この記事をまとめると
■日本車初のミニバンは1982年に誕生した日産のプレーリーであった
まだ「ミニバン」がなかった時代に3列シートで勝負! 日産プレーリー&三菱シャリオの開拓者っぷりがスゴイ!!
■1988年に誕生した2代目モデルは初代の欠点を改修したモデルだった
■流麗なデザインが好評となったほかマイナーチェンジ後のモデルは人気車種になった
初代の失敗を活かしたデザイン重視の5ナンバーミニバン
いまや日本の国民車的カテゴリーに属するミニバン。
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
みんなのコメント
北米での名前は何とスタンザワゴン。
プレーリーは日産は日産でも子会社の
日産車体製でアップデートが日産社製よりも
後回しにする傾向にあり、二代目の2リッター車は
何とキャブレター車という状態で(2.4を除く)、
後のプレーリージョイで大改良をしたときには
既にモデル末期という後手後手な結果で、
この体質はフェアレディZも同様に
スカイラインが世代交代をしている中で
ずっとZ32のままだった。
しかし転機は訪れる。日産社製がルネッサで
大コケをしていたときに日産を救ったのが
同じ日産車体製のアベニールと兄弟関係に
なっていた3代目のプレーリーリバティだった。
プレーリーの波瀾万丈な生涯とは、
日産社製と日産車体製のしがらみに巻き込まれた
結果でもあった。