ストロングハイブリッドやプラグインのシステム効率をあげることに注力した方がいいと思います。
BC:PHEVについてはどう評価されていますか?
草鹿:現状は補助金が出るハイブリッドという位置づけですね。欧州規制では80~100kmぐらいプラグインで走れる必要があるので、毎日充電するのは結構大変です。ウィークエンドにその距離を走る人や、会社で充電できる人など、自分の使い方にマッチする人であればいいものだと思います。日本の消費者も、だんだん経済性を計算して選ぶようになってきていると思います。
BC:気になっている日本メーカーはありますか?
草鹿:ユニークなのはスズキですね。インドのカーボンニュートラル政策への対応が非常に面白い。電気だけでなく、ソーラーで水を電気分解して水素を作ったり、牛糞から作ったメタンとCO2の混合ガスを使ったり、地産地消のバイオエタノールを使ったり。インドはヨーロッパと同じぐらいのマーケットポテンシャルがあり、そこで4割のシェアを持っているのは大きな意味があります。軽自動車で培った「小さく・軽く・低コスト」の「小・少・軽・短・美」技術はこれからますます強みになると思います。
BC:スズキはたしかに面白い会社ですよね。すごく小さいバッテリー(12Vで発進時のみモーターが補助)を積んだマイルドハイブリッドだとか、今年は軽BEVも発売予定ですし。
次のクルマ選び、見るべきは「2030年燃費基準」と生活へのフィット
BC:最後に、一般ユーザーが次のクルマ選びで何を見ればよいか、教えてください。
草鹿:まず、2030年度の新燃費基準をクリアしているかどうかが一つの目安になります。あとは、WLTCモード燃費には表れない低燃費アイテム――LEDランプ、高効率エアコン、高効率オルタネーターなど、実際に使ってみてエネルギーを減らすアイテムが付いているかもチェックしてほしいですね。
BC:BEVを選ぶ場合はどうですか?
草鹿:簡単に言うと、我慢なくBEVを使える人かどうか、という点です。BEVは使い方を選ぶモビリティです。すごく便利な人と、そうでない人がいる。今はメーカーのホームページで、自分の使い方に合っているかを診断できるサービスもあります。日産SAKURAや三菱のekクロスEVのように、毎日の走行距離が一充電走行距離の5分の1程度であれば、それと充電環境が揃っているのであれば、BEVでもいいと思います。
BC:「なんとなく新しいから電気自動車に」ではなく、生活にちゃんとマッチしているかどうかを見る、ということですね。軽自動車やコンパクトカーはどうですか?
草鹿:オールインワンを軽自動車を求める方は、ストロングハイブリッドが出てくればそちらがいい。出てこなければ、現状のもので選ぶことになります。車重650kg程度の元祖軽自動車は、リッター29kmぐらいに到達するエンジン車が次の燃費規制の目安になります。小型・普通車は基本的にストロングハイブリッド化が進むので、エンジン好きの方はロングストローク化されているか、可変圧縮比や可変膨張比の機構が入っているか、最高熱効率がいくつかを、購入時に聞いてみるのもいいと思います。
BC:ディーゼルエンジンを検討する場合は?
草鹿:ガソリンのストロングハイブリッドと比較して経済的なメリットがあるかどうか、そしてドライバビリティですね。個人的には長距離を巡航するような使い方なら、ディーゼルに分があると感じています。あとは、OTA(Over the Air)でOSがアップデートされていくかどうかも、これから注目されるポイントだと思います。エンジン制御まで含めた統合的なアップデートは、すぐには実現しませんが、いずれはそこも目指したい技術ですね。
90分の取材時間はあっという間だった。最後に草鹿教授はこう締めくくった。
草鹿:こうした技術の話を分かりやすく消費者に伝えることは、非常に重要だと思います。これから自動車情報メディアの重要性は上がってゆくので、技術を分かりやすく伝えていただき、読者の皆さんもそれにキャッチアップしていくことが大切なのだと思います。
「エンジンはオワコン」という前提から始まったこの取材は、内燃機関の最前線がむしろ熱く、そして日本の自動車メーカーへの率直な危機感と提言に満ちたものとなった。ぜひ前編と合わせてお読みいただきたい(そして実験室・研究室見学を実施した「特別編」へ続く)。
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ヤフーニュースも困るだろうし。