2019年スーパーフォーミュラ最終戦鈴鹿に急きょ参戦した19歳の新人ユーリ・ビップス(TEAM MUGEN)。走行初日の金曜がヘビーレインという試練のレースウイークながら、自身も、そしてかつてピエール・ガスリーと共闘した陣営首脳らも、まずまず以上の好感触を得る初陣だったようである。
TEAM MUGENは15号車“レッドブル無限号”に、シーズン3人目のドライバーを迎えた。ちなみに前任者パトリシオ・オワードは、2020年のインディカー・シリーズでマクラーレンとシュミット・ピーターソンの共闘新陣営に加わることが10月30日に発表されており、彼のスーパーフォーミュラ離脱はネガティブな方向のものではなかったようだ。
2020年からインディカー参戦のマクラーレン。オワードとアスキューのインディライツ王者コンビ起用を発表
そして、代わってスーパーフォーミュラをレッドブル無限号で戦うチャンスを得たのが、エストニアの若手ユーリ・ビップスである。
結果という部分では予選がQ1B組最下位(総合19位)。決勝はおそらく自身のミスが主因だと思われるピットストップ時のエンジンストールもあって、デビュー戦リザルトは18位だった。
しかし冷静に吟味してみると、FIA-F3(今季シリーズ4位)から来た19歳がいきなりSF19というハイパフォーマンスフォーミュラに乗って、しかも初めての鈴鹿サーキットを走ってトップ同一周回でゴール、トップ差およそ70秒で全20台完走(1台は完走扱い)のレースを戦い終えたのだから、絶賛とはいかないまでも、立派な成績と評していいだろう。
フリープラクティスのタイムの出方という面でも、彼のタイムだけがつねにガクッと遅い、というようなことはなく、いわゆる“まともなタイムの範疇”におさまっていた。決勝レースでは、ラップタイムからの推算でストールによるロスタイムが25秒ほどあったと思われるので、単純にそれを除くと、トップ差45秒で接戦ゴールした10~12位の3台と近い位置でフィニッシュできていたことになる。
TEAM MUGENの星学文エンジニアも、「後半のミディアムでのペースは(チームメイトの)野尻(智紀)ともそんなに大きくは変わらなかったですし、ストールがなければ11位くらいだったと思います」とレース後に語っている。チームメイトの野尻は今回の優勝者。やはりビップス、まずまず以上の走りだったと考えてよさそうだ。
そして本人は、今回のスーパーフォーミュラ初参戦を次のように振り返っている。
「まず、忙しい1週間だったよ。いろんなことが僕にとって初めてであり、特にカーボンブレーキのマシンが初めてというのは大きい要素だったと思う。そしてスーパーフォーミュラはすごくパワフルだ。走行初日(金曜)がヘビーレインというのは、理想的な始まりではなかったね。でも、F3とはまったく違うレースでいろいろと学ぶことも多かったし、良い週末を過ごせてとてもハッピーに思っている」
「レース中のピットストップは生涯初だった(苦笑)。レースでのペースに関しては、最初のスティントのソフトがいまひとつ良くなかったけど、そのあとのミディアムではけっこう良かったんだ。チームメイトにもそれほど大きなそん色はなかったくらいだからね。セッションごとに、走行が進むにつれて、自分自身が良くなっていけた感触はあるよ」
「来年について? それは現時点ではノーアイデアだ。ただ、いずれにしても(レッドブル的にも)やはりスーパーライセンスポイントを意識した活動をすることになるとは思う。夢はF1かって? もちろん。ステップ・バイ・ステップで近づいていきたいと思っている」
■チームもビップスを評価。「クルマを大きく壊すミスもなく、希望がもてる子」
19歳にしては落ち着いた印象も感じさせるビップス、レース後にはチームのスタッフたちと早くも打ち解けて笑い合っている姿が印象的で、2年前のガスリーを見ているようにも思えた。レッドブル無限号には2017年のガスリーを知るスタッフも多い。前出の星エンジニアはまさにそのひとりだが、ビップスのデビュー戦についてはこう評価する。
「大変な状況での参戦ではあったと思います。それでも、レース終盤のペースについては良かったですし、あそこでついに慣れてきたというか、レース中にも彼自身、上がっていけていたんだろうと思います。金曜からドライで走れていたら、予選でももう少し前に行けたでしょう。やはり(金曜が雨で実質的に)テストなしはかわいそうですよね」
「クルマを大きく壊すようなミスはなかったですし、希望がもてる子だと思いますよ。今回の状況のなかでの及第点はあったと思います。良かったです」
もうひとり、チーム首脳のひとり藤井一三氏にも訊いた。藤井氏もガスリーを知る人であり、長いキャリアのなかでガスリー以外にも多くの外国人チャレンジャーを知ってもいる人だ。
「及第点以上ではあったと思うし、シーズンを通して乗せたらいいところにいけると思う。こういう、いろんなデバイスがついたクルマは初めてだっただろうけど、走ることだけ見たら通用する。まだ19歳だし、慣れたら結構いけると思うよ」
今回、ビップスは日本での知名度はほとんどない状態でやって来ての参戦だったが、なかなかの逸材ということがいえそうである。
さて、ビップスのお国はエストニアだが、エストニアといえば日本のモータースポーツにとってはWRC世界ラリー選手権の2019年王者オット・タナクの印象が強い。ちょうどビップスがスーパーフォーミュラ初陣を飾った日にタナクがWRC王座初獲得を決めたのは何かの縁か。
エストニアには今世紀初頭にWRCで活躍したマルコ・マルティンもいる。ビップスは、タナクはもちろんマルティンのことも「知っているよ。素晴らしいドライバーだ」と、ジャンルは違っても母国の偉大な先輩に敬意を表す。今のところは『ラリーに強い国』のイメージであるエストニアに、サーキットでも強い選手がいる、と実証できるか。来季以降のビップスの活躍を期待したい。
なお、日本にとってエストニアといえば大相撲の元大関・把瑠都の存在感も大きいが、ビップスは彼については知らないようだった(聞き手が英語で相撲のことをうまく表現できず、意味が通じていなかった可能性もあるが…)。
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