オセアニア市場に挑む三菱の新型車
三菱自動車は2026年8月10日、オセアニア地域で電気自動車(EV)の新型モデル「ASX VR-e」を同年第4四半期に投入すると発表した。
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2021年3月に生産を終えた「i-MiEV(アイ・ミーブ)」から数え、約5年ぶりの本格的な乗用EVの登場となる。
自国より先にオーストラリアとニュージーランドを投入先に選んだ背景には、同地域におけるEV需要の急速な高まりがある。これに加え、台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)などと結んだ水平分業型の供給スキームも大きく影響している。
長く日本メーカーが販売の地盤を固めてきたオセアニア市場だが、現在は中国系ブランドの勢いが増している。異業種との連携を通じて市場の変化へ適応していく三菱の動きは、これからの車づくりや製品投入のあり方を考えるうえで示唆に富む。
本稿では、現地市場の構造変化をはじめ、開発や生産をめぐる協業体制、さらに世界展開への結びつきを読み解く。
豪州市場の変貌と急躍進する中国車
長年、日本車が優位に立ってきたオーストラリア市場の景色が大きく変わりつつある。
きっかけは、中東情勢の長期化にともなうガソリン価格の高騰だった。消費者の関心はエネルギー効率の高い電動車へと一気に傾いている。
この流れに乗って存在感を強めているのが、比亜迪(BYD)や長城汽車(GWM)、奇瑞汽車(Chery)といった中国系ブランドだ。独自の直販体制と強固な部品調達網をいかし、市場へ深く入り込んでいる。
勢力図の移り変わりは数字にも表れている。2026年4月の新車輸入台数を見ると、中国車が3万6000台に達し、日本車の2万9000台を抜いた。1998(平成10)年以来、28年にわたって日本が守り続けてきた輸入元トップの座が入れ替わった形だ。
EV需要の伸びも際立つ。連邦自動車産業会議所(FCAI)のまとめによると、同年7月単月のバッテリー式電気自動車(BEV)販売台数は2万3510台だった。これは新車市場全体の21.7%に相当し、1月時点の8.4%から半年ほどで約2.5倍へ膨らんでいる。年初からの累計でもBEVの割合は17.3%に届く。
急激な電動化が進むなか、日系ブランドはセダンや中小型スポーツタイプ多目的車(SUV)の分野で販売を落としている。1月から4月までの実績を比べると、中国車14ブランドの合計が前年同期比40%増の9万3539台へ伸びた。対する日本車全体は同20%減の15万797台まで後退している。およそ3万5000台分の需要が、日本車から中国車へ移った計算になる。
各社の状況を追うと、ピックアップトラック「D-MAX」などが好調だったいすゞ(6.7%増)を除き、日系メーカーは軒並み厳しい数字を残した。車種の入れ替え時期にあたる日産が32.2%減、三菱が25.5%減となり、首位を走るトヨタも22.7%減に沈む。スズキ(23.4%減)、スバル(19.3%減)、マツダ(13.1%減)も同様に販売ペースを落としている。
一方でBYDは前年同期比110.8%増というペースで売り上げを伸ばした。4月単月では主要な競合メーカーを抜き、ブランド別の販売台数でトヨタに次ぐ2位へ躍り出ている。
自前主義を脱した水平分業への転換
市場環境が大きく動くなか、三菱自動車は中長期の事業計画「Challenge 2025」を見直した。自社ですべてを賄う垂直統合型の車づくりから、外部の力をいかす水平分業へかじを切っている。
オセアニアへ送り出す「ASX VR-e」は、まさに鴻海グループとの協業から生まれた。両社は2025年5月に覚書を結んでいる。鴻海傘下でEV開発を担う鴻華先進科技(フォックストロン)の車体基盤「Model B(市販名:Bria)」を利用し、EVのOEM供給を受ける取り決めだ。製造は台湾の裕隆汽車が担い、三菱のブランドを冠して輸出する。
こうした判断の裏には、三菱が過去に経験した苦い教訓がある。
同社は2009(平成21)年、いち早く量産EV「i-MiEV」を世に送り出した。当時は多額の設備投資を行い、電池の調達網まで自社で抱え込む道を選んだ。だが、利益を出すために必要だった年間3万台という壁を越えられなかった。市場が育つまでの時間がかかりすぎた結果、重い固定費が経営を圧迫し、最終的に生産を終えている。
同じ失敗を繰り返さないよう、現在は事業構造の整理を急いでいる。車体の基本骨格を5種類から3種類へ減らし、デジタル技術を用いて開発にかかる期間を45か月から36か月へ縮めた。くわえて、2027年度をめどにタイの第3工場を休止するなど、固定費を適正な規模へ戻す取り組みも進む。
EVづくりで最も負担の重い車体骨格や高電圧バッテリーの調達を、世界最大手の電子機器受託製造サービス(EMS)へ委ねる。これにより、巨額の投資リスクを抑えながら、日本車離れが進むオーストラリア市場へ素早く新型BEVを投入できる。
身軽な経営状態を保ちながら外部の知見を取り入れる姿勢は、急拡大する中国ブランドに対抗するための現実的な一手といえる。
オセアニアを先行投入先に選ぶ理由
オセアニア地域の新車販売は、オーストラリアが年間約120万台、ニュージーランドが約10万台の規模にとどまる。世界的に見れば中規模の市場だが、日本と同じ右ハンドルで左側通行という条件が揃う。車の仕様を変える費用を抑え、早い段階で新モデルを持ち込める利点がある。
三菱にとって、この地域は世界販売の約1割を占める重要な市場だ。2026年5月に示した事業計画のなかでも、オーストラリアを立て直しの拠点に位置づけている。
広い国土と高い所得水準を持つ同国では、長距離の移動に向くSUVやピックアップトラックの需要が根強い。これまでも三菱「トライトン」や日産「ナバラ」、いすゞ「D-MAX」などが売り上げを伸ばしてきた。今回投入するASX VR-eは、こうしたSUVの使い勝手と、急速に高まる電動化のニーズを同時に満たす役割を負う。
また、充電設備などの環境整備が進みつつある同市場は、新しい車を試す場としても都合が良い。
三菱はオーストラリアに144店舗、ニュージーランドに60店舗以上の販売と整備の網を持っている。車を売った後の手厚い支えは、新しく参入してくる中国系ブランドとの違いを際立たせる材料になる。
現地で集めた走行データや顧客の好みを細かく洗い出し、ゆくゆくは他の地域での展開へ生かしていく算段だ。
オセアニアから挑む世界展開の行方
ニュージーランド法人の発表によれば、ASX VR-eの外観は、イタリアの老舗デザイン工房であるピニンファリーナが手がけた意匠が元になっている。
そこに三菱ならではの味付けを加えた。ブランドの顔ともいえる「ダイナミックシールド」を思わせるLEDライトバーや、専用のアルミホイールを取り入れ、独自の色を出している。車内には15.6インチの大型操作画面を置き、近代的な空間に仕上げた。
車種の構成は、基本となる「LS」、中間の「XLS」、上位の「Exceed」、そして最上位のスポーツモデル「GSR」の4種類を揃える。
目を引くのは「GSR」の名前が復活した点だ。かつてギャランやランサーエボリューションなど、過酷なモータースポーツの世界で活躍した車にだけ与えられてきた称号である。
このGSRは前後にモーターを積む全輪駆動(AWD)となり、最高出力は407PSに達する。静止状態から時速100kmまで3.9秒で加速するという、スポーツカーに迫る走行性能を持つ。同社が磨いてきた四輪を制御する技術を、電気で走る時代へ引き継ぐ姿勢が窺える。
なお、車体の開発元であるフォックスコンは、米国でのEV生産と販売を探っていた。しかし、関税の壁が懸念されたため、2026年6月に北米での事業計画を一時的に凍結している。
その影響で、ASX VR-eを左ハンドルに変えて北米や欧州へ持ち込む計画は当面見送られることになった。結果として、まずはオセアニア市場でどれだけ受け入れられるかが、三菱の今後の展開を占う大きな指標となっている。
異業種連携で変革する車づくりの未来
自前での開発にこだわらず、外部の力をうまく取り入れる。今回の新型EVの投入は、そうした新しい事業の進め方を形にしたものだ。
狙いは、ただオセアニアで車を売ることだけではない。現地で得た販売の反応や市場のデータを、自社の次なる車づくりへどう生かしていくかが問われている。
中国系メーカーとの販売競争が激しさを増すなか、三菱がおよそ50年にわたってオセアニアで育ててきた店舗網や保守サービスの存在は大きい。外から調達した車体であっても、販売網への信頼が加わることで確かな商品力に変わる。
優れたデザインの車体に独自の「走りの味付け」を加え、自社ブランドの価値を高めることに力を注ぐ。この手法は、自動車メーカーの役割が変わりつつあることを示している。一つの企業がすべてを造り上げる時代から、多様な技術を組み合わせ、それぞれの地域の求めに合わせて車を届ける立場へと移り変わっているのだ。
5年、あるいは10年先の自動車業界を考えたとき、普及の速度が異なる世界各地の市場に対し、いかに柔軟な協力体制を敷けるかが競争を左右する。
他社と手を結んで商品を出し続け、着実に実績を積む。その歩みそのものが、日本を含めた次の市場へ打って出るための足場となる。業界全体の大きな変化を映し出す事例として、ASX VR-eが現地でどのような軌跡を描くのか、その動向を注視したい。(鶴見則行(自動車ライター))
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