日常の無防備さが生む観光価値
「平和ボケ」という言葉は、これまで危機感の欠如や無防備さを戒める自虐的な表現として使われてきた。しかし、人の移動を前提とする観光の視点で捉え直すと、その意味は大きく反転する。世界各地で移動に緊張と警戒がともなう現代において、防衛本能をほぼ解除した状態で滞在できる環境は、他国がどれほど投資を重ねても容易に再現できない希少な資産である。本連載「平和ボケ観光論」では、この環境をインバウンドの心身を回復させる世界屈指の安全インフラとして再定義する。自嘲の対象とされてきた「平和ボケ」という空気が、いかにして世界が渇望する「最高の贅沢」へと転じるのか。各地での体験を通じ、その価値を多角的に掘り下げていく(本稿で連載最終回)。
日本の「平和ボケ」はもはや立派な観光資源? 90%の若者が「平和」を実感、インバウンドを魅了する3つの強力要素とは
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この連載「平和ボケ」観光論では一貫して「平和ボケ」 = 観光資源と主張してきた。とはいえ、そんな日本にも襟を正すべき場所がある。先の戦争の記録を今に伝える、広島や長崎をはじめとする数々の戦争遺跡だ。
男は敷居を跨げば七人の敵ありということわざがある。一歩外に出れば多くの困難や対立が待ち受けており、屋外ではそれなりの緊張感を持って行動すべきだという教えだ。海外の多くの地域では移動や滞在そのものに一定の精神的緊張がともなうため、この感覚は世界共通の防衛本能といっていい。
とはいえ、実際の危険が少なければ警戒感も薄れてくる。
筆者(仲田しんじ、研究論文ウォッチャー)は先日、路上で“歩きスマホ”をしていた人が電柱にぶつかっている光景を目撃した。数か月前にも別の場所で同じような出来事を見かけた。笑うに笑えない話だが、今や珍しい光景ではなくなっている。多くの日本人が肩の力を抜いて過ごしているとき、かなりの確率で「平和ボケ」の状態にあることがうかがえる。
落とした財布が高確率で交番に届く。カフェで荷物を置きっぱなしにして席を離れても問題ない。女性が夜道をひとりでジョギングしている。日本人にとっては当たり前の日常も、海外からの旅行者にはやや奇異に映るのももっともな話だ。
主観的には気を抜いて過ごしているつもりはなくても、緊張を強いられない環境が「平和ボケ」の土壌を作っている。この日常の無防備さこそ、現代の観光産業において旅行者の精神的な負担を解消する強力な価値へと結びつく。周囲を常に警戒するコストが不要な環境が、滞在の快適性を高めるアメニティとして機能しているからだ。
交番の警察官や街を行き交う市民、店舗のスタッフといった社会の構成員すべてが、無意識のうちに旅行者の安心感を支えている。何気ない日常の風景が、そのまま観光経済の基盤へと広がっているわけだ。
戦後復興の歩みが紡いだ無形資産
とはいえ、日本はずっと平和だったわけではない。
第二次世界大戦における日本人の死者数は、軍人や軍属、民間人を合わせて約310万人以上といわれている。広島と長崎に原子爆弾が投下された唯一の被爆国でもあり、東京や東海地方をはじめとする各地が大空襲に見舞われた。
そこまでの惨劇を経験した国が、なぜ「平和ボケ」するのか。当時の日本人にとって、敗戦のショックはこの世が終わるほどの絶望だったはずだ。
だが、だからこそ戦争や領土拡大の野心を捨て去り、経済復興に専念できた面もある。戦後復興の時期、日本国内においては戦争や防衛に気を揉むことなく過ごせたという意味で、平和であったといえるだろう。多くの日本人が激務に追われるなかで、戦乱の記憶を頭の片隅に追いやる好機になったのかもしれない。気づけば「平和ボケ」と自嘲するほど、長い平和が続いている。
この歴史的な歩みが、現在の日本の観光ブランドを支える無形の資産を生み出した。かつての惨劇を乗り越え、社会の平穏と経済の発展に力を注いだ結果、他国が莫大な予算を投じても容易には再現できないほどの安全環境が定着した。戦火の傷跡を乗り越えた先にある平穏な空気は、訪れる旅行者に深い安心感をもたらする。これが現代の観光経済において替えのきかない魅力となり、周辺の滞在産業へと広く展開している。
負の遺産が担う内省型観光の潮流
「平和ボケ」の現状とは裏腹に、日本はこれまで数々の戦火や自然災害に見舞われてきた。海外からの旅行者のなかにも、その歴史を知る人々はいる。
人口減少が進む日本において、観光や宿泊業は貴重な成長産業だ。2025年の訪日外国人客数は約4270万人、消費額は9.5兆円程度。インバウンド市場が拡大するなか、観光客のニーズは娯楽から精神的な充足を求める体験へと多様化している。
原爆ドームと広島平和記念資料館は、インバウンドの主要拠点として極めて高い人気を誇る。2025年の入館者全体の約37%(約94万人)を外国人が占めており、修学旅行生を除けばむしろ外国人の方が多い可能性すらある。同館はG7サミットで各国首脳が訪問するなど、国際的な平和学習の象徴的な場所として機能している。トリップアドバイザーのランキングでも長年にわたり高評価を受けており、2012年には日本で最も外国人に人気の観光地となり、2015(平成27)年の日本における必見の場所トップ20でも2位に選ばれた。
戦争の悲劇や大災害の被災地など、人類の死や苦しみにまつわる負の遺産を巡る旅はダークツーリズム(Dark Tourism)と呼ばれる。惨劇を乗り越えた物語から、人類のあり方や防災の知見を得る教育的な価値があるとされ、昨今ますます注目を集めている。インバウンド市場の需要が娯楽の消費から、人類共通のテーマに触れる内省型の観光へと成熟している流れだ。こうした背景から、日本は世界の人々が追悼と平和を共有する国際的な共有地(コモンズ)として機能し始めている。
ダークツーリズムの有名な行き先には、ポーランドのアウシュヴィッツ = ビルケナウ強制収容所や、フランスの地下墓地カタコンブ・ド・パリ、米国のナショナル9/11メモリアル&ミュージアムなどがある。広島の原爆ドームや長崎の平和公園も、それらに並んで世界的に有名だ。日本そのものがダークツーリズムの目的地となっている。
この広がりにともない、各地の観光地域づくり法人(DMO)や自治体の役割も変化してきた。従来の集客や宣伝にとどまらず、歴史の文脈を正確かつ中立に伝える文化的な翻訳者としての役割へと、その活動の幅を広げている。
追悼と信仰が交わるウェルネス市場
ポルトガルのリスボン自治大学の研究チーム(Maganoら)が2022年に発表した論文によれば、ダークな場所をより多く訪れ、かつ否定的な性格特性のスコアが高い人ほど、観光客としての幸福度が高い傾向にあるという。
993人を対象としたこの調査では、性別、年齢、ダークツーリズムの認知度、精度、そして動機(好奇心、学び、理解、快楽への欲求)が、ダークツーリズム実践指数の38.1%を説明するモデルとして特定された。同調査によると、このツーリズムを事前に知っている層は若年で教育水準が高く、ホロコースト博物館などを多く訪れる実践者でもある。
悲しみや自己嫌悪、敵意、心理的な脆さといったネガティブな性格特性を持つ人が、ダークツーリズムを通じて幸せな気分を得ていることになる。普通の観光目的で日本を訪れる旅行者が大半だろうが、国内のダークな場所を訪れる人々も決して少なくない。
例えば靖国神社に併設される遊就館は、日本の歴史や軍事史を学べる施設として関心が高まっており、ダークツーリズムの観点で訪れる外国人の姿が目立つ。一方で、こうした施設には周辺諸国からの警戒感を含め、国内外から複雑な視線が向けられているのも事実だ。国際的な視点に立った慎重で多角的な理解が求められる。
また、沖縄平和祈念資料館やひめゆりの塔知覧特攻平和会館などでも、インバウンドの増加にともない、多言語での展示解説や音声ガイドの導入が進む。こうした案内体制の拡充は、多国籍な旅行者が自分のペースで歴史と向き合い、深く内省するための精神的なセーフティネットとして機能する。惨劇の記憶に触れ、悲しみを共有するプロセスそのものが旅行者の精神的な充足を高め、不思議な安寧をもたらしている。
さらに、日本における祈りの対象は負の遺産への追悼にとどまらない。熊野古道や出雲大社に代表される、古来の自然信仰や八百万の神々へ向けた信仰の旅も多くの旅行者を惹きつけている。自然体験を通じて心身の健康や活力を得るウェルネスツーリズムの、日本独自の発展形といえるだろう。そこにあるのは、特定の宗教の教義を超えた生かされていることへの感謝と祈りの空間だ。
鬱蒼とした杉木立や厳かな社殿に身を置くことで、自らの内面と向き合い、現代社会の緊張から解き放たれる。つまり日本は、
・歴史の傷跡をたどる追悼
・大自然や神仏に身を委ねる信仰
という、質の異なるふたつの祈りが見事に共存するフィールドなのだ。このふたつの潮流が交わることで、心身の回復を促す精神的ウェルネスという高付加価値な市場が新たな領域として立ち上がっている。
平穏を紡ぐ社会が放つ競争優位性
死や悲劇に関連する場所を訪ねる旅は、感情的な葛藤や心理的苦痛をともなう。だがその一方で、内省を促し共感を育むことで、全体的な幸福感を高める可能性もあることが研究から示されている。
日本国内のダークな場所、あるいは神聖な信仰の場で心の平安を得ているとすれば、繰り返し訪れるリピーターたちが祈りの空気に感化されていくのも必然といえる。
私たちが「平和ボケ」と自嘲するこの社会の無防備さと安全さは、決して空から降ってきた幸運ではない。先の大戦の惨劇を教訓として刻み、同時に古来の信仰を絶やすことなく、日々の営みのなかに祈りを継承し続けてきた社会の形そのものだ。
観光地である以前に、記憶の場所であり祈りの場所である空間が日常のすぐ隣にある。これこそが、防衛本能を解除して滞在できる世界屈指の安全インフラの正体だ。
もちろん、悲劇の地が観光スポット化することによる倫理的問題や、地域社会との丁寧な合意形成といった課題は残る。だが、福島県が原発事故の遺産から得た教訓を未来へ伝えるホープツーリズムを進めているように、歴史の暗部から学び、次世代へ伝承する試みは確実に前進している。
「平和ボケ」とは、危機感の欠如を笑う言葉ではない。過去を悼み、未来の平穏を願う祈りの継承を可能にする社会の仕組みとして機能する日本が、傷ついた旅人たちに無自覚に差し出している、癒やしという名の贅沢なのだろう。
こうした風土や社会環境そのものを体験価値とする観光の広がりは、人工的な施設の開発や価格競争とは一線を画す、代替不可能な競争優位性を生み出している。この価値は短期の滞在にとどまらず、心身の回復を目的とした長期滞在やワーケーション、関係人口の拡大など、ライフスタイル全般に関わる領域へと裾野を広げている。
過去の記憶と倫理観を守り、日々の平穏を紡ぐ社会のあり方が、これからの日本の観光経済を支える強固な基盤となるだろう。(仲田しんじ(研究論文ウォッチャー))
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みんなのコメント
いつか戦争が日本にも来るって心のどこかでは常に思っていないと。 国の為なんかの為に戦いはしないが、愛する者、愛する土地の為なら敵はやっつける。