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日産初代プリメーラが欧州車を超えたと高く評価された本当の理由

 90年までに日産車のシャシー性能とハンドリング性能を、世界ナンバーワンのレベルまで引き上げよう。という「901運動」下で開発され、現在でも日産車両群のなかでFFスポーティセダンとして誉れ高いのが、1990年に登場した初代プリメーラ。その秀逸なパッケージングと卓越したハンドリング性能は、日本だけでなく海外をも虜にした。

 そんなプリメーラが当時の欧州車基準をも超えたと絶賛された本当の理由について、モータージャーナリストの片岡英明氏に解説してもらった。

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文/片岡英明
写真/日産自動車

【画像ギャラリー】初代プリメーラの蔵出し画像をチェック!

■「技術の日産」が送り出したFFスポーティセダンの名車!

 日産は早くから前輪駆動と呼ばれるFF車の魅力と長所に注目し、1970年にはコンパクトファミリーカーのチェリーを発売している。そして石原俊社長が実権を握った80年代に一気にFF車を増やした。V型6気筒エンジンを開発したこともあり、上級クラスまでFF車を広げたのだ。

 が、その多くはキャビンの広さを重視したファミリーカーで、スポーティな味わいは薄い。だからFR方式にこだわる保守層は見向きもしなかった。

 81年、バイオレットリベルタ/オースターJX/スタンザFXの三つ子車が最先端の技術を採用して登場する。デザインも含め、新しさを感じさせるFF車で、評論家や識者は絶賛した。だが、販売は低調に終わる。これに対してアコードは若者を上手に取り込んだ。また、FF方式に転換したマツダのカペラやいすゞのアスカも新境地を切り開いた。

プリメーラはスタンザやオースターの反省を生かし、日産らしいFFセダンとは何かを突き詰めて開発された

「技術の日産」を売りにしていたが、FF車としての魅力を伝えきれなかったため、思うように販売を伸ばせていなかった。日産のファンは、走りのよさにこだわる人が多いから、心を動かさなかったのである。この反省から生まれたのが、スタンザとオースターの後継モデル、プリメーラだ。

■日産がプリメーラで提案した『快適コンフォートの価値基準』

 開発主管に抜擢されたのは、VWのノックダウン(座間工場で生産)を手がけ、ヨーロッパにも長く駐在した経験を持つエンジニアの津田靖久さんである。国際戦略車として開発されたが、その時期は日産の車内啓蒙活動、「901運動」が盛んだった時期だ。日産の販売低迷を歯がゆく感じていた若手エンジニアが中心となり、90年までに日産車のシャシー性能とハンドリング性能を世界ナンバーワンのレベルまで引き上げようと頑張った。

 なかでもイメージリーダー的な存在として掲げたのが開発中の3台だ。4WDとFRスポーツはR32型スカイライン、FR式のスポーツカーは4代目のZ32型フェアレディZである。

 残る1台がミディアムクラスのFFファミリーカーとして送り出すブランニューのプリメーラだ。狙うのは「知的な積極派」で、自己の拡大達成に積極的であり、社会規範のなかで自己の価値基準を重視する、一種のオピニオンリーダー層である。クルマ作りで提案したのは『快適コンフォートの価値基準』で、パッケージングに徹底してこだわった。

ボディサイドはシンプルで無駄が一切感じられない。しかしプロポーションが整っているので「イイモノ」感が漂う

秀逸なパッケージングにより、当時としてはクラス最大級の車内空間を実現した(写真は5ドアハッチバック)

 プリメーラは90年 2月にベールを脱いだ。キャビンフォワードの今までにないプロポーションで、ヨーロッパ好みのデザインで登場した。インテリアも機能的にデザインされている。華やかさは今ひとつだが、素のよさを感じさせた。デザインの味わいはそれまでの日産車と大きく違っていたから販売目標を達成できるか危惧するセールスマンも多かったようだ。が、古い感覚のセールス氏よりユーザーのほうが本質を見抜く目は確かだった。

 発売されるやヒットになったのである。月販5000台ラインを軽く超え、日本だけでなく海外でも大ヒットを飛ばした。バブルが弾けた後も販売は上向いていた。しかも客層がよかった。教師や大学教授、弁護士、会社役員など、ユーザーの質が飛びっきり高かったのだ。日本車に厳しい評価を下すヨーロッパでも評判がよく、自動車専門誌の辛口ジャーナリストも高い評価を与えている。

■質実剛健な味わいの走りは世界を虜に

 取り立てて強くアピールしていないが、走りの実力も高かった。ヨーロッパ車を知り尽くした津田靖久主幹らしい味わいのある乗り味で、気持ちいいハンドリングとしなやかな乗り心地を高い次元で両立させていた。プリメーラは、日本車の持ち味である行き届いた気配りに加え、ドイツ車の質実剛健な味わいも備えていた。ワインディングロードや市街地を走ると、開発陣の情熱と愛情が感じ取れた。

サスはフロントがマルチリンク、リアがパラレルリンクストラット。剛性の高い足廻りは乗り心地が硬いと言われたが、日産は92年、一部グレードのリアに可変減衰力ダンパーを採用して対応した

 サスペンションは、フロントが革新的なマルチリンク、リアはパラレルリンクストラットだ。路面からのインフォメーションがステアリングやシートを通して的確に伝わり、グリップ感や限界がわかりやすい。ステアリングを切り込んでいった時の操舵フィールはドイツ車もかくや、と思わせる仕上がりだった。

 懐が深いから、意のままの走りを、安心して愉しむことができた。ファミリーグレードを運転しても、脚がいいから絶大な安心感があったのだ。また、引き締まった乗り味までも新鮮と感じた。

シルビアにも搭載された「SR」エンジン。上位機種に搭載された2L「SR20DE」エンジンは、150PS/6400rpm(ネット値)を発揮した

 SR系の直列4気筒DOHCエンジンもいい仕上がりだった。1.8ℓ、2ℓともに力強いパワーフィーリングを身につけている。シングルポイントインジェクションを採用した初期型の1.8ℓエンジンでも活発な走りを楽しめた。FF車の新しい領域に踏み込んだP10型プリメーラは、すぐにFFファミリーカーのベンチマークになっている。

■乗り心地が良くなった2代目

 職業柄、内外の自動車メーカーのエンジニアと話す機会が多く、彼らは異口同音にミドルクラスのライバルはプリメーラと言っていた。

 海外ではGMグループのオペル、アウディ、ローバーなどが対抗心を燃やしていたし、日本のメーカーではホンダやマツダなどのエンジニアが、プリメーラをライバル視していた。取材の時、プライドの高いドイツのエンジニアが「プリメーラを参考に手を入れたけど、まだハンドリングなどの乗り味が追いついていないんだよ」と言った時は驚いた。当時、これほど高く評価された日本車はなかったので、誇らしく思ったものだ。

 プリメーラはマイナーチェンジで乗り心地を少しよくするなど、ユーザーに寄り添っていた。初代が好評だったので、2代目もキープコンセプトで登場。ホイールベースを延ばし、リアサスペンションを変更して快適性を高めていた。

先代よりバネレートを下げ、乗り心地を良くした2代目。リアサスは構造がマルチリンクビーム式に変更された(FFのみ)

 ヨーロッパの老舗メーカーを震撼させ、ヨーロッパ車を鮮やかに抜き去ったのが初代のP10型プリメーラだ。

【画像ギャラリー】初代プリメーラの蔵出し画像をチェック!

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