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個性派監督ウェス・アンダーソンの長編映画12本を独自にランキング

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個性派監督ウェス・アンダーソンの長編映画12本を独自にランキング

最新作『The Phoenician Scheme(原題)』が、カンヌ国際映画祭2025でコンペティション部門に出品予定のウェス・アンダーソン監督。唯一無二の作風でカルト的な支持を集める彼の長編作品12本を、US版『GQ』のライターが独断でランク付けした。

ウェス・アンダーソンの映画のなかでも最高のものは──と言っても、ほぼすべてだが──一目でそれとわかるビジュアルセンスに彩られている。彼の大ファンからアンチまで、その裏にあるものを見逃してしまうほど、視覚的に緻密なデザインが施されているのがアンダーソン作品だ。

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それを表面的に真似るのは簡単だが、アンダーソンのトレードマークというのは、単に凝ったサイドトラッキング撮影や、カメラ目線の人物紹介、アスペクト比の切り替え、とぼけた表現スタイルだけにあるのではない。それらの映画的トリックは家族、パフォーマンス、芸術の創作、死、そして人生の意味といった複雑な問題を探求したおとぎ話の構築のために使われるにすぎないのである。

彼の作品の制作に携わる様々な職人たちに要求される作業を考えれば、アンダーソンの新作スパンが5~7年あったとしても不思議ではない。それなのに、アンダーソンは驚くほど多作な作家である。新作『The Phoenician Scheme(原題)』は、『アステロイド・シティ』からたった2年しか経っていない2025年に公開される。その『アステロイド・シティ』も、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』からわずか20カ月後に公開された。

ほかの監督たちが羨むほどの創作面での自由と、それを維持するのに十分なファンをすでに獲得している映画監督に、さらなる称賛を期待するのはずうずうしいことかもしれない。アンダーソンは90年代後半に頭角を現したスタイリッシュな映画作家のなかでも、インディペンデント映画や大人向け映画の衰退、そして映画館を荒廃させるような数々の事態を今日まで乗り切ってきた、数少ない監督のひとりである。

彼の映画が「万人向けでない」というなら、それは歓迎すべきことではないだろうか? なにしろ現代は、「ロッテントマト」のスコアに振り回されたり、映画におけるポプティミズム(ロックに対し、それまで顧みられなかったポップの価値を好意的に評価しようという言説)やインフルエンサーによる誇大広告が幅を利かせている時代なのだ。彼がこれほどのスピードで仕事をこなせるのはいいことである。これらの作品を、できるだけ多く観られるということなのだから。

これまでのウェス・アンダーソンの長編映画を、名作から傑作まで、独断でランク付けして紹介しよう。各作品に軽微なネタバレを含むのでご注意を。

ウェス・アンダーソン長編映画ランキング

12. 犬ヶ島(2018年)ウェス・アンダーソン監督作品を心から敬愛する私から告白がある。ストップモーションアニメの監督としての彼は、自身の最高レベルに達しているとは私には思えない。ディテールへのこだわりや一から手作りした小道具、手作業による緻密な演出といった独自のセンスは、確かにストップモーションアニメと相性がいいように思える。小さな動き、フェイクファーの毛並み、小さなテーラードジャケットの小さなボタンに至るまで、彼の映画はしばしばジオラマを思わせる。だから、彼が細部まで気を配れるプロジェクトで、それに専念した方がいいと感じるのだ。というのも、アンダーソンが『犬ヶ島』のようなストップモーション作品の撮影現場に毎日いることはほとんどないだろうからである。

私は、彼がこれらの映画を“真に”監督するために、ストップモーションの現場で働く必要があると言っているのではない(もちろん、彼は音声収録に立ち会うだろうが)。ただ、彼が俳優に感情を削ぎ落とした無表情な演技をさせると批判されることがある一方、それらの俳優はストップモーションの犬にはできないような、彼ら自身の個性や身体性を作品にもたらしてもいるのだ。

とはいえ、アンダーソンがストップモーションで描き出す世界は驚くほど美しく、彼の脚本は動物のキャラクターが持つ無意識的な本能と人間的な弱さのバランスを見事に表現している。もしかしたら本作は、言葉を話す動物が出てくる映画のなかで、奇妙なことに最も的確な描写がなされた作品かもしれない。『犬ヶ島』はSFという舞台立てで、彼のそれまでの実写映画では決して成し得なかった奇想天外な世界を実現している素晴らしい作品だ。

ただ、隔離された犬を救うためにゴミの島を旅する少年を描いたSFアドベンチャーとしては少々ペースが遅くも感じられるし、日本を舞台にした作品のヒロインに白人のアメリカ人少女(声:グレタ・ガーウィグ)を据えたことに当時疑問を呈した人たちは、まあ……一理あったと言っていいだろう。

11. アンソニーのハッピー・モーテル(1996年)初期アンダーソン至上主義者のなかには、彼が『アンソニーのハッピー・モーテル』のようなゆるくて気取らない作品に回帰すべきだと言う人もいる。彼らはまた、オーウェン・ウィルソンがアンダーソンとの脚本の共同執筆をしなくなってからは何もかも変わってしまったという奇妙な嘘を語ったりもする(唯一無二の存在であるウィルソンには敬意を表するが、『Mr.ボディガード/学園生活は命がけ!』のような迷作の主演俳優が、たとえばノア・バームバックよりもアンダーソンにとって重要な共同作業者であるとどうして言えるだろうか?)。

このような“デビューアルバム症候群”ともいうべき一部の態度はさておき、『アンソニーのハッピー・モーテル』は実に印象的で愉快なデビュー作である。『レザボア・ドッグス』のようなカラフルな犯罪スリラーと、甘く風変わりなキャラクタースタディという、90年代インディペンデント映画を特徴付ける2つのまったく異なるジャンルを横断した風変わりな作品だ。

ディグナン(オーウェン・ウィルソン)が友人のアンソニー(ルーク・ウィルソン)を自発的に入院していた精神病院から“解放”し、75年にわたる犯罪生活の計画を熱心に見せる場面では、ハック・フィンとトム・ソーヤーを思わせるダイナミズムが少なからず感じられる。

クエンティン・タランティーノ以降の犯罪コメディの流行は、本作のソニーへの売り込みにも役立ったのだろうが、『アンソニーのハッピー・モーテル』はその手のケイパー映画を上昇志向のワルではなく迷える青年たちの行動として解釈した。後のアンダーソンのより手の込んだ作品に比べると、ややスローペースでエモーショナルな印象も薄いが、並大抵の映画監督であれば間違いなくトップ5に入っていたであろう作品だ。

10. 奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編(2024年)ウェス・アンダーソンが2024年に長編映画を発表したなんて記憶にないとしても無理はない。オスカー受賞作でさえ埋没してしまうNetflixで配信された作品だからだ。Netflixとロアルド・ダールの権利管理会社との提携の一環として、ダールのヤングアダルト向け小説を原作にした短編シリーズを手がけたのが、以前『ファンタスティック Mr.FOX』でダール作品の映画化を果たしたアンダーソンだった。

全4編のうち最も長い『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』だけは小規模ながらも劇場公開され、後の3本はNetflix限定で配信公開された。『ヘンリー・シュガー』は、ベネディクト・カンバーバッチ、デヴ・パテル、レイフ・ファインズというスター級の役者陣と監督のネームバリューもあってか、アカデミー賞でもあまり話題に上ることのない短編映画賞を2023年に受賞した。

その後、Netflixは4作品を1本のアンソロジーとしてパッケージし直した。合計88分もあることを考えると、それがそもそもの意図だったようにも思えるが、Netflixとしてはアンダーソンに初のオスカー受賞をもたらそうという狙いだったのかもしれない。

どのような切り口で見ても本作はダールの素晴らしい翻案であり、これを凌ぐ作品があるとすれば、アンダーソン自身の『ファンタスティック Mr.FOX』くらいなものだろう。4つのセグメントはすべて俳優たちがナレーションを施し、カメラのフレーム内でシーンの転換を行うなど、純粋な映画的トリックと昔ながらの舞台技術のハイブリッドで魅力的に演出されている。「アンダーソンの映画は豪華スターたちが次々と登場するよくできたジオラマというだけ」と言う人もいるが、そうだとしたら、そこに随分と魅力的なバリエーションを編み出したものだ。

スター中のスターたちが複数のセグメントにまたがって再登場し、正確な演出、台詞、そしてより伝統的な演技様式との境界線を消し去っている。見事な綱渡りが延々と続くようで、このようなスタイルでアンダーソンの長編を何本も観るのは疲れるかもしれない。しかし、短編集としての本作は、聡明だが偏見に満ちたダールという人物の刺々しさをアンダーソンが描き出した、素晴らしい一作となっている。ダールを翻案した作品の多くは、彼の物語が幼い読者に与えるポジティブな感情を強調しているが、『ヘンリー・シュガー』はそのような感覚と同時にダークな一面をとらえてもいる。

9. ファンタスティック Mr.FOX(2009年)『ヘンリー・シュガー』のほうが、ダールの映画化として『ファンタスティック Mr.FOX』よりも優れているということもできるだろう。後者はわずかな素材から、かなりの部分を膨らましているからだ。その意味で、アンダーソンの『ファンタスティック Mr.FOX』には別の元ネタがあるとも言える。

ジョージ・クルーニー演じる自己中心的な家長は、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』でジーン・ハックマンが演じたロイヤル・テネンバウムをより可愛らしくしたバージョンのように感じられるし、メリル・ストリープは彼が忠誠心を試す配偶者として、本質的にアンジェリカ・ヒューストンが演じた役を担当している。また、ジェイソン・シュワルツマン演じる不機嫌なアッシュは、『天才マックスの世界』の主人公マックス・フィッシャーを自信なさげにしたような感じだ。そこに、ノア・バームバックらしい家族間の葛藤も織り交ぜられている。

これをアンダーソンの最高傑作と呼ぶ人には賛成できない一方、本作は間違いなく笑える、目を見張るようなコメディアニメであり、秋らしい演出が演者のとぼけた哀愁とマッチした見事な作品だ。しゃべる動物が登場するアニメの多くは、媒体の利点を活かさんとばかりに動物たちがマシンガントークを披露するものだ。くだらない台詞に笑わせられるのも、本作の大きな魅力である。

8. ダージリン急行(2007年)おそらくアンダーソン映画のなかで最も評判の悪い(そしてこのリストの6位の作品と並んで最も過小評価されている)作品だろう。インドを巡る列車の旅で結束を取り戻そうとする3兄弟(オーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディ、ジェイソン・シュワルツマン)の物語はストーリーテリングの面で野心的だが、その前後に彼が起用した豪華アンサンブルを考えると劇的にスリムダウンされている。

3兄弟のうち2人は旅にあまり乗り気ではない。キャリア最高の演技といってもいいブロディ演じるピーターとシュワルツマンのジャックは何度も旅を降りようと企む。ウィルソン演じるフランシスは一生懸命だが、彼のセンチメンタルな支配的態度は兄弟の苛立ちを悪化させるだけだ。しかし最終的に、彼らは抱えていた荷物を文字通り手放さなければならなくなる。計算され尽くしているようで嫌味すら感じるが、ザ・キンクスの曲に乗って描かれるそのシーンには感動がある。兄弟という関係から生まれる、揺るぎない、強烈な、そしてときに狂気じみた絆の素晴らしさを教えられるシーンだ。

面白いのは、彼らがときにいわゆる「醜いアメリカ人」として一致団結することである。たとえば、喧嘩騒ぎの末に最初の列車から追い出された後、去っていくその列車に怒って石を投げつける場面がそうだ。アンダーソンが、3人の白人アメリカ人が精神的な悟りを求めてインドに向かうという構図に意識的でないと見るのは無理があるだろう。

狭い列車内で様々なシーンを描くのに要求される技巧を考えると、アンダーソンの演出には引き出しが少ないという意見も嘘になる。兄弟の父親の葬儀を描いたフラッシュバック・シーンは、彼の短編作家としての緻密さを物語っている。アンダーソン映画のなかでも感傷的な駄作と評されることもある本作は、実際には彼が演出面で多くの新機軸を試した複雑な作品なのである。

7. フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊(2021年)ノスタルジーと、出版不況時代に対する嘆きを見事に表現したアンダーソンのもうひとつのアンソロジー的作品は、アメリカ中西部の新聞社のフランス支局で発行される雑誌の最終号を巡る物語。その号には3つの特集記事に加え、アンニュイ=シュール=ブラゼという架空の街のガイドツアーと、最近死去した編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)の死亡記事が掲載されている。

コロナ禍の前に撮影され、事態が落ち着きを見せた2021年に公開された本作は、アンダーソンがその間の映画の不在を補うために、1本の長編にできるだけ多くのストーリー、登場人物、俳優、視覚ギャグを詰め込んだかのように感じられた。単なる想像かもしれないが、そのサービス精神は何年も経った今でも忘れられない。

ティモシー・シャラメ率いる学生運動の一団に対する無関心な描写が気に入らない人もいたようだが、あまりそこにこだわると、映画を締めくくる集団主義のテーマを見過ごすことになるかもしれない。最後、かつての編集長のオフィスに集まったスタッフたちは、嘆きつつも自分たちを励まし、孤独だと思われがちな雑誌編集という芸術の静かな共同作業に慰めを見出すのだ。

6. ライフ・アクアティック(2004年)ビル・マーレイがキュートだと思ったのは私たちの間違いだった。たしかに彼は、『3人のゴースト』や『恋はデジャ・ブ』で善良さを受け入れる気難し屋を演じたり、『ゴーストバスターズ』では世界を救う嫌味なお調子者を演じたりしてきた。しかし、実際のマーレイは、才能に溢れ、気まぐれで、切れ者で、傲慢で、付き合いの難しい存在であり、おそらくは『ライフ・アクアティック』のスティーヴ・ズィスーに似ているのだろう。

当時のマーレイは哀愁漂う路線へと舵を切っており、本作の公開前にはズィスーというキャラクターも、人間性を再発見するお馴染みのパターンを踏襲するものと思われた。アンダーソンがノア・バームバックと初めてタッグを組んだ本作でも、それは確かに描かれているとは言えるのだが、まったくズィスーというやつはときに観客を遠ざけるようなクソ野郎である。同じく憎みきれないクソオヤジを演じたという点で、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のジーン・ハックマンがいかにアカデミー賞に相応しかったか、改めて思いを馳せることになった。

『ライフ・アクアティック』のマーレイが素晴らしくないというわけではない。それどころか、彼の生涯最高の演技のひとつである。セットデザインは相変わらず複雑で遊び心に満ちているが、アンダーソンは本作で再び新たな領域へと船出した。手持ちカメラで撮影されたアクション映画的なバイオレンスなど、この映画の様式的な実験は、ドンキホーテのように映画製作に取り憑かれた人物を描いた物語にぴったりだ。

複雑に入り組んだアンダーソン作品の多くが、そのように見ることができる。『ライフ・アクアティック』で特に可笑しいのは、劇中で制作される映画のリーダーであるズィスーが、しばしば自分が何をしているのかまったく理解していないことだ。これは、若くて運がいいときには天才のように見え、年をとって足を踏み外しがちなときには無頓着で無責任のように見えるということを描いている。

アンダーソンの見事な一行台詞が本作でも冴えている。ズィスーは友人のエステバンを殺したサメという美しい生き物を見つめ、「あのサメは私を憶えているだろうか?」と問いかけ、死と向き合うこととは何かを要約してみせる。また、ズィスーがエステバンがサメに食われたと叫んで仲間に知らせるシーンでは、「丸呑みされたのか?」「違う! 咀嚼されたんだ!」というブラックなやりとりに大いに笑わされた。

5. ムーンライズ・キングダム(2012年)『ムーンライズ・キングダム』を境に、ウェス・アンダーソンが過去にタイムスリップしたまま現代に戻ってきていないのには意味があるのだろうか。『グランド・ブダペスト・ホテル』の冒頭および結末のわずかな時間以外、本作以降のアンダーソン作品はすべて過去の時代を描いてきた。

1965年を舞台に家出した少年少女の物語を手がける前、アンダーソンの映画はどれも現在を描いていたが(彼はハードコアなアナログレコード好きにも思えるが、『ダージリン急行』の前日譚にあたる短編映画『ホテル・シュヴァリエ』にはiPodだって登場する)、『ムーンライズ・キングダム』以降のほとんどの作品は20世紀半ばが主な舞台となっている。

これは特に尊敬されている映画監督の多くに共通する傾向で、たとえばマーティン・スコセッシ、スティーヴン・スピルバーグ、コーエン兄弟、ポール・トーマス・アンダーソンらが21世紀に入ってから手がけた作品で現在を舞台にしたものはほんの一握りしかなく、2009年以降では1本もない。つまり、時空の歪んだようなアンダーソンの世界は、実はほかの多くの天才監督たちの作品よりも今の現実世界とのつながりが濃いということである。その一方で、ここ最近の彼は現代的なものを自身の作品から排除していくことで、ある種のフェティッシュに興じるようになってきたということでもある。

これは批判で言っているのではない。『ムーンライズ・キングダム』には、ニューイングランドの架空の島という設定によって文明から切り離された、手つかずの愛らしさがある。スージー(カーラ・ヘイワード)とサム(ジャレッド・ギルマン)が一緒に逃げ出す計画を実行するまでの間、別れ別れにお互いを理想化するのにも、ふたりが世界から離れ、彼らだけの時間を束の間でも過ごすのにも、テクノロジーの不在は必要な舞台立てなのだ。

クライマックスが少々突飛かもしれないが、そこに至るまで『ムーンライズ・キングダム』はアンダーソンの最も甘く優しい映画のひとつであり、劇中で描かれる子どもたちの年齢層にも相応しい作品だ。本作はまた、エドワード・ノートン演じる真面目なボーイスカウト隊長や、ブルース・ウィリス演じる実直で繊細な島の警官など、胸を打つような男性キャラクターの描写が印象的である。

4. 天才マックスの世界(1998年)『アンソニーのハッピー・モーテル』が下位にあることに不満がある人も、『天才マックスの世界』の順位には満足だろう。オーウェン・ウィルソンとの共同脚本による作品であり、最近のより様式化された入れ子式ドールハウスにはない気まぐれさと生命力を保っている映画だと言って? しかし『天才マックスの世界』も、主人公の視点の不完全さに映画自体が意識的であるという構造はどう考えるのだろうか?

といっても、いくら明晰でも野心のほうがそれを上回ってしまう“天才”マックス・フィッシャー(ジェイソン・シュワルツマン)のように、アンダーソンが世の中からズレているというわけではない(アンダーソンの映画に出てくる芸術家はしばしば独創性がなかったり、大成できなかったりするのは、そういった人々への見下しなのだろうか、それとも謙虚な自己言及なのだろうか?)。

しかし、どんな映画も本作ほどフレッシュで活気に満ちているためには、マックスのようなキャラクターが少しは必要なのかもしれない。たとえ、彼の衝動的な性格とのバランスを取るかのように、マックスとの友情と、おそらくはそれ以上に教師ローズマリー・クロス(オリヴィア・ウィリアムズ)への共通の恋心によって元気を取り戻す、くたびれた実業家ハーマン・ブルーム(ビル・マーレイ)の描写に時間が割かれていたとしても。

ちょっと冷静に書くことができなかったかもしれない。なぜなら『天才マックスの世界』は傑作だからだ。ただ、この上にランクインした3つの傑作は個人的にもっと好きである。

3. アステロイド・シティ(2023年)アンダーソンは、増えていくばかりのA級スターや個性派俳優を、ただガラスケースの中に置き、コスチュームを着せ、適当に並べるだけのコレクションとして扱っているように見えるかもしれない。しかし私は、彼がスターの存在感と演技の両方を、同時代の多くの監督よりもよく理解していると、これまで以上に確信している。

というのも、『アステロイド・シティ』でアンダーソンは何人かの役者にキャラクターを演じるキャラクターというくらくらするような重層的な演技を要求しているのだ。ある場面では、スカーレット・ヨハンソンという俳優が、芝居の中で俳優の役を演じる俳優を演じている。一方、ジェイソン・シュワルツマンは、映画の中のテレビ番組の中の芝居の中の映画で彼女の恋人を演じ、同時にその役を演じる俳優も演じ、ほぼワンシーンにしか登場しない別の役者(マーゴット・ロビー)の相手役としてカットされたセリフを復唱する。

前述したように、頭がくらくらするような構造だ。しかし、本作は演技への憧れや探求心に対する心からのトリビュートであり、アカデミー賞の演技部門を総なめにしてもよかったはずの作品である。とはいえ、シュワルツマンが劇中で演じた俳優がシーンを一時中断して、正しく演技ができているかどうかわからないと監督に告白する場面が象徴的だが、そのような混乱した反応が観客からあったとしても不思議ではない。

一方のヨハンソンは、自身のグラマラスな魅力をパロディ的に演じ、マリリン・モンローのような人々につきまとう悲劇的な神秘性について率直に語り、それが現実世界で自身をどんな人間にしているのか疑問を呈したりもしている。言い換えれば、この映画は幻影の創造と、芸術であれ人生であれ、その幻影の中での意味の探求に取り憑かれた作品なのだ。そして、アンダーソンの奇跡的ともいえる才能によって、この入れ子構造の複雑さが『アステロイド・シティ』の感動や笑いを損なうことはないのである。

私たちは砂漠にぽつんと佇む小さな町の住人たちとそこで巻き起こるエイリアン騒動を観ていると同時に、ヨハンソン、シュワルツマン、トム・ハンクス、スティーヴ・カレル、マヤ・ホーク、ジェフリー・ライト、その他大勢のキャストが、アンダーソンの世界と私たちの世界を行き来しながら、実在の映画スターや架空の映画スターとして存在しているのを観ることになる。

様々なアーティストが、そもそもなぜ創作をするのかという問いと取っ組み合いをしているなか、『アステロイド・シティ』はその表層的な美しさを一切損なうことなく、あえてその問いを普遍的なものへと昇華している。多くの人が「またもう1本のウェス・アンダーソン映画」と受け止めたこの作品は実は、並大抵の作家が何年かけても到達できないような、重大かつ唯一無二の偉業なのだ。

2. グランド・ブダペスト・ホテル(2014年)第二次世界大戦を背景に、ファシストの支配下に置かれる寸前にあるヨーロッパの架空の国を舞台にした本作で、山腹にあるホテルのコンシェルジュを務めるグスタヴ・Hを演じたレイフ・ファインズは、アンダーソンの演出の下でキャリア最高の演技を披露した。この作品はアカデミー賞で9部門にノミネートされ、4部門(メイキャップ&ヘアスタイリング賞、衣装デザイン賞、美術賞、作曲賞)を受賞している。

アカデミー賞の威光を借りて言うわけではないが、侵食しつつあるファシズムを描いた『グランド・ブダペスト・ホテル』のビジョンは、ほかのアンダーソン作品にはないテーマ性と感情的な重みをもたらしている。その一方で、アンダーソンは映画の大半を陽気で風変わりなスリラーとして描くことで、その深刻なテーマを見事に中和してみせた。

オフカメラで行われる刑務所での格闘シーンや残酷な猫殺しなど、コミカルすれすれの端々に潜む暴力は、物語後半でより色濃くなっていく。一方、若きゼロ(トニー・レヴォロリ)の打ちひしがれた生涯は、ピンクの箱入りお菓子や紫のスーツを着た豪華絢爛な美の外側に置かれる。これらの物語は笑えて、切なく、そして深い悲しみを残すもので、映画の構造を通してこだましながら、悲劇が歴史に変わっていく様子をほかのどんな映画でも見たことのないほど簡潔に描いている。

1. ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(2001年)『グランド・ブダペスト・ホテル』がタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』だとしたら、本作は『パルプ・フィクション』である。つまり、前者がより野心的で歴史にも目を向けた、ヨーロッパを舞台にしたヒット作で、より優れていて、重みさえあるかもしれない作品であるとしたら、後者はより影響力があり、その後の作家性を決定づけた一本であり、寝室のポスターのような定番であり、おそらくいつまでも看板タイトルであり続けるであろう作品ということだ。その意味で、私は『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』に関して客観的な評価ができないし、ほかのアンダーソン作品を本作よりも高くランク付けすることなど考えられないのである。

本作は『天才マックスの世界』の精神的続編であり、『アステロイド・シティ』や『ライフ・アクアティック』の精神的前日譚でもある。それぞれ天才児だったリッチー(ルーク・ウィルソン)、チャス(ベン・スティラー)、マーゴ(グウィネス・パルトロウ)の姉弟3人は、母エセル(アンジェリカ・ヒューストン)と再会し、自分勝手で自己中心的な父ロイヤル(ジーン・ハックマン)の病気を知らされる。しかし、父親の病気は仮病だった。

欠点だらけの父親と絆を取り戻すというのはインディペンデント映画ではよくあるプロットだが、アンダーソンがこの筋書きからどれだけのエモーションを引き出しているかは本当に驚きだ。特に名優ジーン・ハックマンの演技といったら! 彼はキャリアの集大成として、本作で完璧に計算されたパフォーマンスを披露する機会を得たのだ。

『パルプ・フィクション』同様、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は、一行台詞からキャラクター間のやりとりまで、脚本家でもあるアンダーソンが手がけた最も笑える映画でもある。その台詞の多くを発するのは、テネンバウム姉弟のなかで最も怒りっぽく、おそらく最も傷ついたであろうスティラー演じるチャスだ。台詞ひと言で噴き出してしまうのは、アンダーソンのお家芸といっていい。

不器用なアンダーソンのフォロワーが、アレック・ボールドウィンのナレーションや図書館の本のフレーミング、文字のフォントをただコピーするだけで、彼の作風を真似しようとするのはいつも癇にさわる。しかし、それも仕方ないことだ。これほど素晴らしい映画を前にして、ほかにどうしろというのか?

From GQ.COM

By Jesse Hassenger
Translated and Adapted by Yuzuru Todayama

文:GQ JAPAN Jesse Hassenger

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