生活動線に広がる新たな顧客接点
ショッピングモールで買い物をしていると、クルマを見かける機会が増えている。人が多く集まる商業施設に、自動車ディーラーの出店が増え始めたためだ。
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日産自動車は「車を売らない展示専門店」の拡大を進める方針を打ち出し、三菱自動車も首都圏や愛知、大阪の都市圏を中心に小型店舗の新設を計画している。さらに、電気自動車(EV)メーカーのテスラや比亜迪(BYD)も、商業施設への出店を積極的に進めている。
こうした新しい店舗形態の広がりは、販売を強化する取り組みにとどまらず、顧客の時間や関心を得るための販売経路の見直しが進んでいることを示している。背景には、顧客と接する機会を巡る競争の変化がある。国内外のメーカーは、売り方だけでなく、顧客と出会う段階から新しい方法を探り始めている。
国内市場の成長が鈍るなか、自動車メーカーはなぜ生活の流れの中へ入り込もうとしているのか。本稿では、各社が力を入れる顧客との接点づくりについて、その背景を詳しく見ていく。
潜在層を狙うアセットライト戦略
自動車ディーラーの出店場所が変わり始めたことは、従来の街道沿いの店舗では新規顧客との接点を確保しにくくなっている現状を映している。
交通量の多い郊外にあるディーラーは常連客の利用が比較的多く、初めて訪れる人には入りづらい。一方、モールなどの商業施設内の店舗では、実際に車両を見て触れられる機会を重視し、ファミリー層や女性など、これまで来店の少なかった層でも立ち寄りやすい環境を整えている。
背景には、国内市場の変化がある。国内新車販売は、ピークだった1990(平成2)年の778万台と比べて市場規模が年々縮小し、2020年代に入ってからは500万台を下回る水準で推移している。限られた市場で、広い敷地や整備工場を備えた従来型店舗を新設することは投資負担が大きい。そのため、商業施設の集客力を生かして
「初期投資を抑えながら投資効率を高める」
アセットライトな手法が現実的な選択となっている。また、時間を効率よく使いたい消費者に合わせ、わざわざ郊外のディーラーまで足を運ばない人の日常の行動範囲へ出店する狙いもある。
こうしたなか、日産自動車はショッピングモール内に設ける「車を売らない展示専門店」を、2027年度をめどに現在の約2倍となる30店舗超へ拡大する方針を打ち出した。これらの店舗は車両展示や試乗案内、ブランドの情報発信に特化し、販売契約や車両整備は近隣の従来型ディーラーが担う。これまで日産車を購入候補として考えていなかった人でも、買い物のついでに気軽に立ち寄れる場を設け、新たな接点を広げる考えだ。
三菱自動車も、2030年度までに都市部を中心として小型店舗を約30店舗新設する計画を発表した。2026年投入予定の新型スポーツタイプ多目的車(SUV)「パジェロ」など、高価格帯のオフロード車種を強化するなか、これまで十分に展開できていなかった都市部での販売を伸ばす考えだ。これらの店舗も整備工場は設けず、展示車両を2車種程度に絞った新車販売中心の低コストな店舗として運営する。
海外メーカーも商業施設への出店を進めている。テスラは全国38店舗の大半をイオンモールや都市部のショッピングモールなどの商業施設に展開している。期間限定のポップアップストアを含めると、全国40カ所で試乗体験などができ、身近に車へ触れられる機会が広がっている。BYDも大阪や福岡で商業施設内に店舗を構え、ブランドを体験できる場を設けている。
各社に共通するのは、時間を効率よく使いたい顧客との接点を増やそうという考え方である。ただ、商業施設への出店が相次ぐ背景には、それだけではない競争環境の変化がある。
LTV最大化に向けた機能分業
メーカー各社による出店競争は、店舗数を増やすことだけが目的ではない。「車を売らない展示専門店」を通じて、顧客と接する機会を増やすことに重きが置かれている。
いま自動車メーカーが向き合う大きな課題は、消費者の可処分時間をどう確保するかだ。スマートフォンや動画配信サービス、SNSの普及によって、消費者の自由な時間はさまざまなサービスに振り向けられている。そのため、郊外のディーラーまで来店を促すのではなく、ショッピングモールや都市部の商業施設など、日常的に人が集まる場所で自動車ブランドに触れる機会を増やす取り組みが進んでいる。
こうしたなか、クルマの購入までの流れを段階ごとに分け、まだ購入を考えていない人との接点を早い段階から増やす動きが広がっている。商業施設に店舗を構えれば、買い物やレジャーの途中で車両を見てもらいやすくなり、自然な形で関心を持ってもらえる。まずは車両を見て触れてもらい、興味を持った人を試乗や商談へとつなげる。具体的な商談は営業スタッフが常駐する近隣の店舗で行う流れだ。
この仕組みでは、認知や体験を担う店舗と、商談や契約を担う既存店舗が役割を分けている。こうした役割分担によって、顧客を獲得するための費用を抑えながら、長期的な収益につなげやすくしている。
また、新車を購入する前から日常生活の中でブランドに触れる機会を増やし、購入後も継続してサービスを提供することで、販売から利用までを含めた全体の効率を高める取り組みが進んでいる。これが今後の自動車メーカーの競争力を左右する要素のひとつとなっている。
EVシフトと国内市場の再評価
国内市場は安定しているうえ、回復の兆しも見え始めており、その価値があらためて見直されている。
日本の自動車産業は、2023年の自動車製造業の製造品出荷額等が前年比14.0%増の約71兆5991億円となり、全製造業の19.2%を占めた。今なお日本経済を支える主要産業のひとつであり、関連産業を含めた就業人口は約559万人に達する。一方、2024年の国内四輪車生産台数は前年比8.5%減の823万5000台となり、四輪車の輸出台数も421万7000台だった。国内市場の成熟や新興国、中国メーカーとの競争が激しくなるなか、各社は国内市場の位置づけを見直し、販売の進め方を変え始めている。
市場では新たな動きも見え始めている。国内の新車販売ではEVへの移行が着実に進み、2026年5月の国内EV販売比率(乗用車)は3.5%と過去最高を更新した。販売を伸ばしているのは、トヨタ自動車の「bZ4X」、日産自動車の「リーフ」、ホンダの「スーパーワン」などの主力車種だ。登録車EVが好調な背景には、政府の「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金(CEV補助金)」が最大130万円へ引き上げられたことに加え、自治体独自の補助制度もあり、同じクラスのハイブリッド車(HV)より実質的な購入負担が小さくなっていることがある。
一方で、これまで国内EV市場を支えてきた軽EVの日産「サクラ」などは、前年同月比28.4%減と販売が落ち込んでいる。軽乗用EV向けの補助金は最大58万円にとどまり、登録車EVと比べると購入時の負担軽減が小さいことが影響しているとみられる。また、EV普及に欠かせない充電設備については、米テスラが2026年4月末時点で国内148か所に726基の急速充電設備「スーパーチャージャー」を展開し、利用しやすい環境づくりを進めている。
海外市場では事業を取り巻く不確実性が高まるなか、安定した需要と収益を見込みやすい国内市場の重要性は増している。こうした状況を受け、各社は国内での顧客との接点を増やす取り組みに力を入れている。
脱コモディティ化と経営の効率化
商業施設への出店が増えている背景には、自動車産業の変化と、それにともなう販売の流れの変化がある。新たな店舗は、これまでの大型店舗中心から体験を重視した店舗へと移りつつあり、集客力の高い商業施設は、ブランドに直接触れてもらう場として存在感を高めている。
こうした動きは、メーカーが消費者の日常生活の中で接点を増やそうとしている表れでもあり、製品の違いを打ち出しにくくなった市場への対応でもある。特にEVでは、バッテリーや制御技術が広く普及したことで、中国をはじめとする海外メーカーの参入が相次ぎ、製品そのものの性能だけで差をつけることが難しくなっている。
そのため、価格競争に陥ることを避けるには、製品の性能だけでなく、デジタルトランスフォーメーション(DX)による使い勝手の向上や、ブランドとしての価値を高める取り組みが重要になっている。商業施設で買い物やレジャーを楽しむ人が、気軽にクルマに触れられる店舗を設けることは、価格以外の価値を伝える機会となり、車両の付加価値を保つことにもつながる。
この変化は、ディーラー経営の効率化にも結び付いている。人手不足が深刻になる一方、ソフトウェアへの対応やEVの整備など、現場にはより高い専門性が求められている。そのなかで、集客やブランドの情報発信を商業施設内の店舗が担えば、既存ディーラーの負担を減らせる。既存店舗は
・試乗
・商談
・納車
・高度な整備
などの業務に人員を集中でき、販売網全体の効率向上にもつながる。ディーラーが担う役割の重要性は変わらないが、これからは店舗数を競うよりも、顧客と日常的に接する機会を増やす方向へと変わりつつあるのだ。
次世代モビリティ経済圏への布石
では、今後の競争はどこへ向かうのか。人口減少や高齢化が進むと見込まれるなか、国内市場の大幅な拡大は期待しにくい。限られた市場で競争が続く以上、新規顧客と接する機会を増やすことは、メーカーが中長期にわたって成長を維持するうえで重要性を増している。
その背景には、車両の価値が購入時だけで決まるのではなく、
・ソフトウェアの更新
・EVを活用したエネルギーマネジメント
など、購入後のサービスによって広がっていくという考え方がある。今後、通信やインフラと連携した移動サービスが広がれば、早い段階から消費者とのつながりを築くことが、継続的な利用につながる可能性が高い。
商業施設への出店が今後も定着するかどうかは、引き続き見極める必要がある。一方で、メーカー各社が同じ方向へ動き始めていることは確かだ。これからの競争は、販売台数だけを競うものではなく、将来を見据えて顧客との接点をどれだけ増やせるかという面も重要になる。都市部や商業施設への出店拡大は、自動車産業の変化を示す動きのひとつといえそうだ。(加川康子(モビリティライター))
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みんなのコメント
人の集まる場所だからです
買う気のない人でも気軽に見れるしディーラーは敷居が高いんだよ