中古車市場には、驚くべきヒストリーが隠されたクルマが流通することがある。長年大切にされてきたクルマだけが放つ、オーセンティックな魅力とは?
ワンオーナーのBMWアルピナ B10 3.5 リムジン(1985年式)
1.ワンオーナー&走行距離2.9万km2.BMW アルピナ B10 3.5 リムジンの特徴3.本個体の特徴1.ワンオーナー&走行距離2.9万km
埼玉県入間市に、アルピナをこよなく愛する者たちが“聖地”と仰ぐショップ、「アウトグランツ」がある。
静謐な空気が流れるショップに、まるで1980年代の空気そのものを閉じ込めたかのような、1台の超希少車が鎮座していた。1985年式、BMWアルピナ「B10 3.5 リムジン」だ。ベースとなったE28型5シリーズの、鋭く切り立った逆スラントノーズが放つ佇まいは、現代の自動車には望むべくもない凛とした気品を纏っている。
しかし、本個体が放つオーラの正体は、単なるノスタルジーではない。驚くべきは、その出自とコンディションだ。
新車登録から40年近い歳月が流れていながら、オーナーはたったのひとり。そしてオドメーターが刻む数字は、わずか2.9万kmに過ぎない。しかも、日本におけるアルピナの歴史を共に歩んできた正規ディーラー、ニコル・オートモビルズの手によって世に送り出された個体である。
全世界でわずか77台のみが生産されたと言われるB10 3.5。その中でも、これほどまでに純潔を保った個体は、日本はおろか、本国ドイツを含めた世界中のマーケットを探しても、もはや2度と現れないだろう。
2.BMW アルピナ B10 3.5 リムジンの特徴
1985年式のBMW アルピナ B10 3.5 リムジンは、BMWの2代目5シリーズであるE28型をベースに、ドイツのアルピナ社がチューニングを施した、極めて希少かつ高性能なスポーツセダンだ。
車名に冠された「リムジン」の言葉は、ドイツ語において標準的な4ドアセダンを意味しており、運転手付きのストレッチリムジンではない。本モデルは、圧倒的なパフォーマンスと日常の快適性を高度に両立させたグランドツーリングカーとして、現在でも世界中の愛好家から高い評価を受けている。
心臓部には、BMW製のM30型3.4リッター直列6気筒SOHCエンジンをベースに、アルピナが改良を加えたパワーユニットを搭載。前身モデルであるB9 3.5のエンジンをさらに進化させ、マーレ製の高圧縮鍛造ピストンや、燃焼室形状が見直された専用シリンダーヘッド、ハイリフトカムシャフトなどが組み込まれた。その結果、最高出力261ps、最大トルク346Nmを発揮。当時としてはトップクラスのスペックを誇る。これにゲトラグ製の5速マニュアルトランスミッションが組み合わされることで、0-100km/h加速は約6.4秒、最高速度は約250km/hに達する。自然吸気エンジン特有の、低回転域からの太いトルクと高回転域まで淀みなく吹け上がるシルキーな回転フィーリングは、アルピナ最大の魅力だ。
エクステリアは、ベース車両の美しいプロポーションを活かしつつ、アウトバーンでの超高速走行に耐えうる実用的な空力性能が与えられている。フロントとリアには高速域での揚力を抑えるための専用スポイラーが装着され、ボディサイドとフロントスポイラーにはアルピナのアイデンティティである「デコセット」と呼ばれるピンストライプを装備。足元には、伝統的な20スポークデザインを採用した16インチのアルピナ・クラシック・アルミホイールが収まる。サスペンションには、アルピナが独自にセッティングを施したビルシュタイン製ガスショックアブソーバーとプログレッシブ・スプリングを採用。
インテリアもまた、ドライバーを主役としながら上質な空間として仕立てられている。ホールド性に優れたレカロ製スポーツシートには、ブルーとグリーンのアルピナカラーによるストライプ柄の専用ファブリックがあしらわれる。ドライバーが直接触れる操作系には、手に馴染むMOMO製の専用レザーステアリングや、5速マニュアル車ならではの温かみのあるウッドシフトノブが装備されている。メーターパネル内には赤い指針を持つ300km/hスケールのアルピナ専用メーターが鎮座し、秘められたポテンシャルの高さを静かに物語っている。
E28型ベースのB10 3.5は1985年から1987年のごく短い期間のみ生産され、総生産台数は全世界でわずか77台前後と言われている極めて希少な存在だ。同時期に存在したBMW本家のハイパフォーマンスモデルであるM5が、純粋なレーシングエンジンを搭載した生粋のスポーツモデルであったのに対し、B10 3.5は洗練されたグランドツーリング性能を極限まで追求したモデルと言える。
3.本個体の特徴
この1985年式BMWアルピナ B10 3.5 リムジンは、世界でわずか77台が生産されたうちのシリアルナンバー「11」を刻む極めて希少な個体だ。
前オーナーが1985年に正規ディーラーのニコルから地元の販売店を通じて新車で購入して以来、41年間にわたり手放すことなく愛用してきたという。
前オーナーは無類の自動車好きであり、工具が完備された秘密基地のようなガレージで、セキュリティなどの電装品の取り付けや簡単な整備を自らこなすほどの情熱の持ち主であった。
登録名義は新車時の個人名義から平成4年頃に法人名義へ、そして平成25年に再び個人名義へと変更されている。整備については、購入当初は販売店で、その後は近隣の整備工場で行われており、新車時からの2年ごとの記録がしっかりと残されているという。
平成14年から平成24年までの10年間は車検を取得せずにガレージで保管されていたが、その間も自ら部品を発注してメンテナンスを行うなど、故障前の予防整備を欠かさなかった。
引き渡しの前夜にはオーナーが寝付けず、車両がガレージから去った後も喪失感を抱くほど、人生の半分以上を共にしたこの車への愛情は計り知れないものであったという。
同店へ入庫することになったきっかけは、ホームページの買取フォームからの問い合わせであった。
前オーナーは当初ご子息に車を譲ることを考えていたものの、クルマへの関心が薄かったため、アルピナの価値を真に理解し大切にしてくれる次期オーナーへ託したいとの思いから、26年の歴史を持つアルピナ専門店の同店に白羽の矢が立ったと推測される。
現在、本車両には海外からも多数の問い合わせが寄せられているそうだ。しかし、円安を背景に希少車が海外へ流出すると2度と日本には戻ってこない現状があるため、国内の愛好家の手で乗り継がれてほしいといった日本のアルピナオーナー特有の切実な願いも込められていると考えられる。
車両のコンディションにおける最大の魅力は、驚異的なまでに保たれたオリジナルの外装だ。内装にはセキュリティ等の手が加えられているものの、外装で板金塗装が施されたのは右リアフェンダーのデコライン上部とリアバンパー下部中央のみと見られる。アルピナの象徴であるデコラインは新車時から一度も貼り替えられておらず、ホイールも当時の塗装を保ったまま目立つ傷もない。さらに外装のゴム部品の劣化もほとんど見受けられない状態である。これは、日常的な取り扱いにおける細心の注意はもちろんのこと、ガレージ内の厳密な湿気管理などが徹底されていなければ決して維持できない、まさに奇跡的な保存状態であると言える。
車両の詳細については同店のYouTubeでも公開されているのでぜひチェックしてほしい。
【SHOP INFO】販売店名:アウトグランツ住所:埼玉県入間市小谷田2-1032-1
営業時間:10:00~19:00
定休日:毎週月曜日と第1、第3火曜日
TEL:04-2968-7773
URL:Lhttps://a-glanz.com/
文と編集・稲垣邦康(GQ)
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みんなのコメント
特に当時のBMWのキドニーグリルは小さ目だったから、いま改めて正面のドアップを見せられて思わず笑ってしまいましたよ。