■市場の変化に迅速に対応する新たな開発拠点
2026年7月15日、矢崎総業は同社の研究開発および管理拠点であるY-CITY(静岡県裾野市)の敷地内に開設したイノベーション施設「Innovation Hub – REN(錬)」をメディアに公開しました。
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自動車産業を取り巻く環境は、資源問題やインフレ、AI技術の進化によってかつてない規模の変革期を迎えています。
こうした予測困難な時代において、市場の変化へ迅速に対応する力を高めるため開設されたのが、次世代のスマートファクトリーの実現と新たな製造業の価値創出を目指す、Innovation Hub – REN(錬)です。
2026年6月から本格稼働した同施設の敷地面積は1万2647平方m、延床面積は3682平方mに及びます。
イノベーションセンター長の齋藤崇人氏は、設立の理由について次のように説明します。
「競争力保ち市場の変化に対応していくためには、製品開発完了から生産準備までのリードタイムをどんどん短くしないとならないのですが、今までのような部門ごとの縦割り組織では、意思決定や開発スピードの向上に限界がありました。
ここでは組織をプロジェクト化して、とにかくリードタイムを短くします。
フロントローディングを果たすためにも、製品の開発と生産技術、さらに3Dプリンターなどを含めた複合的な要素で、リードタイムを圧倒的に短縮する必要があるというのが設立の大きな理由です」
■リードタイムの圧倒的な短縮とアジャイルな開発体制
同施設が掲げる強化領域は多岐にわたります。社会課題に向けたベンチマークの実施、フィジカルAIとロボティクスの融合、デジタライゼーションによる間接コストの削減、そしてデジタル連携と3Dプリンターなどを活用したアジャイルなものづくりです。
社内の開発部門や生産部門だけでなく、メカトロニクスやAI、3Dプリンティングなどを専門とする社外のパートナー企業や大学とも連携し、オープンイノベーションを推進しています。
特に注目すべきは、開発スピードを落とさないための独自のプロジェクト管理手法である「イグジットルール」の導入です。
変化の激しい現代において、年度初めに立てた計画に固執することは大きなリスクを伴います。そのため、本施設では各テーマに対して定期的に終了、延期、継続の判断を下し、見込みがないと判断されたプロジェクトは直ちに終了させます。
そこで浮いた予算やリソースを、市場の動向や顧客のニーズに応じた新しいプロジェクトへと即座に再投資するサイクルを機動的に回しています。
こうした体制により、アイデアを形にするまでの期間を従来の1ヶ月から1週間以内へと大幅に短縮し、最終的には開発完了から生産準備までのリードタイムを10分の1にまで引き下げるという目標を掲げています。
また、間接業務の削減においても先進的なアプローチが採られています。
スタートアップ企業のFACTORY X社と連携し、これまで現場の勘や経験に依存していた在庫管理を、対話型AIやデータ分析を活用して在庫を単なるモノではなく収益性やリスクを含めた「株価」のように評価する新しい在庫戦略モデルを構築。
これまで人が担っていた生産計画などのオペレーション業務の自動化を進めています。
■2030年に向けたロードマップは?
同施設が取り組む次世代スマートファクトリー化に向けては、2026年から2030年以降を見据えた明確なロードマップが描かれています。
まず、2026年から2027年にかけては国内製造拠点におけるデジタライゼーションの確立と、モデル工場での製造間接費15%削減を目指します。
続いて2027年には、タスクやモーションプランニングといったデジタルツイン技術を確立。
さらに2028年には、新しい自動化設備の量産工程への導入や、VLMをはじめとするマルチモーダルAIを活用した技術の現場展開を開始する計画です。
そして2029年から2030年にかけては、製造データの生成AI活用による50%の省人化や、熟練工の作業を再現したフィジカルAIおよびロボティクスの導入を見込んでおり、段階的かつ着実に進化を遂げていく構えです。
■デジタル人材の教育にもRENや子会社を活用
デジタル人材の教育においても同施設は活用されるとのことで、施設内にある「Garage」(デジタル連携と3Dプリンタなどの最新設備を活用し、アイデアの創出から試作・検証までを最短で実現するRapid prototypeの共創スペース)では、若手人材を集めて様々なデジタル教育を行っているといいます。
また、斎藤氏が社長を努める子会社のY-TEXIA(旧鹿児島部品)でも教育面での取り組みが進められる予定です。斎藤氏が持つAIやデジタルの知見をゼロベースで生産現場に注入し教育するプロセスを構築。それをグローバルの各生産現場に展開する考えです。
稼動から1ヶ月ほどを経て、社内外からはどのような声が集まっているのでしょうか。齋藤氏は次のように説明しています。
「社内からは、『こういうところで働いてみたい』という声をよく聞きます。
これから先、AIや自動化に対して、自分の仕事が奪われていくのではないかと不安に思っている従業員も多くいます。それに対して、私たちのメッセージをここで出していますので、期待感は非常に感じてもらえているかなと思います。
また、若手のエンジニアはなかなか声を上げられなかったり、アイデアを形にするためにはお金も時間もかかるんですが、ここでは『Garage』みたいなものを用意していますし、アイデアを短時間でどんどん形にできることに対して非常にワクワクしているというような声を聞いています。
外部ベンダーさんに関しては、既に色々な方にここを見に来ていただいています。カメラやセンサーなど、非常にアピールの場所にもなりますし、ベンダーとベンダーが交わることでさらに相乗効果が生まれる。そういったところでチャンスとして捉えていただけることが多く、積極的に参加したいという声を聞きます」
■ヒューマノイドロボット導入の真の狙いと人への注力
最新鋭の設備が並ぶ同施設ですが、その取り組みの根底にあるのは徹底した「人」への着目です。
スマートラボのエリアでは、人と同じように自律的に考えて作業をこなすヒューマノイドロボットや、フィジカルAIを搭載した協働ロボットの検証が行われています。しかし、矢崎総業の真の狙いは、現在の従業員をただロボットに置き換えることではありません。
同社が主力とするワイヤーハーネスの製造は、人の手による柔軟な判断や非定型作業が多くを占める労働集約型の産業です。
齋藤氏は、自然災害などによるインフラの寸断時にも臨機応変に対応して生産を維持した、現場の作業員の強さや柔軟性を目の当たりにしてきました。そのため、すべてをロボットで代替することは非現実的であると認識しています。
ヒューマノイドロボットの導入について、斎藤氏は率直な見解を次のように語っています。
「現段階で判断した場合、はっきり言ってヒューマノイドロボットは全然必要ありません。それよりももっと安くできる代替手段がいくらでもある。
ただし、これまでの進化を見た時に誰も否定できないんです。5年前には誰も想像してなかったほどAIが進んでいる。今後もその進化は続くでしょう。それに備えてのいわゆるリスクヘッジのために入れているということです」
ロボットを導入する最大の理由は、来るべきAI時代に向けたリスクヘッジであり、最も重要な資産である「熟練工のデータ」を収集することにあります。
長年勤め上げた熟練工たちが定年を迎え、彼らが持つ卓越した技術や暗黙知が失われる前に、カメラやセンサーを用いて作業時の筋肉の動きや姿勢などのエルゴノミクスデータを徹底的にデジタル化します。
この良質なデータこそが、将来ヒューマノイドロボットが模倣学習を行う際の要となり、人手不足への対応や持続可能なものづくりを実現し、他社には真似できない圧倒的な競争力の源泉になると見込んでいるのです。
熟練工の作業をフィジカルAIとヒューマノイドロボットで完全に再現・自動化するフェーズは、2030年頃まで数年かかる見込みですが、作業データを取得・分析する部分についてはどんどん精度を高めているとのことです。
■人とAIが協働できる未来の工場づくり
技術の進化が進む中で、矢崎総業が目指すのは人と機械がそれぞれの強みを活かして協働する未来のスマートファクトリーです。
ロボットが停止した際にも自宅から遠隔操作で復旧できる技術の検証や、直感的な操作が可能なハプティクスデバイスの導入は、多様な人々や働き方に対応する「人に優しい工場」の実現に向けた取り組みの一環です。
2028年以降には新しい自動化設備の導入を見込み、将来的にはデータ連携や生成AIの活用による抜本的な効率化を計画しています。
自動化によって単純な繰り返し作業や身体的負担の大きい業務から解放された人々は、AIへの教師役であるアノテーション業務や、現場ならではの気づきに基づく改善活動、さらには創造的な仕事へと役割をシフトしていくことになると考えていると齋藤氏は述べます。
AIに仕事を奪われるのではなく、AIをツールとして使いこなし、より付加価値の高い業務へと移行していくのが同社の描く未来図です。
齋藤氏は、その思いを次のように語りました。
「掛け値なしに思っているのは、うまく人がAIを使って、皆が幸せになれるような未来を目指したい。工場勤務の方々の心理的安全性をどんどん高めるための手段が、AIであったりロボットであると思っています。
身体的な負担を減らしながら、働きがいを持って新しい価値を生み出していく。そんな環境づくりをしていきたいと考えています」
※ ※ ※
Innovation Hub – REN(錬)における挑戦は、単なる生産技術の開発にとどまらず、少子高齢化や労働力不足といった社会課題に対する一つの答えを提示しようとしています。
伝統的なモノづくりの強みと最新技術を融合させ、人が中心となってAIと協調する新たな製造業の姿が、ここ裾野市から世界へと発信されていくことが期待されます。(くるまのニュース編集部)
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