スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2021年シーズンの第1回は、久々のスーパーGT復帰となる名門“フェラーリ”の9号車『PACIFIC NAC CARGUY Ferrari』が登場。国内のスーパーGTやスーパー耐久のみならず、アジアン・ル・マン・シリーズなども経験し、数々のGT3車両を走らせてきた田邊宏昭エンジニアに、最新世代のフェラーリ488GT3"EVO"の素性を聞いた。
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PACIFIC CARGUY Racing 2021スーパーGT第2戦富士 レースレポート
「国内で言ったら、このGTではNSXと今回のフェラーリっていうかたちですけど、海外で言えば(メルセデス)AMGにランボルギーニ、他にはBMWもやっていますし、スーパー耐久ではマクラーレンも。あと昔はポルシェもありましたね。なのでそこそこ……結構いろんなクルマをやらせてもらっていると思います。あとは昨季、D’station Racingさんと走らせた新型アストンマーチン・ヴァンテージも、ですね」
そう語るのは、今季からPACIFIC RACING TEAMとCARGUYがジョイントし、シリーズに4年ぶりのフェラーリを持ち込んだ9号車チーフエンジニアの田邊宏昭氏だ。
その田邊エンジニアの言う「GTでのNSX」とは、2018年のホンダNSX GT3国内デリバリー初年度にCARGUY Racingが走らせた『CARGUY ADA NSX GT3』と、2019年のマシンチェンジ初年度に請け負った18号車『UPGARAGE NSX GT3』のこと。
今季もスーパー耐久ではFloral Racing with ABSSAのマクラーレン720S GT3を担当していることもあり、近年はMR車両を走らせる機会が多い田邊エンジニアだが(昨季のアストンマーティンを除く)、そんな同氏から見たフェラーリ488 GT3の基本特性は「すごく空力を意識したクルマ」だという。
「フェラーリに関しては、今年スーパー耐久でマクラーレンをやっていても思うんですけど、すごく空力を意識したクルマかなぁ、という気がしますね。以前のNSXとかだと、ちょっと空力が上手く使えない部分が出たりしたんですが、フェラーリ488 GT3に関してはエアロがすごく敏感で、そこの部分を上手く使わないと走れない。逆にメカ部分はそんなに変化させなくても、エアロの部分で調整すればクルマも反応してくれて、こちらの思うところに落とし込めるかな、という気がしますね」
各マニュファクチャラーが送り出す近年のGT3車両は、この空力性能の進化こそが生命線と言え、ベースモデルからのモディファイで可能な範囲でエアロダイナミクスを突き詰めることが至上命題となっている。
このフェラーリ488 GT3も例外ではなく、2016年デビューの第1世代、2018年登場の第2世代に続き、2020年には過去3年間で2度目の"エボ・パッケージ"となる最新バージョンをリリースしており、この9号車『PACIFIC NAC CARGUY Ferrari』もその1台となる。
俗称"EVO2"となる同モデルでは、従来型比で小型化されたフロントバンパーを導入し、フェラーリ曰く「これが2020年型EVOに導入されたキーエレメントのひとつ」とされる。その形状決定には風洞試験に加えて1万8000時間以上の計算とCFDシミュレーションが実施され、多くのダウンフォースを発生するコーナーフリックも追加された。
さらに左右ドアにはフロントフェンダーアウトレットの効率に配慮し、先細りのテーパー状となる処理を施したほか、リヤウイング近くには巨大なアウトレット・ベントが設けられるなど、空力面で大幅なアップデートが図られた。
■開幕前公式テストでは“コンペティションタイヤ”の洗礼を浴びることに
一方、車体側でもその変化に対応すべく、異なる規定間の互換性を高める意図で『フェラーリ488 GTE EVO』とホイールベースを共通とし、ジオメトリーを最適化。これによりタイヤ磨耗に対してよりロングライフ化が果たされ、電子制御面でもトラクションコントロールとABSをより緻密に制御することで、さらなる“耐久性能向上”を果たしている。
リードドライバーとしてCARGUYを率いる木村武史と、そのパートナーを務めるケイ・コッツォリーノは、言わずと知れたル・マン挑戦者として『フェラーリ488 GTE EVO』をドライブして本戦を戦っており、GTE版で相応のマイレージを積んできた。
「木村さんが練習用に国内に(GTEを)入れて、岡山でも同じように私が担当して試したりしました。タイヤの部分で(同じ条件で)比べられてないのでなんとも言えないんですが、GTEに関してはウイングも、リヤのアップスイープも、フロントスポイラーも大きくて、ダウンフォースが圧倒的にある。ただ逆に言うとABSがないので、そういう部分の電子デバイスのアシストは足りない。どちらが、っていうのを比べるのは難しい部分はありますが、双方“互換性がありますよ”程度の感じですね」
それでもレギュラー陣が圧倒的に慣れ親しんだ車種という意味でチョイスされた、このフェラーリ488GT3“EVO”は、2021年シーズン参戦に向けたオーダー時点で、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により「新車の製造が間に合わない」ことから急遽、現地のミュージアムに展示してあった車両を融通してもらうかたちとなった。
「新車で組んで、シェイクダウンを行って、そのあとは飾ってあったクルマを急遽、そのミュージアムから引き抜いて。なんとか手に入れて開幕に間に合わせた。本当に開幕週の2日前? ぐらいに届いたのかな」
そんな状況でカラーリングも鮮烈な真紅(未完成)のまま開幕前公式テストに臨んだ車両は、その他の海外製GT3車両と同様に、ワンメイクのピレリやミシュランとは異なる、スーパーGT仕様“コンペティションタイヤ”の洗礼を浴びることになる。
「テスト開始時点ではちょっと良いところが見つけられなくて、ヨコハマさんからも言われたのは『グレイニング番長です、1番ですよ』って。そんなタイヤの悪い使い方では1番を獲れたという輝かしいテストだったんですが(笑)、セッションも最後の最後、本当に残り30分というぐらいのところで良いところが見つけられて、そしたら途端に……急に症状が収まりました」と、初期合わせ込みの苦しみを味わったという田邊エンジニア。
「そこからはタイヤの使い方でオイシイところが見つけられて、その部分は飛躍的に改善できたかな。とくにヨーロッパ(開発・デリバリーを担うミケロット)からの『イニシャルはこれくらいで合わせて』っていう数字があるんですが、最初はそことあまり違わない数字で合わせてはいた。でも最終的にその部分からは『ちょっと違うところに行ってみよう』ということで、推奨範囲から少し外してみたら良いところが見つけられました」
年々進化し続ける構造とゴム、そして多岐にわたるコンパウンドの組み合わせで、車両特性との相関できめ細やかな挙動と耐久性、高いグリップを生み出す日本のタイヤに、どのサーキットでも高品質な舗装で路面μ(摩擦係数)の高い環境の合わせ技は、ワンメイクタイヤを基本に限られた種類のスプリングやキャンバーシム類で推奨セットを設定する海外のGT3勢にとって、避けては通れない“鬼門”となっている。
■タイヤに優しいゆえに、ヨコハマタイヤとの整合性がカギとなるか
このフェラーリ488GT3“EVO”も例外ではなく、現状は高負荷の鈴鹿でも、高速の富士でも「どこへ行っても変わらないような状況になってしまいました。本音ではもっと上(レンジの外)があればな、とかそういう話で……」と田邊エンジニアがこぼすほど、セッティング可能幅のなかでハード側に寄せた狭い領域で走らざるを得ない状態に。
勢い、動的な車高変動を抑制して空力に頼って走るしかタイム向上の方策がなくなり、近年はどのGT3マシンも車両の前傾姿勢でDF総量を確保する“レーキアングル”の採用がトレンドになっている。しかし、このフェラーリではその戦略も封じられているという。
「そうなんです……ハイレイク(ダウンフォース量を稼ぐため、車体を大きく傾斜させた前傾姿勢の状態)を試したところ良い部分があまり出せなかったというか。メカバランスとかもいじったりはしたんですけど、良くはなかったというのが本音ですね。動かしてはみたんだけど、逆にピーキーになってしまった」と田邊エンジニア。
そのため、テスト時間や使用タイヤセット数の不足も重なり、まだ予選一発のタイムを出す最適なトリムを「発見できていない」という。ただ視点を変えれば、そこにこそ、このフェラーリを輝かせる光明がありそうだ、とも見ている。
「その点で、基本的にタイヤに優しいんだと思います。そこが耐久に強いひとつの要因だと思いますね。海外のワンメイクタイヤを使う耐久シリーズだと、本当にダブルスティントが基本くらいの。そこにフェラーリとしての強みがある"みたい"なんですが、タイヤに対する攻撃性が根本的に低いのかな。そこで荷重を掛けてタイムを稼ぎに行こうとすると、途端に悪いところが出てしまうのかなぁ、という感じがします」
ただし、近年のGT3用ヨコハマタイヤは、積極的に輪荷重を掛けてピークグリップを稼ぐ性格付けにも見受けられ、そのバランスと整合性がカギになりそうだ。
「僕もブランクがあって一旦お休み(昨季のGTはミシュラン、スーパー耐久ではピレリ)して、そして今年またヨコハマに戻ったんですけど、今の新しいタイヤはそんなに悪くないのかな~と。キャラクター的には上手く使えれば何か良いところが出せるんじゃないかな、とは思ってます。私はこの今のヨコハマは嫌いじゃないです」
性能調整のBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)は、基本の数値として40kgを搭載するが、燃料を満タンにしても「そんなにクルマのバランスは変わらない」鷹揚さも持ち合わせる。エンジン側も、3.9リッターのV8ツインターボは低い回転域からブースト圧を抑制され、富士のストレートエンドでは最高速の“数値”こそ記録するも、コーナー立ち上がりでの「ピックアップ(エンジンの加速度)はまだちょっと弱いかなぁ」と、直接対決での勝負強さ、という面で不安は残るという。
だからこそ、レースディスタンスでの“粘り”にフォーカスするクルマ作りが目標となるが、開幕の岡山こそセーフティカーに翻弄され23位に留まったが、第2戦富士ではファーストスティントを引っ張りに引っ張り、予選16番手から一時は首位を快走した。残念ながらトラブルにより後退はしたものの、今後の開催サーキットでは武器のエアロを活かせるコースで上位進出を狙いたい。
「続く後半はテストしていないサーキットばかりなので、そこでどこまで落とし込めるか。確かに耐久に強いクルマですが、今季の耐久はここ(第2戦富士)しかないので、次の300kmに対してスプリントでもっとタイヤを使い切れるクルマ、もしくは出来るんだったら“無交換”というのがね、みんなが出来てないことが出来たら……。レースでは現状、速さで勝つクルマではないですし。作戦の部分でこのクルマの特性を上手く活かせる方法を見つけられればな、という風には思います」
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