所有から利用への言説と行動の乖離
都市部における移動手段の多様化やカーシェアリングの拡大を受け、所有から利用へという構造変化が盛んに論じられている。
なぜインターチェンジ付近には「ラブホテル」が密集しているのか?
若者のクルマ離れやシェアリングサービスの浸透が社会現象として語られる機会が増えたが、実態として消費者の行動様式はどこまで変化しているのだろうか。
企業が発信する市場の成長ストーリーと、実際の消費者が選択している移動行動の間には、冷静に検証すべきギャップが存在する。
登録率16%が示す公共交通網の優位
首都圏の若年層における移動実態を把握するため、FJネクストホールディングス(東京都新宿区)が実施した調査結果を検証する。本調査は2026年6月23日から25日にかけて、首都圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)に在住する独身・ひとり暮らしの働く20代から30代の男女400人を対象に、インターネット調査方式で集計されたものだ。
調査結果によると、休日の主な移動手段として最も多く挙げられたのは公共交通(電車・バス)で68.5%に達し、次いで徒歩が55.5%となった。一方でマイカーは14.3%にとどまり、都市部の極めて発達した鉄道・バス網が日常の移動需要を高い水準で充足している状況が明確に示されている。
注目されるのは、シェアリングサービスに対する消費者の関与度である。シェアサイクル、レンタル電動キックボード、カーシェアリングのいずれかのサービスに登録していると回答した人は全体の16.3%(65人)にとどまる。サービス別の登録率を見ても、
・シェアサイクル:8.3%
・レンタル電動キックボード:7.0%
・カーシェアリング:5.0%
と、いずれも1割に満たない。サービスを利用しない理由のトップは
「興味がない(56.8%)」
であり、公共交通の利用で十分(27.7%)がそれに続く。
都市部においては、シェア型モビリティが日常的な移動の主役に位置づけられているわけではなく、公共交通という巨大な基盤の隙間を埋める補助的な選択肢にとどまっている状況が浮かび上がってくる。
固定費負担と都市環境が生む所有回避
サービスに登録している層(または登録意向を持つ層)の利用理由からは、若年層が移動手段に求める経済合理性が垣間見える。利用理由の上位には低コスト(29.9%)、24時間利用可能(29.9%)、置き場が不要(27.8%)、維持・管理が不要(26.8%)が並んだ。
この背景には、個人の嗜好変化にとどまらない、マクロ経済の構造的な歪みとインフレが存在するだろう。1990年代後半以降の
・可処分所得の低下
・雇用環境の変化
により、若年層にとって数百万円単位の高額消費は困難となった。さらに車両本体価格も、先進安全自動車(ASV)技術の義務付けや衝突安全基準の厳格化にともなうコスト上昇により、軽自動車で諸経費込み200万円、Cセグメント車で300万円を超えるケースが増加傾向にある。世界的な日本車(JDM)ブームによる中古車価格の高騰も重なり、車を買わないのではなく構造的に買えない状況が定着しつつある。
加えて、日本のモータリゼーションが抱える都市と地方の極端な二極化が、都市部での所有インセンティブを削いでいる。1964(昭和39)年以降の高度経済成長期に一家に一台として普及した自動車は、地方部では公共交通の衰退と引き換えに過度な車社会を生み出した。1世帯あたりの自家用乗用車保有台数を見ると、福井県(1.698台)や富山県(1.640台)など地方部が突出する一方、東京都は0.416台、神奈川県は0.678台と著しく低い。
G7諸国で最も自動車依存度が低いとされる日本の大都市圏では、高度な公共交通網が存在する反面、年額20万~30万円に及ぶ高額な駐車場代や各種税金といった固定費が重くのしかかる。引っ越し時の物件選びにおいて駐輪場や駐車場等のモビリティ置き場の有無を全く重要視しないと回答した人が46.3%に達する事実は、居住空間の選択において移動手段の所有が
「優先事項から除外された」
実態を物語っているだろう。同時に、2026年4月から開始された自転車への交通反則通告制度(青切符)のように、身近な移動手段を巡る規制環境も変化を見せている。同制度の認知度は知っているが56.1%であったが、自転車利用者のうち49.0%が制度導入後に意識して乗るようになったと回答した。移動にともなう
・法的なリスク
・ルールの遵守意識
が高まることも、所有を回避し、管理責任のともなわないシェアサービスを選択する行動を後押しする一因だろう。
都市の移動市場が辿る三つの分岐点
日本のカーシェアリング市場は、2026年3月末時点でステーション数が3万7231か所、車両台数が8万5312両、会員数が539万1855人に達し、着実な規模拡大を記録した。しかし市場の内部では、トラブル多発や車両確保の難しさから個人間カーシェア(CtoC)サービスが2024年末に終了するなど淘汰が進み、タイムズカーシェア(会員数約380万人)やカレコ、オリックスといった大手BtoC事業者による寡占化が進行している。
同時に行政側も、宇都宮市など地方都市における次世代路面電車(LRT)の導入やコンパクトシティ政策、移動手段を統合するMaaS(Mobility as a Service)の推進など、過度なマイカー依存から脱却する政策を加速させてきた。市場の集約と政策的後押しが進む中、今後の都市移動市場はどのような方向へ向かうのか。可能性として三つのシナリオが考えられる。
まずは現状延長のシナリオだ。首都圏の高度な鉄道・バス網が引き続き移動の絶対的基軸であり続け、シェアサービスは所有コストを避けたい一定のニッチ層(登録率20%前後)に向けた補完的インフラとして定着し、平衡状態を保つ構造を持つ。マス市場へ爆発的に拡大することなく、公共交通の隙間を埋める役割に徹する。
次に構造変化が加速するシナリオとなる。特定自動運行(レベル4)などの自動運転技術の実装や法整備が進むことで、ドライバー人件費の低減や車両配置の効率化が実現し、移動コストが劇的に低下する可能性を指す。駐車場不足に悩む都市部において行政が駐車スペースの規制を強化し、公共交通とシェア型モビリティをシームレスにつなぐ統合MaaSが一般化すれば、自ら車両を所有する経済合理性はさらに低下していくだろう。
さらに反転・多様化のシナリオも想定される。プラットフォームの事業者集約にともなう価格支配力の強化や、車両維持コスト転嫁により利用料が高騰した場合、コスパを重視する消費者の離脱が進むリスクをはらむ。さらにリモートワークの定着によって移動頻度そのものが減少すれば、月額費用の発生するシェアサービスへの登録維持が見直され、必要な時だけのレンタカー・タクシー利用や、極端に安価な中古車の所有へ回帰する動きが生じることも予想されるだろう。
最適な移動の選択を委ねられた消費者
自動車の運転免許保有率を見ると、今回の調査では全体の70.8%(男性76.0%、女性65.5%)が免許を所有していた。一方で、持っていないし、取得する予定もないという回答も
「25.8%」
と4人にひとりの割合で存在する。移動能力の代替手段が存在する都市部において、運転という技能や車両という資産を自ら保持する必要性は急速に絶対性を失いつつある。
所有にともなう固定的な負担を受け入れて移動の自由度を最大化するのか。高度に発達した公共交通に依存し、必要な場面でのみシェアサービスや他の手段を組み合わせるのか。あるいは移動そのものを最小化する生活設計を選ぶのか。
提示された定量データは、
「特定の移動手段が絶対的な優位性を確立しているわけではない」
ことを裏付ける。都市インフラの制約、個人所得の動向、そして技術革新の進展という複数の変数が交錯する中で、自身にとって最適な移動のあり方をどのように定義するのかは、個々の消費者のライフスタイルと経済合理的判断に委ねられているのだ。(本間めい子(フリーライター))
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